(1-13)
前話に引き続き、少々キツイ描写があります。
メルトさんの言葉を聞いて、わたしは立ち尽くすアズラクに近づいてみると、彼は本当に白目をむいて気絶していた。
「情けないわねぇ、気が抜けて気絶するなんて」
ぼやくように気を失っているアズラクを叱責するメルトさんの横で、わたしは彼の状態を見て言葉を失っていた。
わたしの放ったフレイムジャベリンを掴んだ両掌は焼け焦げて炭化し、未だに辺りには焼け焦げた匂いが漂っている。
そして、フレイムジャベリンの切っ先が寸前まで迫っていた装甲板のような分厚い胸板も高熱によって融け出していた。
「……恐ろしい?自分の得た力が」
呆然としていたところにメルトさんからの問いかけでわたしは我に返ると、湧き起る感情を素直に吐き出した。
「…怖いです。分かってたつもりだったけど、理解できてなかった……わたしが貰った力は相手を殺すことも出来る力だってことを」
今振り返ってみると、クリストバルさんから受け継いだ知識で理解している気でいたけど、頭の片隅では魔術をゲーム感覚で考え使っていた自分が居た。
でも、大けがを負ったアズラク君の姿を見て、自分の認識の甘さを痛感した。
魔術は相手を傷つけ、下手すれば命を奪うことの出来るものなんだ、と思い知らされたのだ。
わたしの言葉を聞いて、メルトさんがゆっくりと頷いた。
「…上出来よ。この勝負、セアちゃんにとっても悪くない話って言ったのは、魔術がどういうものかを貴方に改めて知ってもらうため。魔術の持つ危うさはクリストバルから貰った知識だけじゃ理解できないはずだからって、クリステルに言われていたから、ちょうどいいと思って提案したの……ちょっとばかり強引になってしまったのは、許してちょうだい」
勝負を仕組んだメルトさんの真意を知ることが出来たけど、彼女の言葉を聞いて何となくアズラク君がいいように利用されたように聞こえてしまい、気の毒に思えた。
話を聞いてわたしがアズラク君の方を見ていると、メルトさんが溜息を洩らした。
「アズラクの事は気にすることないわ。実際、この子が勝負に勝つことができれば約束を守るつもりだったのだから。まぁ、相手を外見で判断して見下すような未熟者が勝てる可能性なんてゼロだったけどね……大けがを負ったのも自業自得よ」
身内だからだろうか、メルトさんのアズラク君に対する評価はかなり厳しい。
さっきも儀式を受けたのかどうか気にしてたし……
そんなことを考えていると、メルトさんから肩を叩かられた。
「後の事は私に任せて、セアちゃんは屋敷に戻りなさい。生きた相手に魔術を使ったんだから、精神的に堪えてるでしょ?」
そういうと、メルトさんがクリスさんを呼び寄せるように手を振る。
確かにメルトさんの言う通りにショックは受けているけど……
と、わたしは意を決してアズラク君のもとへと近づくと、回復魔術のヒールを彼の右手に使った。
アズラク君の右手が淡い光に包まれるけど、怪我が酷すぎるのか一回では思った以上に状態は変わらない。
「セアちゃん…どういうつもり?」
わたしが回復魔術を使ったのを見て、メルトさんが問いただしてきた。
「……別に、大した理由じゃないですよ。わたし、魔術を使えるようになって、回復魔術だけ使ったことないんです。目の前に、大けがをしている対象が居るんですから試させてもらおうと思っただけです」
声からメルトさんが決して怒っていないと判断して背中を向けたまま答えると、わたしは二回目のヒールをアズラク君の右手に施す。
……メルトさんへの答えもアズラク君を回復する理由の一つだけど、本音を言えば彼に対しての罪悪感の方が大きかった。
あの時、怒りに我を忘れて威力の確認が出来ていない強化した魔術を使ってしまい、メルトさんが割り込んでくれなかったら、わたしは彼を殺していたかもしれない。
もちろん、今も彼の言った言葉に対してムカついているけど……アズラク君の怪我を負わせた責任は私が負うべきだと思う……
そう自分に言い訳しながら、わたしは三回目のヒールをアズラク君の右手にかけた。
「……ふ〜ん、それなら仕方ないわねぇ〜」
何処か含みを持たせるようなメルトさんの言葉を聞き流しながら、わたしはその後もヒールを使い続けた。
わたしの魔力で強化されているとはいえ、さすがにデフォルトのヒールでは効果がたかが知れており、結局右手を治すのに五回使い、両手で計十回のヒールを発動させることになった。
ヒールの消費魔力は二十。
強化したフレイムジャベリンと合算して、魔力保有量の四分の一近く消費したことになるけど、おかげでヒールの熟練度を稼ぐことができ、気が付けばカスタマイズ可能になっていた。
短時間に結構魔力を消費したけど取り立てて疲れとかは感じなかったので、わたしは最後にアズラク君の胸の傷を治そうとした時だった。
「胸の傷はいいわ。この子にも戒めが必要だから、その傷は残しておきましょう」
何かしら考えがあるのか、メルトさんから待ったが掛かる。
まぁ、一番酷かった両手を治したんだから、後で胸の傷を治さなかったことを責められたりはしないだろう、と思い、わたしは「わかりました」と頷いた。
「ほら!アズラクの事は任せて、さっさと屋敷に戻ってクリスの淹れたお茶でも飲みながらゆっくりしてなさい」
メルトさんに釘を刺され、わたしは苦笑いしながら「は〜い」と返事してクリスさんの所へと歩いて行くと……
「セア様!お体は大丈夫ですか!?」
開口一番、クリスさんが血相を掛けてわたしに詰め寄ってきた。
え?えぇ?……何でわたし、こんなに心配されてるの?
