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タテ達が城へ登城しフローラと会談して十日経った。
登城した翌日にゲートを屋敷の地下に設置して直ぐに側室たちがことあるごとに屋敷を訪れるようになった。
皆、リュウの居場所がエルフ郷と知って少しでも近くに居たいのだろう。
さすがに外に出るとヒューマは目立つので屋敷の敷地から出ないが、それでも不安で仕方ないのだと思われた。
フローラと会談して十日経ったのには理由がある。
あの後数日かけて日巫女を説得することに成功したのだ。
始祖に御水を捧げる日を受水の儀と呼ぶがその同行はロビンソンだけだったが一人いれば十分だろう。
この数日、姫巫女とロビンソンの意志をすり合わせた結果、受水の儀の日まで定期検診というという名目でクリフがロビンソンの屋敷に定期的に足を運ぶことになった。
当然ながら側室たちと顔を合わせる機会も増えた。
何度も顔を合わせると当然ながら仲良くなるのも必然だった。
「実はもう今日でこの屋敷にお邪魔するのはやめようかと思ってるんです」
クリフはロビンソンにそう切り出した。
「なぜかな?」
「………。実は姫様が俺をここに送るのを後悔なさっているようなのです。記憶が戻るかもしれないからとここに通っているのですが何の変化もないようなのでこれ以上姫様を不安にさせたくはないので…」
「君はそれでいいのかい?」
「そ、それは…」
クリフはこの数日この屋敷に滞在しているヒューマの姫様達との歓談がとても気に入っていた。
「見ていてわかるよ。とてもこの屋敷に通うのが楽しいようだしね」
ロビンソンとタテはこの数日クリフと接触していて確信していた。
それはクリス達も同じなのか初めは遠慮していた接触もここ最近は積極的になっていて強引に横に座らせて歓談を楽しんでいた。
最近、覇王連合ではリュウが作ったオセロを真似てフィニアスが庶民の楽しみとして商品化させていた。そのオセロを楽しんだりしていたのである。
だからこそクリフはこの数日はとても楽しくなぜか懐かしい感覚があった。
本音を言えばもっと来たかったのである。
「姫は事情を理解しているよ。君が気に病むことはない。ともかく今日もいつものようにゆっくりしていくといい。俺は城に上がらなければならないから今日の検診はないけど姫様達も君が来るのをまっているんだからね」
「はい先生が今日城へ上がられるのは知っております。フローラ様が予定時間に遅れないようにと伝言をなさっておいででした」
「ああ、そろそろ行かないといけないな。じゃあタテ殿、後はよろしく」
「わかっていますよ。頼みました」
「ええ」
クリフは妙な含みに疑問に思った。
「どうかされたんですか?」
「今日はね君に関することで城に上がるんだよ。もしかしたら君にも何か変化があるかもしれないから頼まれたんだよ」
「そうなんですか?」
「ええ、でもクリフ君は気にしなくてもいいからクリス様たちの相手をお願いするよ」
「あ、はい」
屋敷の奥に入るとクリスとステラが立ち上がり満面の笑みを浮かべて近寄ってきた。
「こんにちは、今日もお世話になります」
ぺこりと頭を下げるクリフの頭が上がるよりも先にクリスがその右腕を取る。
「こっちにいらっしゃい」
「え、はい」
「そこ座ってくれる?」
指差しの先には背もたれのない椅子があった。
言われるままに座る。
「あの…?」
するとステラがコームを取り出してクリフの髪を梳きだした。
さすがに慌てたクリフは声をかける。
「あ、あのさすがにそれは困ります…。姫様にそんなことをさせてしまったら俺が怒られます」
「いいからジッとして頂戴ね」
クリフは頭を固定される。
「ずっと気になっていたのよ。クリフ君の髪があまりにも乱れているから」
「そ、そうですか…?」
「ええ、それにしても髪が長いわね。男でもさすがにこの長さは見かけないわ。切らなかったの?」
そう言ってクリスは触っていたクリフの髪を見つめた。
そうクリスがいうのも仕方のない事だった。クリフの髪は背中の中央まで届いている長さだったからだ。
「はい。気がついたらこの長さだったので…。記憶のある時もそうだったのかなと思って切ってないんです」
「綺麗な髪艶だわ。羨ましいかも」
「俺の髪なんかきれいでも何でもないです。クリス様たちの髪のほうがよほど綺麗でお似合いです」
「ふふ、ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「いえ、お世辞ではないです。本当に手入れの届いた綺麗な髪ですから…」
「はい、終わったわ」
ポンと肩を置くように軽く叩かれた。
「ありがとうございます」
