1-2
玉座でふと思う。
師匠が今の自分を見たらどういうかな…
「………」
やっぱりあれだな…
「女にうつつを抜かすとは何事じゃ。心が弱いのは修行が足りん証拠じゃ。もっと無心で振れ。だろうな…」
きびしくもあり優しくもあった師匠。昔気質で熱血漢だった。
「………」
手を抜いた気はしていないはずだった。
だが事実だ。女にうつつを抜かししばらく振っていない。体調を言い訳にするなと言いそうだ
「………。初心に帰るか。無心で…」
姿を工藤隆の姿に完全再現した。
収納から修行用に使っている服を取り出し、ローブを脱ぎ捨て着る。
玉座から立ち上がり少し前に出る。周囲に当たらない程度に距離をとる。
修羅を握り鞘から抜き放つ。
修羅を正面に据え振りだした。
無心に振った。すべてのわだかまりを捨てるように一心不乱に振り続けた。
そんなリュウを遠くから見つめている人物がいた。タテだった。
一心不乱に振り続け汗が周囲に飛び散っても気にせず振った。
振り続けているとだんだんと楽しくなってきていた。
初心に帰るように楽しかった。
玉座で休憩も取らず振り続けているせいで城にいた者はリュウを心配していた。
皆の心配をよそに心配をしていない者も確かにいた。
姉エルナだった。
初めは心配をしていたが徐々にリュウが笑みを浮かべていることに気がついた。
楽しそうに刀を振っていたからだ。
やがて自身の汗で柄が手から滑り出したので振るのはやめたリュウは服の袖を使い汗をぬぐう。
状況は何も変わっていないがそれでも違う気がする
体が少し軽くなった気がした。
「はい。疲れたでしょう?」
誰かが飲み物を差し出してきた。
見るとステラだった。
「ステラ…」
スッと冷たい飲み物を差し出しているので受け取り一口飲むと美味かった。
一気に飲み干した。
「うまいな…」
「汗がこんなに…」
手に持っていたタオルで汗だくの俺の汗をぬぐいだした。
「ありがとう。でも怒らないんだな」
「どうして?」
「体調悪いのに無理を、て言いそうだ」
「最初は言うつもりだったけどやめたの」
「?」
「楽しそうだったから」
俺は笑みを浮かべた。
気を抜いたときふらついた。
そんな俺をタテが支えてくれた。
「悪い…」
「いえ、お部屋に行きましょう」
そう言って玉座を後にしようとした時だった。
指輪が光ったのである。
「!」
二人は俺から少し離れた。
【リュウ。あなたに贈り物があります】
「イヴ…。贈り物?」
【はい、あなたに背負わせてしまったものを少しでも軽くなるようにかの世界より召喚しました】
「召喚って何を?」
【貴方と同じ転生者を】
「転生者?」
【はい、きっと彼女は貴方の力になってくれるでしょう。野に降り心のままに彼女を救いなさい】
「降りて救う?」
【はい、リュウのために用意した伴侶です。すぐ下にいますので…】
「まて、伴侶だと?」
イヴの声はもう聞こえなかった。
「すぐ下…?」
戸惑っていると呟きが漏れた。
「伴侶…?」
すぐ近くにいたステラの声だった。
「あ…」
視線がかち合った。
「大丈夫…。俺は君らが大事だから」
これ以上彼女たちを不安にさせたくなかった。
ステラは不安そうにしていたが笑ってくれた。
「すぐ戻る」
頬にキスを落とした。
服を修行用からいつもの服に変えた。
「タテ、ついてきてくれるか?」
「もちろんです」
「すまない…」
重い体でうまく動かないがそれでもマシになっていた。
俺はタテを連れて街に降りた。
「心のままに救えと…。どういう意味だ?」
「さて…、神の御心はわからないものです」
「だな…」
「すぐ下にいるというから城下町にいるんだろうが…」
しばらくサーチを使い、街を歩いたがそれらしい女性はいなかった。
さすがに体調が悪い状態での散策ではしばらくすると疲れてきた。
路地裏で休憩していた。
「一度戻りますか。これ以上はリュウ様のお身体が心配ですので…」
「………。そうだな」
立ち上がり城に戻ろうとして踵を変えたとき動物の争いあう声が聞こえた。
「なんだ?」
ひょいと声のするほうを覗くとこの世界でも一般的な動物シルバーウルフが白い生き物に威嚇していた。
「リュウ様」
明らかにウルフのほうが体格がいいので獲物扱いしているようだが片方の生き物には見覚えがない動物だった。
興味が出た。
ひょいとウルフの尻を軽く蹴り上げ蹴散らした。
