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4章 猫と前世
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城に戻った俺は案の定フィニアスの説教を食らった。
心底くたびれてしまった俺は早々にリューイの部屋を決めさすがに添い寝を拒否して一人自室に籠った。
それまでの体の変化からか心労のためかは定かではなかったがしばらく動く気になれず帰った日にベッドで休むとそのまま倒れてしまった。
体を行使しすぎたのかもしれない。しばらく熱を出し寝込むことになった。
寝込んでいる間ステラたちがかわるがわる看病をしてくれたことに感謝をしていたがどういうわけか食事を受け付けなかった。
転変してから一度足りとて食事をしていないことに今更気がついた。
そう水分以外とっていなかったのである。
そのことに気がついてからは少し嫌な予感があった。
転身がうまくいっていないのではないかと思ったのだ。
だがその思いは杞憂に終わる。
ただ絶食が続いたせいで食べ物が少し受け付けなかっただけだった。
それでも今まで平気だったのは竜人族となりエネルギーを自己の内部で作り出す能力を持ってしまったためだった。
それに気がついたとき自分の中で何かが音をたてて崩れ落ちた。
それは崩れてはいけない大切なものだった。
自分が自分らしくあるための大切なものだった。
その日を境に俺の心と体は変調をきたし始めた。
初めは体に変調をきたした。
どうしても食事をとれない自分に苦しんだ。
重湯でさえも一口飲むだけで吐いた。
気力が奪われていくのを知りつつもどうすることもできない状態が続いた。
口に含めるのは水分だけなのも気力を奪う結果になったのかもしれない。
周囲に心配をかけているのを知っていて何もできず苦しんだ。
食事がとれないもどかしさと申し訳なさが入り乱れ体は限界に達し熱が回復してから一か月後、とうとう倒れた。
その日を境にしばらく微熱の日が続くことになる。
そして徐々に心がすり減っていった。
「どうしてこんなことになったの?」
クリスが憔悴した声で呟いた。
城に戻ってから誰も一度足りとてリュウと共に添い寝すらしてもらえない日が続いた。
否、拒否されていた。
化け物な自分に傍にいてほしくなかったリュウが拒否したのだ。
「いけません。覇王様!そのような格好で歩かれては…!」
女中の叫び声が響いた。
クリス達が慌てて声のするほうに向かうとそこには憔悴しきったリュウがローブ姿で立っていた。そのローブの下には何も着ていなかった。
リュウの意識はない。体の限界から意識がまともな日は少なかった。
なぜか寝具姿でうろつくようになった。そしていつも下着を着せ寝かしつけても翌朝にはなくなっているのだ。
不思議な現象だった。
女中に背を押されるようにリュウは無言で連れられて行く。
その痛ましい姿にクリスやステラは憔悴しきっていた。
「何もできないなんて…」
「心の問題は回復呪文では効かない。まして薬ではもっと効かない。あの時否定すればよかった…。化け物じゃないって」
「昨日深夜にリュウが竜化をしておるのを見た。おそらくじゃが体の変調を治すための本能的なものじゃろう」
「え」
リューイは苦しそうに呟いた。
「じゃがおそらくはそれが原因でリュウの意識が失われておる可能性がある」
「そんな…」
「心が人以外のモノを拒否しておるのやもしれん。わらわのせいじゃ…すまん」
皆それぞれが憔悴していた。
そんなある日その日は珍しくリュウの意識が朝からハッキリしていた。
重い体ではあったが気分転換に帰還してから初めて玉座に座った。
情けない…わかってはいたがまさかここまでクルとは思ってなかったな
ふと、思い出す。前世を。
工藤隆という男の人生を語るにはあまりにも波乱万丈な人生だった。
