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受水の儀にロビンソンによって持ち込まれた新たなエリクサーは始祖のエルフ姿を大きく変化させてしまった事実はその日のうちに城内を駆け巡り城の臣下たちを激震させることとなった。
始祖の姿は元々の姿が白髪の長い髪を持つ十代前半のエルフ姿だったのだがエリクサーを与えたことによってエルフ姿は消え、ヒューマの黒髪の十歳くらいの少年に変化したのだった。
その変化を直に目の当たりしたロビンソンは彼らに行方知れずとなっているウィリアム覇王連合国の今代の覇王であるという事実もしっかりと報告したのである。
その結果、臣下たちの間で意見が二極化した。
一つはどのような存在であろうとも我らの始祖であることに変わりはないのでこのまま世界樹に維持すべきという意見。
一つは覇王である以上、世界の最強国の連合国を怒らせるわけにはいかないので世界樹より解放すべきという意見である。
会議は荒れに荒れて結論が出なかったのである。
しかも上層部ではクリフの存在も知られており、クリフが始祖の魔力を取り込んだ操作型の人形である事実も知られているので連合国に事実が知れるのも時間の問題だったことも臣下たちの焦りを生んだ。
そんな数日が過ぎていたがクリフ自身は至って平穏な日々が続いた。
フローラの従僕として振り回されながらも日々動き、2日に一度ロビンソンの屋敷行く。そんな日々だった。
その日もその予定だったのだが予定は狂った。
いつものようにフローラ姫にお使いを頼まれ城を出た時だった。
「クリフ君だね」
「そうですけど何か用でしょうか。使いの途中なので…」
背後から別の男がクリフの首筋に剣先を突き付けてきた。
「大人しくついてきてもらおうか、クリフ君」
剣先を指しているからと油断しすぎだな。隙だらけだ
返事をする代わりに剣先を避けるようにおれはしゃがみ込んで取り囲もうとしていた男たちの足を払う。隙だらけな男たちは武芸に弱いエルフらしくあっという間に体勢を崩し派手に床に這いつくばり剣を床に落とす。
スキルが無くとも元々喧嘩慣れしていた前世を持つリュウである。
武芸の心得のないエルフを制圧することなどたやすいことだった。
転がった剣を拾う。
「油断しすぎだね。形勢逆転というわけだね」
拾った剣先を持ち主に向ける。
「なれない武器は使うものじゃないよ。隙だらけ過ぎるよ」
「貴様……」
「俺に何の様かな」
「…………」
「いう気なしという事かな。別にいいけど、ある程度は想像がつく。俺のこの体を壊してそのまま何事もなかったようにしたいんだろ君らは…」
背後から近寄ってくる気配に気がついた俺はなじみの気配に気がつく。
「ガードの意味がありませんね。これほどガードし甲斐がないとは…」
「そんなことはないさ。感謝しているぞ。タテ」
「は」
「貴様…」
「人形体でなければ今頃お前ら、後ろのこいつ等に手痛い目に遭っているぞ。不敬罪でな」
「やはり……君は…」
「残念だがお前らのやろうとしていることは最悪の事態だぞ。この人形を今、破壊すれば確実に俺は死ぬ。そして俺が死ねば世界樹は暴走してお前らエルフを根こそぎ食らうことになる」
「………!」
「つまりエルフが滅びるということだ。俺を媒介にしてお前らハイエルフを世界樹が作ったのは俺の代わりの魔力元を確保するためだからな。いきなり魔力が失われれば世界樹は暴走する。せっかく俺が穏便に事を運ぼうとしてるのに…」
「そ、そんな…」
「それだけじゃない覇王連合が報復することになる。その覚悟があるのか?」
「ふふ、もしもそんなことになれば当然ですが我ら魔人族は全力で報復させていただく。君らが日巫女殿を至上の御方と仰ぐように我ら魔人族にとって大切な我が君を弑逆したとなれば当然でしょう」
タテの背後にいたキバが笑みを浮かべて言い放った。
「本当にやりそうだな、キバは…」
「全員同じことを言いますよ」
おれはため息しか出なかった。
「困った奴らだな………。嬉しくは思うが……、俺のほうはいいからあっちを頼む」
「は。戻ります」
「この者らはどうしますか?」
「……今のことを封じられるか?」
「お任せを」
「期限付きで頼む」
「は」
「俺はお使いの途中なんで後はよろしく」
言い置いて俺はその場を立ち去り、使いの用事である貴族ご用達のスイーツショップに入る。
「こんにちは。お願いしていたお茶うけは出来ていますか?」
「あら、クリフ君ね。いらっしゃい。できているわよ」
店員は顔なじみなので顔パス状態だった。
背後から用意されていた箱を目の前に置かれる。
「いつものように後で城に請求するわね」
「はい、ありがとうございます」
俺は受け取り大事に両手で抱えた。
そして店を出て大事に持って城へと戻った。
城に戻って女中の居るキッチンに入る。
「姫様の菓子をいただいてきました」
「ありがとう、お使い悪いわね」
「いえ、大したことではないです」
作業台の上にそっと丁寧に置いた。
