6-2
エルナに首元を掴まれ引きずられるように練兵所に連れてこられた俺は呆れつつも平常運転な姉に安堵もあった。
「本当にやるのか?」
「無論だ。お前も手抜きはするなよ」
「そうは言ってもな…」
姉エルナとの実力は数年前から自分のほうに軍配が上がっているのはすでに承知の上なはずで、手を抜かないというのは修羅を使ってしまえば即決着がつくのは分かり切ったことだった。
それではおれにとってもエルナにとっても鍛錬にならない。
なら鍛錬になるようにすればいいか
腰に下げていた修羅を久しぶりに収納した。
代わりに覇王の剣を取り出し腰に下げる。
「なら姉さんにも付き合ってもらうか。俺の鍛錬に」
「お前の鍛錬だと?」
「そう、おれの剣術鍛錬の相手に付き合ってもらう。刀でなくこの剣の鍛錬だ」
「剣だというが、お前が使ったことを見たことがないぞ。私は」
「うん。刀に関しては教わることなんてありはしないどころか教える立場だから普段使うのは刀なんだけどさ」
おれは腰に下げた剣を引き抜き、両手をもって掲げて見せる。
「知ってるかもと思うけど俺最近覇王城復活させてね。その関係でいろいろスキルと特技が増えたんだよ」
「一週間寝込んだらしいじゃないか。母さん達も心配していたぞ」
「やっぱりか。王都での用事が落ち着いたら逢いに行くつもりだ」
「そうしたほうがいい」
「でさ、増えた特技の中にこの剣を使う特技が増えていてね」
「ほう、剣術か」
「ああ、覇剣術というんだが、どうも技術と技能か一致していないらしくてね。奥義級の特技があるくせに使用不可状態なのが気に入らないんで調べたら、この剣を使った特技レベルが低すぎて使用不可になってるんだ」
「それは、それは…。ということはお前…」
おれは掲げていた剣を下ろし床に軽く差し置いた。
「うん。ここ最近城の兵相手に鍛錬してきたんだけど、刀との落としどころ見つけて以来どうも相手にならなくなってきていてさ。もう少しで初級じゃなく中級になると思うんだ」
「それは楽しみだな」
「姉さん相手なら間違いなく上がると思うんだ」
『ロジック・ラヒーラー』
姉との手合わせには必須の時間制限付きの常時回復呪文を久しぶりに唱えた。
「遠慮なくやれるな」
エルナのその言葉に俺は苦笑をうかべるしかできないでいた。
覇王の剣を床から引き抜く。
「姉さんは相変わらずこの国と戦闘しか頭にないのか?」
「そんなことはないぞ。わたしとて彼氏くらい欲しい」
「なら、即位の式典にはドレスを着て見合いをしてもらうか!」
「何を言ってる?」
エルナはその言葉に焦りを覚えた。リュウは決めたことは曲げないのは実感して知っていた。
「俺の実の姉ともなればそういう話の一つ二つすでに舞い込んでるんだよ」
「ウソを言うな!」
信じられないようだったが事実だった。
「本当の話だ。俺の実姉が音に聞こえた疾風のエルナと知って腕試しを兼ねて見合い話が舞い込んできてるんだよ」
姉のエルナが自分より強い男以外異性として見れないと言い切っていることはエルナの名と共に有名だった。
「お前に勝ったらドレスも見合いもしないぞ」
おれはその言葉を待っていた。
「じゃあ、俺が勝ったならドレスを着て即位の式に出てもらう。この剣だ、いいハンデになる」
言っておれは両手で剣を持ち構えた。
他の兵たちが遠巻きに見守る中、二人は剣を構えてしばらく動かなかった。
そんな二人が剣の鍛錬をしあっているとすぐに広まったのか近衛隊長まで見学に来ていた。
近衛隊長の隣にいた部下が動かない二人を見て疑問に思っていった。
「動きませんね」
「動けないのだろうな。隙を探しているようだ」
言って彼は手に持っていた大き目のハンカチを二人の視線の間に遮るように投げた。
それが合図だったかのように二人は動き出した。
エルナはハンカチの陰に隠れるように突きを繰り出した。
リュウはハンカチを避けるように右に回りエルナを払いにかかる。
それに気が付いたエルナは突きから剣の腹に受けるようにリュウの剣を受け止める。
大きな剣劇の音が練兵所に響き渡る。
エルナはそのまま手首をひねり、剣を回してリュウの剣から距離をとり横に払いにかかる。
リュウはそれには背後に飛びのくように回避する。
エルナはそれを追いかけるように突きを繰り出す。
リュウは回避に徹し後ろに下がるようにバク転とバク宙を繰り返し体制を整えるとその勢いをつけたままエルナの喉元に突きを繰り出した。エルナは不意を突かれたがリュウの胴を払いにかかったところでふたりの剣が寸止めされた。
「引き分けか」
エルナはそう呟いた。
その光景にリュウはデジャヴを覚えた。見たことのない光景なのに懐かしい記憶が蘇る。
なんだ?
