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途中で切ることが難しい話だった。
最長記録かもしれませんね。
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クリスが覇王城にやってきてから一週間経った。今日は戴冠の日だった。
この一週間戴冠式の打ち合わせと招待客との謁見であわただしい一週間だったが時間が経つのも早かった。
クリスが覇王城にやってきたことでいつもの日常が少しだけ変化したことにも触れておこう。
一番の変化は夜の選択が夕食後にキバによって行われることだ。
夕食後にキバが札を三つトレイに持ってくるようになった。
この札、それぞれ側室に割り当てられた部屋の花が描かれていて内二つがクリスとステラの部屋の物だ。
もう一つは花ではなく金の扉が描かれている札がある。
この札は俺自身の部屋の札を意味していて、だれも部屋に招かないことを意味している。
札は複数選択することもできるのだが夜の営みをするかは本人次第なので添い寝でも選択する必要がある。
なぜかといえば三階は覇王のプライベートエリアにあたるので夜は警備と防御機能が格段に上がる。
選択しないと防御機能が働くためだった。
つまり側室による夜の襲撃を防ぐためだった。先代覇王ウィリアムの時代に組み込まれたものだそうだがある意味納得である。百人ハーレムではいろいろあったのだろう。
この一週間、クリスが来た夜以外は二人を両脇に抱え添い寝状態が続いていた。
なぜか二人に泣きつかれたからだ。
一人選択以外の日で都合がいいなら添い寝がしたいと言われた。
拒絶する理由もないので二人選択の日、今は添い寝になっているがそのうち二人から襲われそうな気がする最近だった。
そんな俺は朝食を終えて予定の時間まで空き時間があり書斎で本を読んでいたのだった。
本といってもこの城に配置されている使い魔の詳細な過去と経歴。そして特技などが記されたウィリアム特製の資料のようなものだった。
パラパラとめくるだけでも頭に入るようなので速読と暗記の効果が抜群だった。
ちなみに服装はいつもの服だったが、実はこの服のまま教会へ行くことになる。
仰々しく馬車まで使うのだという。
警備のためらしいが教会と城はカイエルの中にあってそれなりに距離があるので納得はしている。
教会で戴冠式を行う前に教会にある聖水で満たされた泉で沐浴をして身を清めなければならないからだった。
戴冠に着る服はすでに祝福で清められており教会に置かれてあった。
ちなみにその沐浴から魔道具で中継され覇王国内において後日、主要設備で民たちに放送されることになっている。
「リュウ様」
タテが背後から声をかけてきた。
俺はそれだけで予定の時間なのだと知った。
本を棚に戻し気持ちを切り替えた。
「ああ、行こうか」
城を出ようとしたところ入り口にステラとクリスが立っていた。
「行くのね」
「ああ」
「また後で会いましょう」
俺は軽く笑みを浮かべ二人の肩を軽く叩き城を後にした。
城下に降りると馬車が用意されていたのでキバと共に乗り込んで教会に向かった。
教会に向かう道中沿道には俺の姿を一目見ようという人が結構いたのには驚いた。
せっかくなので窓越しに手を振った。
覇王という名がいかに知れ渡っているのかおれは改めて実感したのだった。
だからこそ覇王は国政に関与すべきではないと思ったことは間違いではないのだと確信した。
だからといって完全に加わらないということではないが道標のような存在であるべきとおれは思っている。道標のようになれるかは甚だ疑問だが。
剣の道が一日でならないのと同じで王道もまたしかりといったところだろう。
この世界における最大版図の国ウィリアム覇王連合国の王なのだからやるしかない。
自分なりにだが。
教会に到着するとこの教会を束ねる高司祭が背後にたくさんの司祭らしき僧侶を連れて俺を待っていた。
その様子はある意味圧巻だった。当然だろうとも思う。