女中はクリフが持ってきた菓子をデザート台にのせ、さらにそれをカートにのせる。
「ではいきましょうかクリフ」
「はい」
ノックをしてフローラの居る部屋へと女中を連れて入る。
「姫様、休憩のお時間です」
「あ、そう。ありがとう」
姫巫女という立場は実は多忙である。
この郷のトップともいうべき日巫女の唯一の後継者として指名された存在だからだ。
日巫女は代々指名制である。
血脈はあまり重要ではなく、いかに内包している魔力が多く質がよいかで決まるからだ。
とは言え日巫女に選ばれるほどの魔力はほぼ日巫女の血統からがほとんどである。
初代日巫女は世界樹より指名されたという逸話があるほど世界樹と日巫女は密接な関係である。
その初代日巫女は世界樹が始祖の子種を使い世界樹の花と掛け合わされて作られたという逸話がある。
それは真実かとおれに聞かれると困るのである。
何しろほぼ意識は一度も浮上していないこの三千年、世界樹が何をしていてもわからないからだ。
この知識もクリフとして過ごすうちに学習したことなので記憶が戻った後に愕然とした。
この逸話は間違いないと確信している。
最後の記憶を紐解いてみても今の本体は全裸なはずであり世界樹は好き放題したのだろう。
本体からの情報で世界樹と繋がっている感覚はあるので花を媒介にエルフを作ったということはあり得るのである。
ハイエルフが子供姿で姿が留まるのも俺がタイムリープ呪文の余剰魔力で肉体年齢が5歳若返ったせいである。
今までは子孫のハイエルフにまでそのタイムリープ呪文の効果があったのだがこれからはわからない。
俺のタイムリープ呪文の効果は既に切れているからだ。
恐らく普通に大人の姿に成長する可能性が高い。もっとも成長期にある若い個体が中心に変化するだろう。
そのエルフ族を統括するのが日巫女であり世界樹の守り人という役割を担っている。
守り人という名の人柱だということは日巫女とおれしかわからないことだろう。
日巫女とは俺の魔力が枯渇したときに捧げる予備魔力のような存在だからだ。
だがその役割も邪神の存在していた三千年前と違い魔素と魔力は徐々に平常に戻りつつあるので形骸化しているという事実にエルフたちは気がついていない。
記憶が戻ってから気がついたのだが世界樹は俺を切り離そうとしている気配がある。
俺を覆っていた時空の結界が消えたことで戻るべき俺の存在時間が来たことを知ったのだろう。
徐々に吸われていた魔力が減少して魔力が回復傾向にあるということに密着して守っているキバが気付いた。
今は絶対魔力が外に出ているため意識が戻らないがこの魔力が本体に戻れば確実に意識は回復する。
姫巫女フローラの今の時間は歴史だ。何か思う事でもあるのか俺たちにの存在に上の空だ。
先程の返事もから返事というやつだった。
俺はフローラ姫の斜め前に机越しに立ってお茶をコップに注ぎ、菓子を置いた。
お茶、完全な緑茶だ。
ここのエルフ郷文化は歴代の日巫女が始祖の思い出を読み取り、数々の試行錯誤の末に再現した文化が元となっているためほぼ日本文化風になっている。始祖、すなわち俺の思い出だ。
なによりもエルフの嗜好にぴったりだったらしく文化がゆがむことなく伝わっている。
菓子も和菓子風だ。
「姫様、お茶が冷めます」
「え、クリフ……。ありがとう」
フローラは考え事が離れないのか思案顔のままお茶をすすった。
「何か悩み事でも?」
「あ、うん。お母様から言われたことがあるのだけどそれが気になって……ね」
フローラは背後の女中に目をやる。
「少しクリフと二人きりにさせてもらえるかしら?」
「はい」
女中は部屋から出て行った。
「姫様?」
「クリフ……。貴方、記憶が戻っているのではないの?」
「どうしてそう思うんですか?」
「どうしてって…。お母様から鎖国をした理由を聞かされたのだけれどね」
「鎖国…ですか?」
わからないふりをした。
「この国は今他国との交流を禁じているのよ。それを鎖国というのよ」
「交流ですか」
「この世界にはねエルフのほかにもたくさんの種族が存在しているのよ」
「ああ、クリス様たちのような方たちの事ですか」
「そうよ。でもね、その理由というのが貴方にも関係していることだから、何か思い出したんじゃないのかなって」
「実はクリス様たちから聞かされたことがあるんです。この体は俺の本当の体ではなく人形なんだって」
「どうして…?」
「最近、夢を見るんです。とても現実的な夢を。その夢に実はクリス様たちが頻繁に出てくるので何か知っているのではと聞いたんです」
「それで人形と聞かされたのね?」
「はい。先生が作ったそうですね。初めて会った時に気がついたんだと聞かされました」
「やはり先生たちは気がついておられるのね。貴方がエルフの始祖、それも連合国の覇王であるということに…」
「…………」
フローラはお茶を飲み干す。
机にカップを置いて俺を見た。
「最近、世界樹の始祖の間に侵入者がいると聞かされてね。それもどうやら連合国の魔人族らしいというので先生たちが知っているのではと思って接触のあるクリフにも何か言ったのではないかと思ったのよ」