頭痛がした。ひどく重く鈍い痛みだ。
あまりの痛みに剣を落としそうになる。開いた片手で頭痛を和らげようとして手を当てるが幻覚が酷くなっていた。
視界が揺らいだ。
「リュウ!」
エルナの心配そうな声が聞こえたので返そうとするが声は出なかった。
視界の端に移る自分の髪色に驚いた。
黒でなく金髪になっていたからだ。
そこで初めて気が付いた。自分の体が思うように動かせないことに。
なんだ?何が起こってるんだ
さすがに恐怖した。得体のしれない何かが自分に起こっていることに恐怖を感じていた。
俺の手は確認するように目の前で動いていた。
「ククク。自由に動ける…。お前はおとなしく封印されていろ」
勝手に言葉が出ていた。
それで気が付いた。俺に向けて言った言葉だったことに。
俺はゆらりと正面を見た。エルナが驚いた表情で俺を見ていた。呟いた言葉に俺は驚いた。
「ウィリアム=ガルド=カイエル…?」
「ククク。我を知るか我が子孫よ。我こそはこの世界の覇者ウィリアム=ガルド=カイエル」
視線を空に向ける。遥か先にいる神を探すように両手を上にあげた。
「我は…。ああ…戻ってきた。応えよ…イヴ…」
ウィリアムは全身に魔力を纏い召喚を始めた。
やめろ!
なぜだかイヴに合わせてはいけないと理解していた。
魔力を纏い高めようとするウィリアムとそれを散らそうとする俺とで衝突していた。
「……邪魔をするな。隆。我は合わねばならんイヴに」
よせ!会わないほうがいい
「何をもって会わないほうが良いという?」
召喚を阻止しようとするが魔力操作は彼のほうが上手だった。
おびただしいほどの桁違いの魔力が上空に集まり一人の女性の姿を形作るところで声が頭に響いた。
【そなたへの答えは変わらぬ。我は神。そなたはヒト。否、亡者だ。今世のそなたに返すがよい】
「なぜだ。なぜ我を…!」
そこまでだった。
おびただしい魔力はリュウの中から何かを引きずり出しそのまま空にかき消えていった。
姿が一瞬でウィリアムの姿からリュウの前世の隆の姿へと変じた。衝撃で床に倒れる。
意識もリュウに戻っていた。
封印された…?
【わたくしの事情にお手を煩わせてしまったようです。封印が落ち着くまでしばらくはその姿でいてもらいます。落ち着き次第、元に戻るでしょう。それまではスキルに注意して使用を控えてください】
「姿…?」
自分の声が変化していた。声だけではなかった。
確認するように上体を起こし自分の体を触る。顔を触り後ろに伸びていた髪に気が付く。
あまりの変化に声が出てこなくなった。
前世の工藤隆の姿に戻っていたからだ。
「マジかよ…」
「リュウ…か?」
「ああ。悪い。かなり迷惑をかけたみたいだな」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫」
エルナは苦笑していた。
「なにがなんだか……なぁ」
「多分スキルの暴発だと思う」
「暴発?」
俺は頭を掻いた。
「封印中の固有スキルの一つ覇王の覇道記の暴発だろうな」
「それって確か覇王の記憶だっけ?」
「ああ。なんで封印されているのか実感したよ。制御できないから封印されているんだということだな。封印が落ち着くまでこの姿でいろってさ。まいったな」
服が若干ぶかぶかになっているので微調整のために手足を捲る。ベルトも〆なおして立ち上がると幾分エルナの背が高かった。
「はぁ…。まるっきり元に戻ってるな」
「その姿はどういうことでしょうかマスター?」
タテが傍によって頭の泥を払ってくれた。
「鏡を持ってるか?」
タテは懐から出してくれた。
鏡に映る自分を確認して予想通りの姿だったことにほっとしている自分がいた。
黒髪に黒い目のアラサーの俺が見つめていた。
タテに鏡を返す。
「これは前世、工藤隆の姿だ。ご丁寧に死んだときの姿になっているとはな」
「ほう。前世の姿か興味深いな。いくつの姿なんだ?」
「二十九歳の時のものだ。数日かかるらしい」
「二十九歳だと。その割には随分と若い上に小柄すぎないか?」
「そういう種族なんだよ。若見えする種族で小柄なのは生まれつきだ。放っておいてもらおう」
イラつきながらも道具収納から紐を取り出し肩先まで伸びている髪を軽くまとめ括った。
手慣れた作業だったが懐かしい久しぶりの作業だった。
エルナはそのリュウの言葉と態度で地雷を踏んだことに気がついた。
「悪い。気にしていたのか」