覇王は実質、創造神イヴの愛し子。世界で唯一、創造神イヴを召喚することができる能力を持つ稀有な存在。教会にとって聖者認定されている存在でもある。
おれは今日、そのイヴの御子として覇王の転生体という証をたてるため戴冠の儀を行う。
戴冠の儀と名は付くが簡単に言えば教会から正当なる創造神イヴの御子として認められる試練の場ということだ。
即ち儀式の最後に創造神イヴをこの世界に召喚し顕現させる。その場が王の戴冠にふさわしいということなのだ。
馬車から降りると司祭たちはいっせいに首を垂れる。
「お待ちしておりました御子様。戴冠の儀の進行は聖地エジャルナより教皇様がおいでになられておりますので教皇様が執り行われます。教皇様が聖泉よりお待ちでいらっしゃいます」
「ああ、今日はよろしく頼む」
僧たちに連れられて教会内に入ろうとすると背後から歓声が響いた。
振り返るとここにも民たちがこちらを見ていた。
ありがたいと思った。見知らぬはずの俺を覇王として一目見たいと思った民たちだ。
その歓声にこたえるように手を振って見せる。
すると一段と大きな歓声が沸き起こった。
そんな歓声を前におれを受け入れてくれる人たちの存在が嬉しかった。
自然と笑みが浮かぶ。
実のところ、戴冠式の日取りが発表されたと同時に俺の肖像画が覇王国内部に向けて発表されていた。
俺の見目がそれなりに整っていたこともあるのだろう。俺の肖像画は大きい物から携帯用の小さなものまであるらしいのだが売り上げはかなり好調らしい。その売り上げの一部でこの戴冠式の費用に充てられているほどの売り上げだという。
当初は国からの借金という形での戴冠式費用を捻出したのだがこの売り上げのおかげで借金は返済。どころか黒字になり俺の懐が潤っているというから民たちの覇王への想いがうかがえる。
残りは諸経費等を除き城維持費用等に充てられるため覇王専用公費にふりわけられている。
公費とはおれが使える覇王の給与のようなものだ。ここから城に滞在している召使いや衛兵の給与、日々の業務の費用や俺たちの食費などもここから出ている。
僧たちも民たちの対応を考慮していたのか立ち止まった俺を非難することもなく待ってくれていた。
「手を止めてすまなかった。感謝しよう。行こうか」
僧たちは笑みを浮かべお辞儀をして先導してくれた。
聖泉への入り口は二つあり一つは聖堂からの入り口と一つはいわゆる裏口というものだ。
僧専用の入り口で司祭に転職するときにも聖泉は使われるため二つあるのだ。
今回俺が使ったのはその僧専用入り口だった。
僧専用の入り口には沐浴を目的に使うため脱衣所が設置されてある。
おれもその脱衣所を使うのだ。そして戴冠用の衣服もここに置かれてあった。
僧たちからキバは沐浴専用の衣を手渡された。
その衣を見て俺は驚く。
手に取り見つめて感想がこぼれた。
「これを着るのか?」
「はい」
司祭は驚くこともなく肯定した。
「事前に聞いているがこれ以外は下着も着れないはずだよな」
「はい」
司祭は苦笑を浮かべていた。
俺はしげしげと見つめ衣を広げた。
かなりの薄衣だった。
「今日は確か魔道具で沐浴も撮ると聞いているんだが…」
「そうです。ですが撮影は遠巻きに撮ると聞いておりますので…」
衣は薄いうえに真っ白なので明らかに水濡れすれば透き通る。
しかも全裸で着るのだからどうなるか予想はすぐについた。
おれはため息をついた。
沐浴の仕方や撮影。そして進行も聞いていたが衣に関しては詳しく聞いていなかった。
「気にしていても仕方ないな。準備しよう」
衣をキバに預けるとおれは腹をくくり着ていた服を脱ぎ始めた。
服を脱ぎ沐浴用の衣を着ておれは聖泉の間に足を踏み入れる。
背後にはキバもひかえていたがこれは非常時用の警備の度合いが強かった。
というのも今の俺はほぼ全裸で武器もないからだ。
衣も申し訳程度に前で軽く留められているだけの簡素な姿なので警備は必須だった。
この聖泉に流れる水は特殊中の特殊で聖地エジャルナにあるイヴァースの聖水を特殊な魔道具を使い転移させている水だ。
聖地エジャルナ以外ではここカイエルの大教会以外にはない設備でもある。