嬉しさからクリフは笑みが浮かんだ。
そうして今日もこんな風に過ぎるはずだった。
だがこの日は少し違った。
ロビンソンが言っていた変化があったからだ。
その変化はロビンソンが城へ登城して二時間ほど経った頃だった。
始まりはクリフが手の感覚がおかしいとタテに訴えたことだった。
この屋敷にいるうちは微細なことでも報告するように厳命されているのだ。
やがて手のしびれが全身に広がるようになるころ、頭痛まで起きた。
さすがに背もたれのある椅子に座り楽な姿勢になっていると心配そうにクリス達が見つめていた。
彼女らに心配をかけたくない想いから声が出る。
「大丈夫ですから…」
クリス達はその声に驚いた。
クリフ自身も驚いていた。いつもの自分の声ではなかったからだ。
なんだ……?おかしい…
驚く暇もなくやがてクリフは強い睡魔に襲われる。
クリフは意識を失った。
クリフは強い睡魔に誘われる様に眠りに落ちた先で夢を見た。
大小さまざまな木の根に絡まり拘束されて溺れる、そんな夢だった。
操りの糸が切れるように意識を失ったクリフをのぞき込んでいたのはタテだった。
そのタテの背後で心配そうに見つめているクリスとステラだった。
そんなクリスが呟いた。
「さっきの声…、リュウの声だったわね」
「ええ」
「恐らくは世界樹で受水の儀とやらが始まったようですね」
「じゃあ、やっぱり…世界樹にいるというエルフの始祖様ってリュウの事なの?」
「そのようですね…」
一同は何も言えなくなり無言が続いた。
「………う………」
静かな室内にクリフのうめき声が辺りに響く。
見ると苦悶の表情を浮かべていた。
「……う、ああああああああ!」
クリフが大きな声を上げていき良いよく起き上がった。
大きく息を乱して荒い息を整えるように顔を両手で覆う。
その体は震えていた。
さすがに放置できずにステラが頭を抱くように抱きしめた。
「大丈夫よ…」
その言葉と柔らかなステラの胸に包まれたおかげか震えは収まった。
「………………」
クリフは抱きしめられてもなお視線は虚空を見つめていた。
「おれは…………!」
震えが完全に収まったのを実感してステラは抱擁を解いてクリフを見た。
「大丈夫……?」
そのステラの声にやっと周囲に目がいったクリフは最初に視線が合ったクリスを見て呟いた。
「クリスティーナ……?」
一同はそのクリフの言葉に嬉しさしか出てこなかった。
クリスはクリフには言っていなかった本名を呟いたその言葉で彼が誰なのか明確に答えが出た瞬間だった。
タテは慎重に聞いた。
「リュウ様ですね?」
「………ああ………」
クリスとステラは感慨深く傍を離れなかった。
「そうか…この体はロビンの開発した人形か。すごいな、よくここまで人に近づけたものだ」
手を握って確かめる。
「デメリットは人形だから魔法が使えないという事でしたが完成度は高いです。エルフでも人形と気がついていない者のほうが多かったですから…」
「そうだな…。〈クリフ〉も自分がエルフと信じて疑っていなかったからな…」
「あの宝物庫で何があったんですか?」
「………。簡単に言うとスキルの暴発だ」
「スキル…ですか?」
「ああ、あの時習得したものは二つあった。一つはスキル魔法合成。もう一つが時空属性魔法だ」
首を横に振った。
「あれはもう事故としか言いようのないものだ。多分初めは魔法同士の共鳴現象だった」
「共鳴…?」
ステラは不思議そうにつぶやく。
「あれ程に時空と空間の魔法同士が共鳴を起こすとは思わなかった。その共鳴がスキルの暴発を誘発した」
「魔法合成?」
答えを言うようにクリスが言った。
おれは頷いた。
「暴発で起きた魔法合成は不運にも成功してしまってな。いや運がいいのかもしれないが俺にとっては不運だ。結果として新しい魔法〈タイムリープ〉を作ってしまったわけだがそれで終わらなかった」
「タイムリープ…。時をさかのぼる魔法ですか」
「そうだ。暴発して起きた現象だったために俺の意志は介入せずに発動してしまったんだ。結果として俺は自身の体が無期限で時間が停止する結界を身に纏い3千年の時をさかのぼってしまった」
「三千年ですって?」
「ああ」
「そんな事って…」
「飛ばされた世界ってのがな、アルフ神が邪神としてその身が落ちた頃で邪神の勢力が酷く強い暗黒の時代だった」
「物語で聞いたことはあっても現実にあったとは思ってなかったわ」
「だろうな。俺だってそうだったしな。降りた場所が丁度世界樹の膝元だったんだがその世界樹が邪気に当てられて枯れる寸前だった」
「え、世界樹が?」
「ああ、それは俺としても困るから浄化スキルで邪気を取り除いた、までは良かった」
「その後が問題だったんですね?」
