第三章 鹿香(かのか)家の秘密 〈7〉
おれは5日前の朝、駅前で行き倒れていたモヘナと出逢ったところから話し出した。エロマンガ(仮名)とゲヘナムに襲われたこと。モヘナがおれを魔法にして襲撃から逃れたことなど。
「そこでおまえはモヘナと〈契約〉したのか」
「〈契約〉? いや、してない。なんだそりゃ?」
よくわからないけどなんとなくわかる。魂を代償に邪な願いごとを叶えてもらうとか云うやつだ。
セリエAのクラブチームとなら喜んでプロ契約もかわすが、悪魔と〈契約〉してまでかなえたい夢はない。夢は自分でつかみとるものだ。なんつって。
「悪魔は人間をたぶらかして〈契約〉する。そして人間を意のままにあやつる」
「……それは、あなた方の云う悪魔、この地へ堕ちたゲスな魔族のすることです。私は命の恩人を奴隷化する〈魔契約〉などと云う卑劣な魔法を使うようなマネはしません」
ドリンクバーからもどってきたモヘナが聞きとがめて云った。
しかし、魔族の姿が見えるメガネをかけていない紀里香にモヘナの声は聞こえていない。モヘナの言葉を紀里香へ伝えたのだが、彼女は信用しなかった。
紀里香がのどかから赤いフレームのメガネを奪いかえした。
「ううっ、ひどいよお姉ちゃん。のどかだけ仲間外れにして。もっとモヘナちゃんとお話したいのにのに」
メガネをとりあげられたのどかが恨みがましく云った。紀里香のこめかみにぶっといドラゴン怒りの血管がうかぶ。
「……私が苦心して造った照見メガネを山で失くしたおバカはどこのどいつかな?」
「はいはーい、スウェーデンのとなりっ!」
挙手してとぼけるのどかへ紀里香の怒号が飛んだ。
「スウェーデンのとなりにドイツはないっ! って、お姉ちゃん怒ってるんだよ!?」
「ああっ! すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
犯罪的に天真爛漫なのどかが怒りの矛先をそらすべくメニューの検討をはじめた。おれもモヘナに早めの夕食を勧める。
のどかはチョコバナナサンデー、紀里香は抹茶パフェ、モヘナはデミグラスソースのふわとろオムライスを注文した。
おれとモヘナは、モヘナが魔界の陰謀に巻きこまれていること、なんとか魔界へ連絡をとろうとしていること、のどかと会った経緯なんかを説明した。
話を聞きおえた紀里香は、しばらく腕組みしたまま身じろぎもしなかった。おれたちの話を吟味していたらしい。
「……話の筋は通っているし、あんたらがテレパシーで口裏あわせしているようにも見えなかった。一応、信用してやってもいい」
そこはすなおに「疑って済まなかった」と謝らんか、と思ったが薮蛇なので黙っておいた。
正直は美徳と云うが、思いついたことをなんでも口にするのは正直ではなく、ただのバカだ。云わなくてもいいことは黙っておくにかぎる。
「それじゃ今度はこっちが教えてほしい。どうして初対面ののどかがおれも知らなかった鹿香家と鹿骨神社の関係を知っていたのか? 碧血とはなんなのか?」
「ちょっと、のどか!? あんた、うちの神社の話までしちゃったわけ!?」
「……うちの神社?」
「鹿香しのぶ。あんたは鹿骨神社とあんたの家の関係をどの程度知ってるの?」
「おじいちゃんが勘当されて以来、鹿骨神社とは音信途絶だってことを昨夜聞いたばかりだ」
「そうか。あんたのジイさまは全部秘密にしたまま逝ったのか。良策なんだか愚策なんだか……」
「……?」
「あんたが腹を割って話してくれたから、私も正直に云おう。私たちの本当の名字は狩庭じゃない。私の本名は鹿香紀里香。あんたの親戚ってわけ」
衝撃発言その1であった。
「私たちはあんたのジイさまの弟の孫で、鹿骨神社の神職」