実は司祭に転職するにはこの聖泉に身を清める儀式が必須でもあるがゆえに聖地エジャルナ以外で唯一司祭に転職できる設備がここカイエル教会のみになる。
ゆえに大教会と名が付いている。
この聖泉の水は聖水なので貴重だ。聖水だけあり呪いや毒などの一部の状態を消す機能もありこの水は瓶詰され各地の教会へと配られるのだ。貴重な教会の収入源の一つなのだ。
そんな聖泉の前には教皇様が立っていた。
教皇様はかなり若く見える。それもそのはずでこの世界でも希少種のハイエルフだからだ。
それだけでなく教皇という立場は創造神イヴから認められて不老不死状態になる。
この教皇様は先代覇王の戴冠も行った方なのだ。
つまり千年この世界で生きている生きた神秘なのだ。
ハイエルフはもともと長命種で寿命は千年生きるという種でもあるが教皇になるにはその長命にも耐えられるだけの精神も要求されるため、なり手はなかなかいないのが実情だ。
行動範囲も不老不死になるだけあり、かなり制限される。教皇は教会におけるシンボルのような存在だ。
運営に参加するかは教皇次第でこの教皇はそれなりに参加していた。
教皇様は薄い色素の長い耳を持つ見目の麗しいハイエルフだけあり姿も野郎のわりに綺麗だった。
「今日一日よろしくお願いします。教皇様」
「うむ、よろしく頼む」
長生きしている分不思議とその場に洗練された空気を醸し出していた教皇に自然と言葉が改まっていた。
進行通り教皇の前におれは跪き祈りを捧げるように両手を合わせ握る。
教皇は持っていた杖を俺の右肩にそっと触れるように撫でた。
「神の御心に感謝を…」
それだけで俺の全身は淡く白い輝きが纏った。
それは一瞬だけの輝きだったがおれは体が何かに揺さぶられるような不思議な感覚を持った。
それは俺に驚きをもたらすのに十分だった。
一瞬だけその輝きに反応してしまった俺だったが教皇は見抜いたようだった。
「ほう…。驚いたな。今代の覇王の身体は良い器のようだ」
「…!」
「その様子では今日の沐浴はつらいものになるやもしれんな」
「どういう意味ですか?」
思わず教皇を見て聞いていた。
「そのままの意味だ。その体はかなり良い器。良くも悪くも様々な影響を及ぼすだろうて」
「影響?」
「うむ。感応力が強く様々な力を受けやすい器だ。もっとも、受け止める器も強大なようだが」
その教皇の言葉に心当たりがあった。
ヴェリアス王国の穢れに近づいたときに一部の力を取り込んだ記憶だ。
「いずれはその受け止めた力さえもそなたは己の力とするだろう強大な力と器だ。今代の御子は神より素晴らしい恩恵を受けておられるようだ」
教皇が何を言いたいのか理解したリュウだった。
「ありがとうございます」
言うと俺は沐浴のために立ち上がる。
教皇の背後にあった聖泉に足を踏み入れた瞬間俺は軽いしびれを感じて驚いた。
「!」
両足首を聖泉に浸した状態で身動きを止めた。頭にイヴの声が聞こえた。
【召喚の条件が整いましたね。その水を体内に取り込めば私を自在に召喚できるようになるでしょう。貴方の魔力ならば自在に召喚することも可能です】
「リュウ様?」
キバが不安がり声をかけてきた。
「大丈夫だ」
キバの不安をぬぐうためだった。
「その器では水が氷るように冷たく痛むのではないのか?」
教皇だった。
「……。いえ、冷たくはないですよ。ただ軽いしびれを感じたんで…」
「ほう、冷たくはなくしびれるとは…」
しばらく立ちすくんでいるとやがてしびれは消えたので聖泉の奥にある滝に身を進めた。
身を進め滝の目の前に立つとさすがに立ち止まってしまった。
聖泉の滝近くになると深みもあり腰までが聖泉に浸かっていたのだがさすがにしびれがその歩を止めてしまったのだ。
下半身に広がる痺れが消えるのを待っておれは目の前に落ちる滝の水に手のひらを翳す。
そんな手のひらにもじんわりと痺れが広がる。
儀式上この水を一口飲む必要がある。
意を決しておれは掌にすくった聖水を飲んだ。
聖水は痺れを伴い喉を通る。さすがにその身がこわばり掌を滝に翳したまま身動きが止まる。
さすがに辛いので目を閉じると一瞬意識がとんだようだった。