「………」
「母様からさらに世界樹が始祖様を解放しようとしていると聞かされれば気になるのよ。貴方がもしも記憶があるのなら、どうしたいのかを聞いておきたくて…ね」
「ヒューマの姫様達は俺に記憶がない事を承知したうえで俺に選択をくれました。ここに留まるのかそれとも自分らの元に帰ってくるのかを。その上で記憶が無くとも構わないとそう言ってくれました」
俺は床を見つめた。
「その言葉で彼女らにとってとても大切な存在だったんだと気づかされました。何よりも自分自身、ヒューマの姫様たちと一緒にいてとても楽しく安心できる人たちだと感じました」
俺は顔を上げてフローラを見た。
「姫様にはとても感謝しています。記憶のない自分を消すことなどできたはずなのにそれをせずにそばに置いてくださったことは感謝してもしきれません。でもおれは戻りたい。たとえ今の記憶がなくなったとしても本当の自分に戻りたい」
「そう…よくわかったわ…。私を、このエルフ郷を捨てるという覚悟があるという事ね」
「そんな…、そんな風に思ったことはないです」
「私から離れヒューマの姫様達を選ぶということはそういう事よ」
「………俺にそんな選択権があるんですか?」
「どういう意味?」
「今の俺のこの体はどんなことを言ってもどんな意志があっても姫様が所有する人形です」
「それはそうだけど…」
「そして自分ではこの人形から出るすべはない。姫様が嫌だといえば俺に否定することはできない。道具ですから」
俺は表情から感情を消した。
「姫様の意志一つでどうにでもなる存在ですよ。今すぐこの中にある魔石を取り出してしまえば俺は何もできない。元に戻ることさえもできないのにそんな選択あるわけがない」
フローラは慌てるように立ち上がった。
「そんなつもりはないわ。あんたをそんな道具だなんて思ったことはないわ!」
「姫様がどう思おうとも変わらないですよ。たとえ本体に戻ったとしても本体のあるべき立場というのがヒューマである以上ここにはいられませんよ。俺の意志なんて関係ありません」
「クリフ……貴方…」
「自分で選べないのなら今ある立場を受け入れるしかない。姫様のそれは選択ができる人の傲慢です。選べない者の立場なんて考えたこともないんでしょうね…」
「……軽率なことを聞いたのは私なの?」
俺は首を横に振った。
「そんなことはありません。嬉しかったです。この体が道具で生きていない偽物と知って絶望したのも事実です。できるなら本物の自分になりたい。本物の自分になった時の選択肢をくれたわけですから…」
俺はこの胸にある虚無を振り払うように笑った。
自分でもとても乾いた笑いというのは自覚していた。
今も昔も俺に自由な選択権なんてありはしない。できる中での選択をするだけだ。特に今は生きてさえいないのだから帰りたくても帰れない。本物の体に戻りたくても戻ることさえ他人の意志の選択だ。不確かすぎる立場がこれ程に不安になるとはな…
「クリフ…私、あなたが好き…。ずっと私のそばにいて欲しいとおもってはいけないの?」
「お傍に居ります。この体で動けるうちはそれが役割ですから」
「役割じゃなくて……!」
「役割です。俺の意志は関係ありません。他にどう言えと?」
「………」
なおも食い下がろうとするフローラに少し感情がこぼれた。
「この体ではどんなに姫様を想おうとも姫様のその想いに応えることはできません。そんな資格などありませんので…」
「だから人間に戻った時のことを聞いているのよ!」
「それこそ無理でしょう……。姫様はこのエルフ郷の統べる日巫女様の唯一の後継者。この地に座し、しかるべき相手と結ばれて後継を残す義務がある。ヒューマの本体の俺など論外だ」
「それは……」
未だにヒューマへの嫌悪が残る者も多いエルフではヒューマと結ばれるなど考えられることではない。まして姫巫女ともなればそんなことを願えば即幽閉だ。
例え、エルフと化した俺が、どのエルフよりも濃いエルフだとしても無理だ。
「何よりも本体の俺にはたくさんの側室がいると聞きました。ステラ様とクリス様も側室だとか。姫様一人を選べない以上、そんな中で姫様は耐えられると?」
そう、エルフは珍しくこの世界では一夫一妻制だ。再婚はあるがそれも相手と別れた後にできることで複数の妻や夫は持つことはできない。エルフにとってそれが常識なのだ。
「あ……」
「何よりも本体に戻った時にも今の俺の記憶が残るかどうかもわからないのに軽はずみなことは言えません」
「………」
俺はため息をもらした。
「それでも今、俺が姫様のそばにいるのは俺の意志です。この体である限りは全身全霊をもってお守りいたします。義務でも役割でもありますがそれ以上に傍にありたい俺の意志です」
「あ………」
フローラはその言葉の裏の意味に気がついたのか頬が染まった。
そんな表情は可愛いと思ったがこの想いは成就させるつもりはサラサラなかった俺だった。
フローラには美しくもはかない初恋にして終わらせるつもりだった。