クリスさんの慌てようにわたしが困惑していると、気が付いたクリスさんが顔を真っ赤にして飛び退くようにわたしから離れた。
「も、申し訳ありません!セア様があれほどの数多くの回復魔術を行使されていましたから、魔力消費が心配で…」
クリスさんの言葉を聞いて、わたしは彼女が慌てていた理由に納得した。
クリストバルさんの知識で知ったことだけど、あらゆる生き物は魔力を消費しすぎると極度の疲労感によって意識が混濁し身動きが取れなくなり、更に保有魔力を全て使い果たすと完全に気を失ってしまう。
回復魔術は攻撃魔術に比べて消費魔力が多いから、覚えたての魔術士が加減を分からずに使い、魔力切れになることが多かったとクリストバルさんの知識にあった。
おそらくクリスさんは、わたしが魔力切れ寸前になっているのでは?と心配して、慌てていたんだろうな。
心配そうにこちらを伺うクリスさんに、わたしは笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ、クリスさん。もし、わたしが魔力を使いすぎていたならその場に倒れて、ここまで歩くことさえ出来ませんでしたよ?」
「あ……そ、そうですよね!わたくしとしたことが、とんだ早とちりを……」
余程恥ずかしいのか、クリスさんがさらに顔を真っ赤にして小さくなる。
…あぁもう!ホント、カワイイなぁ、この人!
内心そう叫びながら、仕事の出来る年上のお姉さんが子供の様に恥ずかしがる姿を見て、わたしは「男の人ってこういうギャップのある女性が好みなんだろうなぁ」と考えてしまった。
……うん、どう逆立ちしたってわたしにこんなギャップ萌えの要素は欠片もないわぁ〜
そんな立ち話をしていると、背後から背筋も凍るような視線を感じ、わたしとクリスさんは慌てて屋敷へと歩き出す。
その時わたしはあることを思い出し、前を歩くクリスさんへと声をかけた。
「あのクリスさん…さっき、メルトさんから聞きました。クリスさんが、わたしに魔術の怖さを教える必要があるってメルトさんに伝えてたんですよね?おかげで、大切なことを学ぶことが出来ました。ありがとうございます」
「とんでもございません。わたくしはご主人様に助力をお願いしただけです……とは申しましても、ご主人様がこのような方法を取るとは想像もしませんでしたけど」
クリスさんもメルトさんの提案を思ってもいなかったようで、わたしがアズラク君と対峙する光景を見て失神しそうになったと、教えてくれた。
そうこうしていると、気が付けばにわたしたちは屋敷の中に入っており、前を歩いていたクリスさんが立ち止まってわたしの方へ振り返った。
「セア様は、この度の件で魔術の持つ危険性を改めてご理解いただいたと思います。魔術は、みだりに使えば術者だけでなく周囲にまで被害を及ぼす諸刃の剣……ですが、ご自身や大切な何かを護るために魔術を使うことを躊躇わないでください…魔術は使い方次第。それだけは忘れないでください」
そう言って真剣な眼差しで見つめてくるクリスさんの顔を見て、わたしは胸の奥が大きく脈打った。
クリスさんの言葉にはまるで、自分と同じ経験をさせたくないという思いが籠っていたように感じられたからだ。
「…はい、分かりました」
わたしが頷くとクリスさんの表情が和らぎ、「わたくしがお伝えしなくても、セア様なら心配いりませんよね?いけませんね、長く生きるとつい口を出してしまいます」と笑顔を浮かべた。
……クリスさんってわたしの事、過大評価してないかな?わたしって言われないと気付かない子なんだけど……
わたしに対するクリスさんの高評価に恥ずかしく思いながら、「そんなことないですよ」と伝え、わたしたちは一服するため食堂へと足を向けた。
外で大変なことが起きているとも知らずに……
次話更新は、六月二日午後十一時です。