【なあ、いつまでこの水に浸かってないといけないんだ。氷るように冷たいんだよ!】
【鐘が鳴るまでその聖泉に浸かっていてください。ウィリアム殿】
その声に聞き覚えがあると思うと教皇の声だった。しかし全身が氷るように寒かった。
早く終れと呪うように身をこわばらせていると終わるより先に意識がブラックアウトした。
消える意識の隅で声が聞こえる。
【今代の御子は酷く軟弱だ。先が思いやられるぞ、これは…】
そんな教皇の声が聞こえた。
「…ウィリアム様…!」
キバの呼ぶ声でハッと意識が飛んでいたことを知る。
額に思わず手を当て、首を振って気を落ち着かせた。
目の前にある滝に目を瞑り頭からかぶって見せる。
前世で滝行もしたことのあるリュウにとって大したことではなかった。
ただ、あまりにも痺れが広がりすぎて驚いたのだ。
しばらく無心で全身に滝の水を浴びていると痺れも収まる。
すると鐘の音と共に頭にイヴの声が聞こえた。
【スキル《転身》を習得しました】
おれは滝から身を外し顔と前髪の雫を両掌で拭い前髪を後ろにやると顔を振って雫を払う。
すっかり濡れそぼった俺の身は少し冷えていたが滝行の時の極寒に比べれば大したことではなかった。傍からみれば水の滴る男には間違いはなかったが。
ザブザブと聖泉から身を引き上げるとキバが持っていた布を俺に纏わせ気を使ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ん、ああ。心配いらん」
「ですが…」
「姿でも変わっていたか」
「え、ええ。心当たりがおありなのですね」
「まあな。どうも一瞬意識が飛んだらしいが大したことではない」
「リュウ殿。過去視をしていたようだね」
教皇だった。
「ウィリアムの聖泉に浸かっているのを体験していたようだが、あれは過去視というのか?」
「うむ。その力を視たので間違いはないだろう」
「では、あれは過去に実際にあったことか。ウィリアムが水の冷たさに意識を失っていたようだが」
「ふふ。間違いないな。過去視だそれは。あ奴ほど聖泉に嫌われたものは初めてな上に、軟弱すぎた体でな。聖泉の拒絶反応に体が耐え切れず意識を失ったのだ」
懐かしそうに教皇は笑いながら言った。
「もっと体を鍛えよと忠告したことがある」
「それは、それは…」
おれも笑ってしまった。
「君は逆に好かれたようだな。それはともかく体を温めておきなさい。後でな」
「はい。お気遣いありがとうございます」
おれは脱衣所に戻り冷えた体を温めつつ戴冠用の服を着たのだった。
服を着て待機部屋で椅子に腰かけ待っていたが戴冠までの時間が少し空いたので習得したばかりのスキルを確認していた。
転身=己の姿を自在に変化させ思う通りの姿を再現できる。
再現できるのは姿のみで体格を変えることはできない。
性別も不可。
ただし己の過去の姿に限り体格性別を含め完全再現することができるが再現率は魔力の高さによる。
元に戻る際にも意志一つで可能。
おれは笑みを浮かべた。
かなり使えるスキルだったからだ。
転身か。変装用にしか見えんな。このマリノスの姿は幾分知られてしまったからな工藤の姿を使えば自由が効くな。再現度も後で確認する必要がある
そうしてしばらく窓を開けステータスを見ていると部屋の向こう側がにぎやかになってきた。
どうやら招待客が隣の大聖堂に集まったようだった。
大聖堂をはさんだ向こう側には教皇が待機しているはずで直前になれば先導する僧たちが呼びに来る手筈だった。
そろそろだな
おれはもう一度式の手順の再確認をしていた。
手順を頭の中で整理していると、僧たちが部屋に入ってきた。
隣の部屋の大聖堂はすっかり静かになっていた。
時間か
立ち上がり僧の案内の元部屋を出て大聖堂に向かう。
どうやら遠回りで大聖堂の入り口からはいるようだった。
聖堂内に入ると招待客でいっぱいだった。中央通路を通り祭壇横に覇王専用椅子が用意されているのでそこへ案内されて座り待機することになったがおれが椅子に座ると招待客から少しざわつきが起こる。
なんだ?
