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クリフは町の住民の差別意識からの暴行のケガも気にも留めずに慌てるようにして城の裏門から入る。
裏門の門番に声をかけた。
「遅れましたクリフです」
「ああ、お帰りクリフ。今日も暴行を受けてしまったのか?」
「ええ、ですが大したことはありません。すぐに癒えますから」
「さぁ、入った入った。姫様がお探しだったぞ」
「え、本当ですか。参ったなぁ」
慣れた感じでクリフは城に入っていった。
しばらく城内を歩いていると薄い青の髪を持った10代前半といった年齢のエルフの女の子がクリフに近寄ってきた。
実を言うと未成年のエルフは純血種のハイエルフとハーフエルフの区別はほぼつかない種族である。ハイエルフは成人してもほぼ姿は変化がなく小柄なままに対し、ハーフエルフは成長するとともに身長が伸びるので区別がつく程度なのだ。
「どこ行ってたの。心配したじゃない!」
「お使いを言われて城の外にいたんで…ごめんなさい。フローラ様」
フローラに手を引っ張られフローラの自室に連れてこられたクリフはフローラから小さな小瓶を手渡される。
「今日はこれを飲む日でしょう」
「あ、はい」
「さっさと飲んで頂戴!」
言われるままにクリフは手渡された小瓶を開ける。
クリフが小瓶を飲み干すまでずっと見つめていたフローラはほっと安心したように息をついた。
「それを飲むのを確認するまで落ち着かなかったのよね」
「いつもありがとうございます」
「何言ってんのよ。あんたの管理は私の義務よ。あんたは私のものなんだから!」
「姫巫女様という立場のフローラ様がどうしていつもこんな俺に気を使ってくださるんですか?」
「それは………。いつも言ってるでしょう。あんたは私のものよ。お気に入りの所有物を管理するのは持ち主の義務よ、義務!」
「ありがとうございます。記憶も身元もわからない自分をおそばに置いていただいているだけで十分です」
にっこりとクリフは笑った。
「…………」
フローラは照れ隠しするように顔をそむけた。
「今日はね、私の先生が来る予定なのよ。その先生にあんたを紹介しておこうと思って探してたのよ」
「俺なんかが会ってもいい方なんですか?」
「大丈夫よ。あんたの記憶を戻せるかもしれない唯一の方だからね」
そこまで会話したときノック音が部屋に響いた。クリフが対応して扉を開ける。
「どうぞ」
「姫様。ロビンソン博士がいらっしゃいましたので客間にお通しいたしました」
「そう、今行きます。クリフ行くわよ」
「は、はい」
そうして二人は客間へと向かう。
クリフが客間の扉を開けてフローラが入る。後からクリフも続いて客間にいた博士たちを見てクリフが驚いた。
「あ、先ほどはありがとうございました」
「君、クリフ君だったか。姫様の従僕だったんだ」
「なんだ、知り合いだったの?」
「先ほど城に戻る途中で絡まれてしまっていたところを助けていただいたんです」
「あんた、また絡まれたの?」
「え、ええ…」
「しょうがないわねぇ。あんた、魔法が使えないものね」
「………」
クリフは沈んでしまったようだ。
「姫様。この者は…」
「実は事故があって先生から頂いたものが起動してしまって…」
「?」
クリフは状況がつかめない話で不思議そうな目をした。
「そうでしたか」
「あの…姫様?」
「少し体を調べるよ、クリフ君」
「え?」
先生はそう言うとクリフの後頭部を調べだした。
「あの…?」
その言葉を最後にクリフは動きが止まった。
「事故で起動したと言ったが、どこのだれの魔力を移したんだ?」
「……言わなければいけませんか?」
「できれば知りたいかな」
「誰にも口外しないでくださいね」
「もちろんです」
フローラはそういうと部屋に防音と監視阻害の結界を張った。
「先生は世界樹のことをどこまでご存じですか?」
「世界樹に関係するのか?」
「はい」
「まさか…始祖?」
フローラは頷いた。
「実在するのか…」
「ロビン殿、始祖というのは?」
「世界樹には太古の昔より世界樹の守りという役目を負った人が封印されているという噂でした。世界樹の根に時間も意識も封じられて眠る人間がいて、その人と世界樹との間に新たな人が生まれた。それがエルフの始まりと言われているのです」
「私も一か月ほど前にお母様から継承の儀を受けたときに知ったんです。その時にもっていた先生から頂いたこの魔術人形の魔石が始祖の魔力と共鳴したようで始祖の魔力を取り込んでしまい…」
「魔術人形クリフの出来上がりというわけだ」
「はい。でも中途半端に吸収したのか記憶を損なっていまして…」
「元の魔力が不完全だったのかもしれないが調べよう」
「ロビン殿…」
「城に献上したこの魔術人形は最新ものでしてね。専用の魔石に魔力を込めれば魔力を込めた人の意志を移すことができる機能があるんですよ」
「元々体が不自由になった老人のための外出用として開発したものだったんですよね、先生?」
「ええ、この個体も何度か試し動作をして問題なかったからこそ献上したわけですしね」
ロビンは言いながらも後頭部から魔石を取り出した。
淡く輝いていたその魔石を調べるとロビンもタテの言うことに納得できた。
魔石に込められていた魔力はたしかにリュウのものだったのだ。
さすがに疑問に思った。
「姫様、この魔力は確かに始祖様のものなのですか?」
「ええそうよ」
考えこんでしまったロビンを見つつタテが聞いてきた。
「その始祖様という方ですがどのような外見をしておられるのでしょうか?」
「このクリフの姿そのものよ」
【リュウ様の外見ではないようですね】