俺はため息を一つ付いて気を取り直した。
「とはいえ姉さん。勝負は引き分けだからドレスと見合いどっちがやりたい?」
「…!ぐは。どうしてそこに戻るんだ。リュウ」
「約束は約束だろ。引き分けだからどちらかは諦める」
「ムムム…」
エルナは本気で迷っているようだ。どちらもエルナは苦手なのは知っているのだがエルナは見合いをやるほうを選ぶのではとおもっていたのだがどうやら外れたらしい。
「…ドレスを着る…ことにする…」
さすがに驚いて聞いてみた。
「そんなに見合いが嫌なのか姉さん…」
「いやそういうわけじゃないが見合いをしてくるような奴はだいたいが軟弱者ばかりだ」
額に手を置いて呆れた。
「それってかなりの偏見だぞ。俺が選ぶ見合い相手にそんな軟弱者を用意すると本気でおもってるのか?」
「ちがうのか?」
「父さんじゃないんだから…。姉さんの好みくらいある程度わかるよ。それに打診してくる相手はそれなりに名の通った強者ばかりだという報告も受けてるんだよ」
「そ、そうなのか?」
おれは頷いたが言葉を続ける。
「ともかくドレスを着るというのならそういう手配はしておくから。俺も人のことは言えないからな」
「というと?」
「エルナ様以上に見合い件数が多いのはリュウ様本人ですので」
タテが言葉を引き継いだ。
「誰しも考えることは一緒らしくてね。伝説の覇王様と縁者になりたいと各地の貴族たちが娘を側室にしてくれと書を送ってくるんだよ」
「それは…。どうするつもりだ?」
「どうするも何もやんわりお断り中ってところだな」
「断るんだ…」
「当たり前だ。おれは先代ウィリアムと違って百人ハーレムなんぞ作る気は毛頭ないぞ」
「それを聞いて安心した。おまえらしいから」
頭をぐしゃぐしゃにかき回された。
いつもなら自分のほうが身長が高いのでそんなことはされなくなっていたのだが二十センチほど低くなっているので子ども扱いされてしまった。
「なにする」
「リュウ。お前なにか香水でもつけているのか。妙にいい香りがするんだが…」
「は?」
エルナはそういっておれを嗅いできた。
「うん。何かの花の香りがするな。嗅いでいると安心してくるな」
「なんのことだよ。香水なんて俺がするわけないだろ」
自分も気になったので嗅いでみるがにおいなんてしないので不思議に思った。
「じゃあなんだこの香りは…?」
エルナが疑問に思っているとそこへクリスが俺を探してここまでやってきた。
「リュウ。こんなところにいたのね…ってリュウ?」
姿に驚いたようだ。
「どうかしたのか。…クリス?」
「あ、ええ。お父様が今後の予定を聞いておきたいって、いっていらしたので探していたのだけど…」
なぜかクリスも俺を嗅いできた。
「なんだ?」
「いい香水ね。でもちょっと強すぎないかしら」
「それは思うな」
「だから、香水なんてつけてないって言ってるだろ」
その押し問答に興味を持ったのか近衛隊長が寄ってきた。
疑問に思ったのか嗅いでいたようだが首を振った。
「香水なんて匂わないぞ?」
「「え?」」
エルナとクリスがかなり驚いていた。
「つけてないんだから匂うはずないだろ」
「じゃあこの匂いは何なのよ。リュウから香ってくるのよ?」
クリスは言ってほぼ同じ身長になっている俺にしがみついて首筋から嗅いできた。
「ああ、いい香りだわ。ここまで近寄ると強さが和らぐのね。妙に安心する気がする」
クリスは香りを堪能するように首筋に顔を埋めて密着してきた。
さすがにここまでの大胆さはクリスにしても珍しいので俺は慌てた。
軽く頬が熱をもってしまっているのは自覚した。
「おい!」
声をかけるが気にも留めていないようなクリスに異常さを感じた。
そこで煮詰まりかけた思考がもどる。
「姉さん。花の香りといったか?」
「ああ。花の香りとわかるが花には詳しくはないからどこかで嗅いだことがあるような気がする花だな」
花の香りと聞いて思い当たることが一つだけあった。
「百合の花の香りか?」
「百合か。たしかに言われてみれば百合の花の香りだな」
その言葉に愕然とした。姉さんに香るはずのない香りだったから。
「リュウ。どうかしたのか?」
「あ、ああ」
以前にステラに魅了スキルについていろいろ諸症状を聞いていたことがあった。
その一つに百合の花の香りが俺から香ってくるというものがあることを思い出していた。
スキルの暴走。イヴは注意と使用を控えろと言っていなかったか?