疑問に思った俺は背後に立つ僧に聞いてみた。
この僧はしばらく前からこの位置で待機している僧だったので聞くにはちょうど良かった。
「何かあったのか?」
「申し訳ありません。少し前にこの椅子に誤って座ろうとした方がいらしたもので…」
それを聞いておれは納得がいった。
この椅子は覇王専用椅子だ。俺以外には使用できない椅子で、覇王以外が座ろうとすると拒絶反応から軽く麻痺効果が発動するのだ。
「それは災難だったな。その方は大丈夫なのか?」
「それは大丈夫です。ここは教会。回復のエキスパートはたくさんいますので」
「そうか」
そんな雑談をしていると反対側の扉から教皇様が現れた。
招待客も気がついたのか席に座っていた彼らは椅子から立ち上がる。おれも椅子から立ち上がった。
祭壇に立つ教皇はそれなりに威厳があった。
そんな空気が招待客や俺に伝わっていたのだろう。無意識に立ち上がっていたのだった。
教皇の説法が始まり短いミサに式は続いた。
説法が終わった時点で着席を許されミサが続くと式は順調に進んだ。
だがミサが続けば続くほど苦痛になってきた。
ミサという名の聖書朗読だからだ。信心などろくにない俺にとってミサはただの読書会。
暇で眠気が出てくる。
この世界で誰よりもおそらく神イヴに近いからこそ信心など起こらないのだ。
俺の座る場所は特等席で目立つ場所なのでずっと眠気を押し殺し、やり過ごしていたのだが限界だった。
一瞬気を抜いてしまい大きな欠伸が出てしまう。
さすがに背後にいた僧がたしなめてきた。
俺は眠気を吹き飛ばすために大きく伸びをした。
さすがにおとなしくするには目立ってしまい無理と判断した。
「ミサはありがたいんだが只の読書会でしかないから眠くなるんだよ。もう少し進行には強弱をつけたほうがいいと思うぞ。教皇様」
またも大きな欠伸が出る。
「進行を遮ってしまい申し訳ないが、ただでさえ俺は今日は早く起こされて寝不足だったんだからな」
教皇はその俺の言い方に驚いたようだった。
だがそれはすぐに笑い声に変わった。
「面白いな。今代の御子殿は。神聖なるミサをただの読書会と称するか」
「ただの読書会だろ。神聖な行事なのだろうけど、俺の中のイヴはなにも反応しないからな」
「なにも?」
「ああ。まださっきの禊のほうがまだ反応があったぞ」
「そうですか」
「短縮しても問題はないと思うぞ。招待客に中にはそれほど信心深くない者もいるようだしな。というより長すぎるミサは初心者に辛いから嫌われる元になるぞ」
「ふふ。それでは少し進行を早めましょう」
「悪いな。信心深くなくて申し訳ない」
そうしてミサは予定より半刻早く終了した。
そして俺はフィニアスにミサの後でコッテリと絞られた。御子ともあろうものが…ってやつだ。
コッテリとフィニアスに衆目の前で絞られた俺は控室に戻る機を逃してしまい招待客らと歓談することにしたのだがミサを短縮したことに意外と多くの人に感謝されてしまった。
聞くとどうやら千年前よりもミサ時間が長くなっておりそのせいなのか教会に足を運ぶ人が少なくなっているらしいとのこと。
どうも教会サイドは信者を増やそうとしてミサ時間を増やしたらしいのだが逆効果になっているらしい。
その後俺の提案から教会はミサ時間を短縮し進行に強弱をつけることでたくさんの信者を増やすことに成功したらしい。
