1-3
涙には心を癒す作用があるように泣きつかれて眠った夜。
翌日にはそれまでのような重い体は消えていた。
翌朝、重かった体は嘘のように軽くなった。長く続いた微熱が引いたことを感覚で知る。
大きく伸びをして睡魔を吹き飛ばすとベッドに座る。
そばで同じように大きく伸びをしているシロがいた。すり寄ってくる。
膝の上で撫でているとタテが入ってきた。
「お加減はどうですか?」
「はは、散々泣いたせいか気分はいい。体もかなり軽いからな」
「では朝食はお取りになりますか?」
「ああ」
「わかりました。でもエリーゼ様はいかがしましょうか?」
「エリーゼ?」
「はい」
「………。ああこいつのことか」
じっと見ると毛繕いを軽くしただけだった。
「このまま降りるようだ」
「ではそのように」
後ろにいた女中が俺の身だしなみを整えた。
倒れてからこっち自分で整えられない日が続いたので朝は女中が整えるようになっていた。
全裸で徘徊していたこともあるらしいので拒否するのも今更だった。
慣れていくのか。慣れそうもないんだけどな。これも俺の心がすり減った理由でもあるんだがどうにかならんのか…
「なぁコレいつまで続けないといけないんだ。服は自分で着たいんだけど…」
「いけません!」
女中が聞かないのだ。どうもこの服着せは女中の中で人気になっているらしい。
「でもな、これのせいでもあるんだぞ。気力がなくなったのは」
「そ、それは……」
「寝込んだ時だけでいいから、ほかにもやることはあるだろうが」
「で、でも…せめて御髪だけでも…」
「それはいいけど明日から服着せは要らない。そう伝えろ、いいなタテ」
「了解しました」
おれはシロを抱き階段を下りて食堂に向かう。背後にはタテが付いてきた。
食堂に入るとみんな揃っていた。俺が食べるというので待っていてくれたらしい。
少しうれしかった。
こんなにも俺を気に留めてくれる人たちがいる。
そう思ったら過去ばかり向いていてはいけないと自分を鼓舞させた。
「俺を待っていたのか?」
「ええ、せっかくの食事だしね」
「待つことなんてなかったのにな。それでも嬉しいな」
おれは自然と笑みが浮かんだ。
「大丈夫なのじゃな?」
「ああ、心配かけたな。昨日までに比べれば随分マシだ」
出された食事をとる。おれは重湯だが昨日の吐き気もなかった。
食べ終わるが少し物足りなかった。どうやら俺が思うよりもずっと腹が減っているらしい。
「その果物を取ってくれ」
そう言うと驚かれた。
ステラが驚いていたが取ってくれた。
「無理はしないでね」
「ああ」
手づかみでもらって一口齧る。なんだか美味かった。
食堂にいたメンツの視線が痛かったがそれはもう仕方なかった。それだけ心配させていたのだから。
美味かった上に腹が減っていたのであっという間に果物はなくなった。
「ふぅ…。落ち着いた…」
一同の食事が落ち着き食堂からおれは久しぶりにリビングにいた。
当然のように膝上にはここが自分の場所と言わんばかりにシロがいる。
両脇には当然ステラとクリスがいる。
リューイも背後にいた。俺の首をずっと撫でているのだ。
そのシロの頭をなでているとフィニアスが入ってきた。
その姿を見るのも久しぶりだった。
「リュウ様が回復されたと聞いてやってきましたが大丈夫そうですね」
「すまない。苦労かけたな」
「いえ、回復されたのがなによりです。ですがいろいろとお聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「キバ殿から事情は聞いていますがもう少し詳細をと思いましてね」
「事情?」
「はい。その猫、エリーゼ殿のことです」
「ああ、それは俺も知りたいと思っていたところだ」
「そうなのですか?」
「ああ、おれはそれどころではなかったしな。俺が知っているのはエリーゼがイヴから送り込まれた俺の伴侶ということと、おれと同じ転生者で、前世で飼ってた猫だったというくらいだ」
「!」
「彼女に救われた。自分自身どうすることもできなかったからな」
俺は撫でている手を止め聞いた。
「どういうことなのか説明してくれるか?」