「ちょっと待て。それじゃ、のどかが芹沢じいちゃんにおれのイトコって云ってたのは……」
「ぬっふっふ。ホントだったのです。のどかは正直者なんだよ、お兄ちゃん」
のどかがいたずらっぽくほほ笑んだ。ウソこけ。確証なかったクセに。
「お待たせいたしましたあ。ご注文のチョコバナナサンデー、抹茶パフェ、ふわとろオムライスになりますう。ご注文、以上でよろしかったでしょうかあ?」
料理が運ばれてきたため、会話はしばし中断された。ウェイトレスさんが去ると、おれはふわとろオムライスをモヘナの前へ移した。
「いただきます」
モヘナが食事をはじめると、チョコバナナサンデーをグショグショとかき混ぜていたのどかの手がとまった。好奇に満ちた瞳がキラキラと輝く。
「すっごーい! 透明人間のお食事だ!」
なるほど。モヘナの姿が見えないのどかには皿の上のオムライスが少しずつ消えていくように見えるのか。
「しーっ! あんまし騒ぐな。他の人に気づかれたらどうする?」
おれはのどかに注意した。自分の姿が見えていないとわかっていても、食事中の皿をガン見されてはモヘナも食べづらかろう。
抹茶パフェを難しそうな顔で口へ運ぶ紀里香に訊ねた。
「おまえたちは前からおれたち家族を監視してたのか?」
「まさかでしょ。偶然よ。のどかはこの地で観測された異常な魔力の残滓の調査にきてただけ。こっちもおどろいたんだから。事実は小説より奇なりってホントよね」
「どうして、おまえたちはそんなものを調べているんだ?」
「鹿骨神社は魑魅魍魎の退治屋なの。今は陰陽省って云う裏の極秘機関に所属してるんだけど、それこそ陰陽師なんかより昔から妖怪退治とかしてたわけ」
「妖怪退治って……」
一体、世の中にどんな妖怪がいると云うのだ? 河童とかいるのか?
「人を殺して魂精を喰らうやつらは、私たち人類の敵よ」
紀里香がメガネごしにモヘナを一瞥する。
「魔族全員が殺人鬼みたいな云い方をしないでください」
恍惚とした表情でふわとろオムライスを味わっていたモヘナの表情が一変し、厳しい目つきで種族差別に抗議した。
「あんたの云い分はさっき聞いたけど、こっちは実際にあんたのお仲間が人を殺している現場で戦ってんの。少なくとも私は魂精狩りしない悪魔、……魔族だっけ? を見たことがない」
「それは彼らが魔界を放逐された者たちだからです。しかし、魔界でも魂精狩りは犯罪行為です。私とて是とするつもりはありません」
「わかったわかった。魔界の魔族は魂精狩りをしない。でも人間界に堕ちてきた魔族は魂精狩りをする。……やっぱり人間界に巣食う魔族は悪魔なのよ」
「あなたは私を侮辱する気ですか?」
「一応、あんたは別ってことにしといてあげるから」
紀里香がめんどうくさそうに手をふった。モヘナの柳眉が逆立ったが、おれはモヘナを制した。
「モヘナの潔白はおれが一番よく知ってる。つまらないやつを気にするな」
おれの言葉に紀里香が片眉を上げた。おれは無言の嘲笑をうけ流して訊いた。
「おじいちゃんが勘当された理由を知りたい」
「あんたのジイさまはこともあろうに悪魔の女と恋仲になったの。それで勘当されて失踪した。この場合、駈落ちって云うのかな? ……ちなみにバアさまのお名前は?」
「……のえる」
「ほぉら、ビンゴ。ノエル・ヴァスペイカ・モチェナエフ・スピカ。あんたのジイさまと駈落ちした悪魔の名前よ」
「しのクンのおばあさまは〈魔宗六家〉スピカ家の方だったのですか?」
外国人らしいとは思っていたが〈魔宗六家〉の由緒ある魔族だったなんて。
「これであんたにだけとなりの魔族が見えた理由もわかるでしょ? 鹿香しのぶ、あんたは人間と悪魔のクォーターなの」
衝撃発言その2であった。