しばらく休憩時間を招待客らと歓談して過ごしていたがやがて僧たちが俺を迎えに来た。
俺としてはこれからが本番のようなものだと思っていた。
心に切り替えスイッチがあるというのならばそれは確かに俺の中に存在しているのだろう。
後からフィニアスが言っていたが俺は意識していないままそのスイッチを入れたのだろう。
醸し出す空気というのか気配が一瞬で切り替わったらしい。
それまでの穏やかなどこにでもいる青年のような気配が傍のものに背筋を正すような覇気を纏った気配にかわったのだという。
戴冠の儀はミサほどの時間は掛からない。
およそ半刻もあれば終わるものだった。
正面よりやや左に移動された祭壇には教皇の手により祝福を施された戴冠用の冠が祭壇中央に置かれその祭壇のそばに聖堂の中央に位置するように教皇が立っていた。
おれは大聖堂中央扉より再び祭壇に向けて歩みよっていた。
先導する司祭たちに連れられるように中央に立つ教皇様の正面に跪くように両足を折る。
両手は祈るように手前で組んでいた。
教皇が厳かに宣言する。
「其方、リュウ=クドウ=マリノスを我らが創造神イヴ様の御子として認めるものなり」
教皇が祭壇の冠を手にして、俺の頭にそっと乗せた。
「御子として証を示せ。我らが神・創造神イヴ様をご降臨させたまえ」
教皇様は言うと両手を祈るように組んだ。
おれは頭を挙げた。視線を空に移し全身に魔力を込める。
おびただしいほどの聖なる魔力が俺の全身に纏わりつく。
その魔力はやがて俺の頭上に結実するように一人の女性を形作る。
金髪の長い髪をした美しい女性でその女性に纏わりつく恐ろしいほどの神聖なる力と気配が周囲を圧倒していた。
《皆に幸福の恵みをもたらしましょう…。我が愛しき者よ、その道に幸あれ》
その言葉はその聖堂内にいたすべての人の心に響いた。
はじけるように姿が閃光に変わる。周囲が光に埋め尽くされ、すべてが白一色に一瞬で埋め尽くされたのだった。
閃光の中、召喚した自分にはイヴの姿がはっきりと見えていた。
イヴは光の中俺を抱きしめるようにその腕を俺の首筋に回した。俺の全身がイヴと同じ光に包まれ妙な高揚感を俺にもたらした。さすがに息が上がり組んでいた両手をそのままではいられず左手を床に落とし崩れ落ちそうになる体を支えた。
無意識に右手がイヴに触れる。なぜそうしたかはわからなかったがそうしなければいけないような感覚だった。それまで表情がなかったイヴにはじめて笑みという嬉しそうな表情が現れた。
おれはさすがに驚いたがそんなイヴはお構いなしにまわした腕のままその姿が消えていった。
閃光が消え、辺りが通常を取り戻すと視線の先に教皇様の視線とかち合う。
教皇は笑みを浮かべた。
「我らが創造神イヴ様の御姿に大いなる感謝を捧げよう…」
周囲にそう宣言して戴冠の儀を締めくくった。
「素晴らしい奇跡を見せてもらった。千年ぶりの御姿は神々しい。君との関係が非常に気になるところだな」
「はぁ?」
おれはその言葉に思わず素が出た。
「ふふ。先代覇王ウィリアムはイヴ神様に恋慕の情しか持たなかったが君は恋慕の情ではなくゆるぎない信頼が見て取れる。あれほどのイヴ神さまの歓びは見たことがない。ウィリアムにはイヴ神様にあのような御姿をさせたことは一度たりとてなかった。聖地エジャルナでまた逢おうぞ、覇王リュウよ」