その白い生き物は初め、リュウを警戒していた。
「タテ。この生き物…見たことあるか?」
「………。わたくしは見たことがありませんね。珍種でしょうか…」
「フェザーキャットにしては小さい…」
「ですね」
行き止まりの場所なので白い生き物は逃げる場所はなくケガをしているせいかおびえていた。
「ケガをしているな」
生き物に手のひらを翳してヒールをかけた。
生き物は回復呪文に驚いたようだ。
俺は頭をひと撫でして笑った。
「もうこんなところにいるんじゃないぞ」
だが動きすぎたせいで限界だった。
頭を片手で抑え、すぐ横の壁に倒れるようにもたれた。
「リュウ様!」
「すまん…」
「やはり戻りましょう…。これ以上は無茶です。いくらイヴ神の認めた伴侶探しとはいえ体を壊しては意味がありません」
「そうだな…」
ゆっくりとその場を抱えられるように肩を借り後にした。
城に戻っていると先ほどの白い生き物がリュウの後をついてきた。
「にゃあ」
振り向くと恩義を感じたのか、なつかれてしまったようだ。
「ついてくるなよ…」
頭をなでると気持ちいいのか喉を鳴らしてきた。まるで前世に飼っていた猫のシロのようだと思ったリュウだった。
「なつかれてしまいましたな」
「そうだな」
足元にすり寄ってくる感覚が酷く懐かしいと思った。
自然と抱き上げていた。シロにしたように。そして何故だかホッとしている自分がいることに気がついた。
「俺は…随分遠くに来てしまったんだな…」
それで気がついた。自分は寂しいのだということに。
なぜ体調を崩したのかを知った。あまりにも世界が違いすぎた。
自然と透明な涙がこぼれた。
変わっていく自分にこの異世界に染まっていく自分に嫌悪を抱いた。
どうすることもできすに受け入れるしかない自分にそれでも受け入れられない自分がいた。
腕に抱いた動物があまりにもシロに似すぎた。
帰りたかった。できるならあの見慣れた世界に。でもそれはできない願いだった。
だれも理解できないその感情は行き場のないままリュウを苦しめていたのだ。
震えるようにうつむいてしまった主をしばらく無言で見つめていたタテだった。
主の感情は強ければ強いほど使い魔に伝播する。この時も近くにいたタテに強く伝播し、こらえることで精一杯だったのだ。
落とした涙をすくいなめるその生き物は自分を慰めてくれる気がした。
もう解放する気にはなれなかった。
「一緒に来るか…?」
「にゃあ…」
ぺろぺろと頬をなめてくるその生き物は逃げるそぶりはなかった。
「リュウ様…」
「すまない…城に戻ろう」
「はい」
ふらつく足取りでそれでも腕に抱いた珍種の猫を大事に抱えた。
城に戻ると体調が悪いにもかかわらず出かけた上になかなか帰ってこないのでたいそう心配された。
腹を空かせているようなので猫に何か与えるつもりで食堂に入りいつもの最奥の席に座ると事情を知っているコックが猫の食事を作ってくれた。
一緒に置かれた俺用の重湯もあったのだがまた吐きそうになるのが怖くて手が付けられず食べる猫を見つめていた。
とても食べれる気がしなかったのだ。だがそれ以上にこの猫が気になっていた。
なぜか呪いが掛かっていたからだ。
「この猫。鑑定したほうがよさそうだな…」
珍しく俺が食堂にいるのでクリス達が一緒についてきてお茶を楽しんでいた。
「鑑定をするの?でも生き物に鑑定はあまり効果がないんじゃないの」
「普通の鑑定なら効果は少ないけど俺のは上位だからな。誰を鑑定しても防御を突き抜けて全部出る。本人が見るものとほぼ同じものが鑑定できる。心配はいらん」
「それってすごくない?」
「ああ、だからあまり鑑定はしないようにしてる。とはいえ補助機能でかってに簡易版がでるからいつの間にか上位になってたんだけどな」
クリス達と会話をしているとテーブルの上の猫が俺の重湯で遊びだした。
「こら、それはお前には飲めないぞ」
やめさせようと手を伸ばすと俺の右腕に爪を立てる。
「いて、爪を立てるなよ」
「にゃあ」
俺を見上げてきた。
「…………」
ジッと猫を見た。
この猫…
「にゃあ」
スプーンでじゃれ始める。
この感覚は久しぶりだった。シロも同じように寝込んだ俺の粥でじゃれつき辺りを汚しかけて俺を困らせた。
食べないならじゃれて汚すとでも言わんばかりに。