クリスに視線を落とすと陶酔していた。
確信した。
魅了条件が暴走で甘くなってる…か。
離れそうにないクリスを無理やり俺から引き離した。
「きゃ!」
さすがにその動作に驚いて声を上げたクリス。
「しばらくおれに近寄らないほうがいい」
「ど、どうして?」
どう説明しようか一瞬迷ったがウソを言っても仕方ないのでありのままに説明するしかなかった。
「さっきおれはスキルが暴発して大変なことになったんだが、その後遺症がまだ残ってるんだ」
「後遺症って、その姿のこと?」
「それもある。大事なことはスキルの制御がいつもより甘くなっているということなんだ」
「使わなければいいんじゃないの?」
「意識的に使うスキルは使わないということで間違いはないんだが…」
クリスから手を離し距離を置いた。
「俺のスキルには常時発動のスキルがある」
「常時発動?」
「ああ。ほっといても勝手に発動しているスキルがあるんだ」
「止められないの?」
「無理だ」
「ひょっとして百合の花の香りってスキル効果なのかリュウ?」
おれは頷いた。
「普通なら姉さんやクリスには条件が該当していないから香らないんだが制御が暴発で甘くなっている関係で発露しているんだと思う」
「そんなことがあるんだな」
「俺も花の香りということばで思い出したんだ。話に聞いていただけだったから実感はなかった」
「どんなスキルなの?」
クリスのその言葉に返す言葉に詰まった。
言葉を探しているが思いつかない。
頬が熱を持ってしまったことは自覚してしまった。
その顔でクリスはどんなスキルなのか思い立ったのか軽く頬を染めていた。
「…創造神イヴが認める俺の伴侶を選別し実現しやすくさせるものだ。名を《魅了》という」
おれは頬の熱を散らすために軽く叩いて気を引き締めた。
「イヴのいうより良い子孫を残すためのスキルでな。基本的に条件に該当する女性のみに発露するスキルなんだが暴発で条件が甘くなってるようだ」
「じゃあさっきのは…」
クリスはそれ以上言葉にできなかった。
「あの匂いには安心感を与えて警戒心を解きその気にさせてしまう効果があるんだ。だからしばらく俺に近寄らないでくれ」
「だから隊長にはにおいがしなかったんだな」
おれは頷いた。
「この姿の限りスキル制御は甘くなってる。逆を言えば姿が戻れば制御も普通になるはずだから数日の不便というところだな」
この姿では王都の用事の後に予定していた父さんたちに会うという予定も無理だな。一度城に戻るほうがいいのかもしれない
考え込んでいる俺にタテは声をかけてきた。
「一度城に戻られますか。マスター」
「それも考えてる。この姿では予定していたことができそうもないしな…」
その言葉を聞いてかクリスが右腕にしがみついてきた。
「帰さないわ。せっかく会えたのに日帰りなんて寂しいじゃない」
おれは二の足を踏んでいる理由を見た。
そして開いた手で彼女の額に軽くデコピンをしてみせる。
「それは俺も一緒だ。だから悩んでるんじゃないか」
「せめて一晩くらいならいいじゃない」
「それは誘ってるのか。本気にするぞ」
「もちろん誘ってるわよ。ご無沙汰だし…」
クリスはここぞとばかりに甘えてきた。
甘えられてそれでもなお、拒絶できるほどおれは野暮ではない。
「どちらにせよ国王陛下の返事待ちだしな。すぐに書類が用意できるはずもないからそれまでは空きがあるのも事実だ。国王陛下が予定を知りたがっていたんだろ?」
「ええ」
「……。陛下に合わせられると伝えておいてくれるか」
「わかったわ。リュウ。ありがとう」
おれはクリスの腕を引きはがして言った。
「でもしばらくはだめだ。スキル制御が怖いからな」
「それはないじゃない」
俺は再度クリスにデコピンをして言い聞かせる。
「だめだ。クリスに付き合っていたら理性が外れて本当に暴走する」
クリスは渋々納得したようだった。
その夜おれは暴発したことで見えない疲れがあったのか夢も見ず眠った。