教皇様はそう言い残し聖堂を後にしたのだった。
おれもこの後の準備のため控室に戻った。
その後用意された馬車でカイエル中をパレードしたのだがこれがその日一番の疲労をもたらしたのだった。
なぜ疲労をもたらしたかといえば襲撃があったからだ。
教会と覇王城との中間に差し掛かる時にそれは起こった。
パレードをしているときに馬車の外が不穏な気配を感じたのが初めだった。
気のせいにするには強すぎたので念のために自身が乗る馬車周辺を囲うように隠蔽効果のあるシールド『ダークネス・マジックシールド』を使った時だった。
けたたましい地響きと共に爆音が響き渡る。
自身の馬車のすぐ手前で大きな爆発が起きたのである。
シールドのおかげで馬車は無傷ではあったが道路は陥没し馬は驚き動かなくなった。
辺りはパレード観客の悲鳴が上がり混乱が生じていた。
パレードを警備していた兵たちも爆発から数名ケガをしているようで混乱していた。
そんな中馬車の扉が勢いよく乱暴に開いた。
警戒から俺は短剣を出していた。狭い馬車では修羅は長すぎるのだ。
扉が開いて早々に剣の刃が俺に向かってきたので遮るように短剣を突き出した。
二撃目も軽く躱し追い出すように無詠唱で『ウィンドアロー』を使った。
相手は逃げるように馬車から飛び出し俺も狭いので馬車から出ると全身を黒い服で覆った者たちが馬車を取り囲んでいた。
兵たちはこの黒い集団が遮り俺まで近寄れなかったようだ。
着ている服を軽く鑑定すれば高ランクの物理ガードが掛かっていた。
兵士対策というわけか。だが、俺対策ではないな
周囲を軽く観察すると他にも多数の集団がいるようだった。
けん制と時間稼ぎに自分の周囲に『ハリケーン』を使う。無論無詠唱だ。
威力の高いハリケーンで怯んでいる集団を意識しつつ広範囲判定型の拘束呪文を繰り出した。
条件?もちろん俺に害意を持つ者だ。
『ブラッディ・マインドダークネスチェイン』
拘束呪文は俺を中心にカイエル中を覆うほどの範囲で発動した。
この呪文、消費魔力が桁違いに高い代わりに広範囲で発動し条件に合致するものをガードを突き抜けて拘束し、更に呪文を封印する効果があるため使い勝手は良いのだ。
あっという間に黒い集団が床に拘束された。
続けておれは呪文を繰り出す。止めのようなものだ。
『アイテムサイレント』
文字通り条件に該当する者の道具を使えなくする呪文だ。これも範囲なので俺の魔力からカイエル中に広がる。
「リュウ様!」
周囲の兵たちが寄ってくる。
「俺はいいから、けが人の介抱とこいつらを拘束しろ」
「「は!」」
俺はおびえた馬を宥めた。
『マインドキュア』
呪文の効果はすぐに表れ馬は落ち着いたようだ。
警備の責任者がやってきた。
「ご無事ですね」
「ああ。それよりもこいつらの目的を徹底的に洗え」
「は。了解しております」
「それと呪文がカイエル中にかかっているから俺に害意のある者は全員拘束されているはずだ。サーチで条件設定すればどこに拘束者が居るかが出る。拘束に時間切れはないが拘束されていない他者が触れると消えるから急いだほうがいい」
「了解いたしました」
さっそく配下の兵たちに命をだしたようだ。
迅速だな。と対応に高評価を付けた俺だった。
今回長くなってしまったため次回が短いです
次で2章が終わります
エピローグという話になります