シロはそういった俺を見上げ膝から降りる。
全身に淡い光でおおわれる。
自分もよく知る転身の光だ。
光が収まると俺の目の前に昨日と同じ蒼いサマードレスのような薄絹を纏った白い髪の長い獣人の女性が現れる。
獣人らしくヒューマよりも背の高い体は大きすぎず小さくもない主張した胸と形の良い尻に長い猫の尻尾があった。頭には猫耳があり程よくついた筋肉で全身が美しいと感じ、おれはその姿に見とれてしまった。
俺の視線を感じたのか頬を少し赤らめて嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんな笑みも魅力的だった。
さすがに俺の頬も少し朱に散ってしまう。
それを察したクリスが俺の腕をつねった。
「痛」
「何を見とれてるのよ」
「そんなこと言われてもな。俺だって男だぞ」
むくれたクリスを見て宥めにかかる。
耳元に息がかかるほど近づいて呟いた。
「悪かったよ」
その感触にクリスの頬は赤らみを帯びる。
「もう、そんな風に謝られたら怒れないじゃない…」
ステラにも頭に腕を回して寄せる。背後のリューイには手を握った。
言葉をエリーゼにかける。
「気になることはいろいろあるがどうしても聞いておきたい。どうして呪われていた?」
「え」
さすがにその場にいた者は驚いた。
「呪いを解呪していただいたことは非常に感謝しておりますわ」
「それはいいんだが何の呪いか知っているのか?」
「はい、もちろんですわ」
「俺としては気になって仕方ないんだ。仮にもゲシュタルト獣人国の王女殿下が呪いというのは物騒だしな」
「それについては少々調べたのですが秘匿事項のようですな。ただ、リュウ様の転生が知れ渡るとヴェリアス王国とほぼ同時に獣人国からエリーゼ殿下の輿入れが打診されていたのですが返事を待たず話が獣人国側から撤回されたのです」
「そうなのか?」
「はい。あまりにも急な撤回だったので気にはなったのですが…」
「呪いを受けたとなれば撤回せずにはいられないな」
「獣人国は知っての通りこの大陸よりも北に位置し隣にエリル皇国とかのマリス魔導国に挟まれております」
エリーゼは震えていた。
それに気がついて俺は彼女の引っ張り膝元に寄せる。頭をなでた。
落ち着いたのか震えがやんだ。
そのまま彼女は喋りだす。
「かの魔導国は我が国に干渉してきたのです。覇王様に輿入れをしてしまえば縁は強力になります。魔導国はそれを恐れたのです」
「なるほどな、獣人国と魔導国は拮抗しているからな。これ以上力をつけられる前に邪魔してきたということか」
「はい。それだけでなく我が国では知るものは知っていたのです。わたくしがイヴ神様によって遣わされた覇王様の伴侶ということは」
「情報漏洩ということですか」
「国が割れたか?」
「そこまでにはなってはおりませんわ。ですが国の内部に良しと思わない勢力があったことも事実なのです」
「我が国に知られる前に娶れなくしようと呪われたか。猫に転身して戻れなくなれば娶るどころではないからな」
「はい」
撫でる俺の手の感触で笑みを浮かべる。
「御主人に逢えばきっと何とかなると思いここまで一人でやってきたのですわ」
「一人でか?」
「はい。父上たちは呪われてしまったことで不名誉と断じ軽く軟禁されてしまいましたので」
「苦労したんだな」
「いえ、苦労などどは思ってはおりませんわ。御主人に逢ってこうして撫でてくださる歓びにくらべれば、苦労とは思いませんわ」
「そうか…?」
「はい。この十五年ずっと撫でてくださる日を夢見ておりました…」
「フィニアス、連絡と輿入れの打診を頼めるか」
「承知しております。すでに伴侶と知ってから向かわせております」
「すまない」
獣人国との対応にフィニアスと意見を交わしているとそこに城下の衛兵が慌てるようにして息を乱しながら部屋に入室してきた。
「御歓談中、申し訳ありません。ですがご報告があります!」
「なんだ?」
おれが答える。
「マリス魔導国に異変アリ。どうやら勇者召喚を行った模様です!」
その言葉に反応したのはフィニアスのほうだった。
「なんだと!」