【別人という可能性もありますがリュウ様には転身スキルがありますからね。魔力が同じというのは重要なことです。同じ魔力というのはもっている者はいないのですから】
しばらくロビンは丹念に魔石を調べた。
「魔石に異常はありませんね。込められている魔力にも問題はないですし、フローラ様のおっしゃる始祖様が元から記憶を失っている可能性のほうが高いですね」
「そうかもしれないわ。人形を操作しているという自覚もないみたいだし…」
「操作しているという自覚もないのですか?」
「ええ」
フローラはそう言いつつも何か思い当たることがあるのか考え込んでしまう。
「おかしな状態ですね。どのようにしても自分の体とは違うので違和感は絶対にあるはず…」
「先生…。実は始祖様の記憶喪失には一つだけ心当たりがあるのです」
「心当たりですか…」
「はい始祖様に関して代々日巫女と姫巫女だけに伝わる義務というのがあります」
「義務…聞いてもよい事ですか?」
「口外はなさらないで欲しいですわ。先生を信頼してのことですから」
「わかりました。口外はしませんよ」
フローラは明らかにほっとした様子だった。
「先ほども言いましたように始祖様は世界樹の深奥ともいうべき根に封じられているのですが定期的に始祖様に水を捧げることが義務として伝わっております」
フローラは重い顔になっていく。
無意識に手を握りこんでいた。
「始祖様に捧げるお水は始祖様が指定なされたものを使わなければならないのが本来なのですがこの千年、その水の材料となる素材が入手不可能になってしまったのです」
「入手できなければ捧げられないですね」
「ええ、でも御水は捧げなければならないので代用品をこの千年使っているのですがその代用品が………、レテの水なのです」
「レテの水だと……いうのですか?」
「……はい」
「レテの水とは?」
「世界樹の下に流れる世界樹の養分ともいえる河の水で別名を忘却の河と呼ばれています」
「忘却…。それは摂取すれば記憶を失うということですか…」
「はい」
「本来の御水とやらは本当に入手できないのですか?」
「無理だと思います。何しろ神の水と言われるエリクサーですから…」
「エリクサーだというのですか」
「はい。市場に出回るエリクサーを使ってみたことがあるのですがそのエリクサーでは始祖様には効果がなかったのです。それで仕方なく一番効果があったレテの水を捧げたのだとか」
「そしてそのレテの水を捧げ始めてから始祖様の御姿が変化したのだそうです。以前の御姿がどのような御姿だったのかは伝わってはおりませんが…」
「つまり、本来のエリクサーを捧げれば始祖様とクリフ殿も変化があるということですね」
「そんなこと今は無理です。聖地エデンの水が手に入らないのですから…」
「それは大丈夫ですよ、姫」
「え?」
「この三か月俺は郷を不在にしていましたが、実は出先で大変な目に遭いましてね。それを救ってくださった今代の覇王様に感謝と共にお仕えすることになりまして、その覇王様が先日そのエデンの浄化をなされました」
「え、エデンの穢れを浄化したと…?」
「そうです。中を確認しましたがすっかり聖地としての役割を戻っています。私はそのエデンの神官の一人ですので嘘など申しませんよ。そしてその水を使ったエリクサーも覇王様がおつくりになられたので手元に一つあります」
「そ、そんなことが…。ぜひお譲りいただけませんか。レテの水は代用品で一か月しか持たないものなのです。エリクサーであれば一年は次の投与に猶予ができます」
「条件があります。その始祖様にもっているエリクサーを投与する場に立ち会わせてください。私が無理ならロビンソンでもいいので…」
【どういう事情なのかは分かりませんが始祖様とやらがリュウ様の可能性が否定できません。エリクサーは状態異常を消す機能がありますから真実リュウ様であるならば投与すれば記憶も戻るはず】
【戻らなくても姿がリュウ様に戻ることもあり得ますね】
「私の一存では決めかねます…が、先生ならばお母様も立ち合いをお許しくださるやも…」
「日巫女様…フルーレ様か…。私も説得いたしますので…」
「どうしてそこまでなさるのですか。クリフの事だけとは思えませんが…」
タテとロビンは見合わせた。
お互いの目で覚悟を決めた。
「先ほども言いましたが私どもは現在覇王様に仕える身です。ですがその覇王様が今行方知れずとなっていましてね」
「え」
「生命力をたどり調べた結果、世界樹に居られることを突き止めたのです」
「世界樹ってそんなはずは…」
ロビンは首を横に振った。
「事実です。世界中を調べた結果なのですから。それだけでなく覇王様は現在、魔力さえその身に持ってはおられない上に意識もない状態なのでその身が案じられるのです。場所が場所なので姫に相談をと思いましてね」
「魔力もない…ですって?」
「はい」
フローラは考え込んだ。
「聞けば聞くほど始祖様の状況と酷似していますわ。先生は始祖様のことをどれだけご存じかしら?」
「それなりに知っていますよ。〈世界樹の存続の危機に現れたる者、世界樹をむしばむ邪を浄化せしめ、その身と魔力を世界樹に捧げた。世界樹はその者に感謝し、その者とまぐわい我らエルフが生まれた〉エルフならば一度は聞かされる伝説です」
「そう、その伝説は真実なのです。始祖様は真実、私たちエルフの始祖。その身を世界樹に捧げ、魔力を今現在なお、世界樹に注がれている稀有な方。世界樹と共にあるためにその身は朽ちることもなく死も訪れない」
「始祖様は先生の言う覇王様ではないでしょう。覇王様の生まれる前から始祖様は世界樹に居られたのですから。ですがそれでは納得できないのでしょうね」
「はい、違うなら違うと確認したいのですよ」
言いながらロビンは魔術人形に魔石を収納しクリフを起動させた。