生まれてすぐに母親は産後のひだちが悪く一週間で死んだ。
母親の顔を知らずに幼少期を過ごした隆は八歳の時に父親が再婚し新しい母親ができた。
新しい母は優しく父親の息子ということで可愛がってもらえたがそれも弟が生まれるまでだった。
新しい母は亡き母によく似ているらしく生まれた異母兄弟の弟は自分にそっくりだった。
それも悲劇の始まりだったのかもしれない。
実の兄妹のようによく似た兄弟は近所でも評判のかわいさと言われた。だがそれも三年程だけだった。
弟が生まれて三年ほどたつとその義母は弟を溺愛し始めた。と、同時に隆への育児放棄が見られるようになる。
体罰等の虐待ではなかったがそれは徐々に酷さを増してゆく。服は二枚しかもらえずいつも同じ服を着ていた。食事もままならない。
そう隆は食事を貰うことが一日おきになっていた。
十三歳になっていた隆にとってその時の生活は酷い物であり家に寄り付かなくなるのにさほど時間は掛からなかった。
父親は海外に出張することが多く一年の大半を海外で過ごすので義母の育児放棄に気がつかなった。
それでも隆はできるだけ小学校には行った。父との約束があったからだ。勉強を頑張ると約束していた。
生来の集中力もあったのか勉強はできたほうだったが成績が優秀であればあるほど義母の嫉妬がひどくなるので手を抜くことを覚えた。
地獄の小学生生活を終え中学に上がり2年も経つと隆は家には帰らなくなった。帰ったところで食事がもらえるわけでもなく洗濯もしてもらえるわけではないので帰っても意味のない場所になっていた。
家に帰らないので素行も悪くなり夜になると街に現れ時折暴力を伴う喧嘩も日常茶飯事だった。
異世界に渡った時に覚えた体術はこの時のものである。
そんな中学の頃に出会いがあった。いつものように喧嘩に明け暮れていたある日たまたま通りがかった老人にカツアゲをしようとして返り討ちにあってしまう。事情を問い質され家に居場所がない事を知るとその老人は何を思ったか隆を自宅に招いた。
この老人、後で知ったことだが人間国宝と名高い刀を使う剣術師だった。
居場所がないならここに住み込めというのである。
その後、隆はこの老人を師匠と呼び師事することになる。
この老人から隆はあらゆる道徳や礼儀、修行など行い学び、人として大切なものを貰うことになる。
両親から愛されなかった隆にとってこの老人夫妻こそ両親といってもいい存在になった。
この老人から学んだ剣術こそ抜刀術だった。
もちろん学校もこの老人宅から通っていた。
そんなリュウの両親はといえばリュウが中学を卒業するときに進路相談として父が招かれたのだがこの時に義母の育児放棄という名の虐待が発覚する。もともとリュウのためにと結婚した相手だったのかそれを知るとあっさり離婚した。
弟は自他ともに超の付くブラコンで隆につらく当たっていた母が嫌いだったらしい。
離婚時には父親の元に行った。当時五歳の弟にしては英断だった。
弟のブラコンは隆が飛行機事故で死ぬまで治らなかったから重症だろう。
老人夫妻と交流を深めつつ海外に父が出ると兄弟そろって老人夫妻に厄介になった。
もちろん父親の援助もあったので隆の高校時代は幸福な時間だった。
隆は手に職を持ちたいと技術学校へ進学しこの学校の知識がバイクなどを生み出す土壌になった。
やがて高校を卒業し独り立ちしたころ師匠と仰いだ老人は病で他界した。
老人の形見として修羅を受け継ぎ、後継者と指名された隆は自立し一人暮らしを始めることになる。老人夫婦が飼っていた猫のシロと共に。
残された老人の妻は自宅を売却しその資金で終生ホームにと入居した。弟も老人の剣術指南は受けていたのだが技術的には隆の方が上だったため父の自宅に戻ることになる。
愛する人が出来はしたがそんな幸福な時間は少しだけだった。
恋人を死という名で別れたリュウは別れの哀しみを癒す間もなく、そうして二九歳に飛行機事故にあうのだった。