時折シロは俺の言葉を理解している様子があった。なぜかはわからないが理解していたのだ。
どうもこの猫もそんな気がした。
苦笑交じりに呟く。
「食べろってか…仕方ないな…」
一口食べることにした。
スプーンを取り重湯をすくうと口に運んだ。
すると途端に吐き気が催した。口に手を当て吐き気をこらえる。
「リュウ。無理しないで!」
吐き気を抗いしばらく身をかがめてこらえる。ステラたちに心配された。
しばらくこらえていると吐き気が消えほっと息をついた。
「大丈夫?」
「…ああ、なんとか…」
猫はするりと俺の膝の上に乗り丸まってきた。
こんなところまで一緒だった。
ふと笑みが出た。
食事中ほぼ毎回シロは椅子に座るおれの膝の上に乗ってきたことを思い出す。
どんなにどけても必ず食事には乗ってきたものだった。
頭をなでた。
「お前のおかげかもな…」
「リュウ様…」
「もう少し頑張ってみる」
時間は掛かったもののおれは吐くこともなく重湯を飲み干した。
胃を気にするように摩って一息ついているとクリス達が俺を見ていた。不安そうな顔だった。
「…心配かけてすまない。もうすこしだけ時間をくれないか。必ず立ち直ってみせるから…」
「信じてもいいのね?」
「ああ、原因は気がついたから…」
「そう…」
「少し休む。体を使って疲れたようだ」
猫を片手に抱き自室に戻った。まだ日は暮れたばかりで眠るには早い時間だったが限界に近い体で動く気にはなれなかったためだ。
服をローブに変えているといつの間にか猫が俺のベッドに丸まって眠っていた。
ベッドに入り腰掛けて猫の呪いを解呪し鑑定を行った。
意外な鑑定結果が出た。
エリーゼ=ゲシュタルト
獣人族 職業=騎士
HP=5624
MP=200
力=542
素早さ=956
集中=478
魔力=85
魅力=5896
特技〈剣術・爪術・拳術・体術=上級・魔力操作=初級〉
呪文〈聖・回復=中級〉
スキル〈鑑定・道具収納・暗記・作法・魅了(限定α)・転身〉
固有スキル〈管理者の祝福・ゲシュタルト血統〉
管理者の祝福だと?
タップすると転生者の恩恵があった。
管理者とは即ちイヴのことだ。
イヴの言っていた伴侶って…
驚きのまま猫を見つめていると鑑定に気がついたのか起き上がってきた。
こちらによって来るとすり寄ってくる。
いやそれ以上に転生者って…まさか…
思わず両脇を抱えるように持ち上げる。
「お前……。本当にシロなのか…?」
「にゃあにゃあ」
応えるように喉を鳴らしながら鳴いてきた。
心が震えた。
「……ははっ…。お前バカだろ…。俺を追って来るなんて…」
それでも嬉しかった。
寂しい心に巣くった砂漠にオアシスという水が沸き起こるようにシロの存在は嬉しかった。
前足を肩にのせるようにシロを抱き留めた。涙が一筋頬を伝いシロの背中に落ちる。
その時シロの体が淡く輝きだした。
転身の光だった。
不意の転身でシロを抱いていた手は離れ、体の重さに負けて俺はベッドに沈んだ。
俺を四つん這いに下に組み敷く形で白い髪をもった獣人の女性が俺を見下ろしていた。
服は蒼いサマードレスのような服で肩から鎖骨がくっきりと見えた。
「……」
お互い驚きで見つめることしかできなかった。
「御主人の居ない世界に耐えられなかったのですわ」
そう言って目のまえにあった俺の顔を見つめた。
転身を解いていなかったおれは前世の姿だったことを思い出す。
「ずっと御主人をお慕いしておりました。何度も御主人をお慰めしたかった。できない猫の体に悔しかった」
彼女はそういうと俺の顔を両手で覆い気持ちを込めるように唇を奪ってきた。それはとても激しいものだった。
息が乱れ苦しくなってやっと唇を解放してくれた。
「傍におります。今度こそ何があろうとも…」
俺はその言葉が本当に嬉しかった。そして同時に心に押し殺していた寂しさの感情があふれ出した。
「ありがとう…」
一筋涙がこぼれた。
もう止まらなかった。
彼女は再び猫に転身して俺の胸の上に乗ってきた。
こらえきれない感情でおれは泣きつかれて眠った。
師匠が死んだ夜も身を寄せ合い体温を感じるように眠ったことを思いだした。
その夜のリュウの感情は城にいた使い魔たち全員に伝播しその深い悲しみに撃たれるように涙を流す者が後を絶たなかった。
さすがにクリス達にも伝わったのである。リュウの抱えていた深い悲しみを。