「何せ世界樹を浄化するほどの現象だ。すぐに当時の邪神の使徒たちに命を狙われた。それをかくまったのが世界樹だったんだがそれが良くなかった。当時の世界樹は魔力が浄化したてで枯渇していた。そこに俺の魔力に本能的に目をつけて食らいだした」
俺は視線を落とす。
「俺は抗ったよ。奪われれば元の時間に戻れなくなるからな」
「でも抗いきれなかったというわけですね」
「そうだ。俺は世界樹に拘束されて魔力を吸われた。それだけでなく世界樹は永続的に俺の魔力を求めた。世界樹は俺の帰還する意思を奪うことにしたんだ。つまり記憶を封印することにしたんだ。その封印に使われたのがレテの水だった」
俺はさすがに当時を思い出してしまい抗うように手を握りこんだ。
その握った手を心配して解き代わりに手を握ってくれたのはステラだった。
「息ができなくなり溺れるほどの時間を何度も繰り返されてレテの水を飲まされた。それが最後の記憶だ」
クリスとステラはその壮絶な経緯を聞かされ身を寄せることしかできなかった。
しかし俺にとってはその柔らかな感覚と体温で安らぎをもたらした。
「悪いな…本物じゃなくて」
ステラもクリスも首を横に振った。
「でも今も魔力を吸われているのなら今その人形に込められた魔力はどこから…?」
ハッとステラたちも気がついた。
「そうよね。魔力を吸われていて身に残ってないなら普通は体が維持できないから死んでしまうはず」
「完全に吸ってしまえばリュウは死んでしまう。ということはギリギリの魔力が残っていたという事?」
「ああ、体と精神を維持するギリギリの魔力だ。本来なら絶対に体から出ないはずの魔力がこの人形に込められた空の魔石に移った。今のクリフはそうしてできている」
「それこそおかしいじゃない。絶対魔力は私も教えられたから知っているけど使うことはできない魔力よ。抜け出ること自体おかしいわ」
「おかしくはないかな。この三千年俺はずっと意識がない状態だった。そんな状態は体と精神と魔力の結びつきを弱くする。その結びつきを補っていたのが無期限の時間停止の結界だった」
おれは首を横に振った。
「結界は無期限だったがそれは俺本来の時間に戻るまでの条件が付いたものだ。その結界は効果を終えて消えたはずだ。結びつきが弱い状態で近くにあったこの魔石に精神ごと魔力と移った。それでも俺の体が維持しているのは維持に必要な魔力だけは本体に残っているからだろうな」
「精神がこちらにある以上はどのようにしても自力では起きれないですね」
「じゃあどうすれは起きられるの…?」
涙声になったクリスの手を握る。
「こんな状態は長くは続かない。もって一月といったころだが起きられないわけじゃない。この人形を再び本体に近づければいい。それだけで魔力が戻るはずだ。精神が起きた以上結びつきは強くなるからな。戻った衝撃で意識も戻るはずだ」
「では…」
「どうやって俺に近づくかという問題と世界樹が何もしなければいいんだが…」
そこまで言葉を紡いだ時、不意に屋敷の入り口のほうへ視線を移すと立ち上がった。
その時部屋の扉がノック音の後に開いた。
「やっぱりまだここにいた!」
「姫様。先生も…おかえりなさいませ」
「うん、ただいま。何か変化は…?」
ロビンソンはタテに聞いていた。
「ありましたよ。いろいろと…後で報告しますね」
ロビンソンは頷いた。
「こちらでも大きな収穫がありましたよ」
そんな会話を尻目にクリフはフローラに詰め寄られていた。
「この屋敷がそんなに気に入ったの?」
「え、そんなことは……」
「ウソおっしゃい。随分と身ぎれいになってるじゃないの!」
フローラはそう言ってクリフの髪を乱暴に乱した。
「な、なにをするんですか姫様。せっかくクリス様たちが梳かしてくださったのに…」
フローラはジト目でクリフを見つめてきた。
「あんた……。記憶戻ったの?」
「え、記憶というか…。リアルすぎる夢を見てしまいまして……」
「どんな夢よ?」
「えっと…、怖い夢です。たくさんの木の根に絡まれて溺れる……夢…です」
「他には?」
「……いえ……それがどうかしたんですか姫様?」
「そう……。それならいいわ。用事は終わったでしょう、城に帰るわよ」
「あ、はい」
フローラが先に部屋を出て行く。クリフはタテを見た。
「今日はいろいろ楽しかったです。また来ます、ありがとう…」
「……はい。いつでも歓迎しますよ、クリフ君」
クリフはぺこりと頭を下げて屋敷を出て行った。
残された一同は茫然としていたがタテは事実確認のように呟いた。
「どうやら記憶が戻ったことは伏せられるようですね…」
「え、でも…」
「あの目はリュウ様でしたよ。私が間違うはずありません」




