第三章 鹿香(かのか)家の秘密 〈5〉
7
放課後の部活は「急きょやってきた親戚のため」と云うウソの理由で休んだ。おれたちは必要以上に目立たぬよう、裏の通用門から高校をあとにした。
大きなリュックを背負い、左手にブキミな杖をたずさえたメイド服のアヤシイ(しかも一部マニアうけしそうな)少女と一緒に校門をを出て行く勇気はない。悪いことはなにひとつしていないと云うのに、どうしてこんな苦労をせにゃならんのだ。
「のどか。おまえの姉さんが坐浜駅に着くの何時って云ってたっけ?」
「午后4時2分の特急イスカだけど?」
「それじゃ、もう着いてるかも」
おれはスマートフォンの時計で時刻を確認した。こちらの5分遅刻ってところだ。
「しええええ! それは絶望的にマズイかもかも! お兄ちゃん走るのです!」
のどかはおれの手をとると、ばびゅーん! と走り出した。なんだ、なんなんだ、一体!?
おれたちが坐浜駅へ着くと、改札口を出たところでキャスターつきのキャリーケースをかたわらに仁王立ちするショートカットの女のコがいた。
惜しげもなく放つ憤怒のオーラで彼女の周囲3m圏内に不可侵のプライベートスペースができあがっていた。近づいているのはマヌケなドバトくらいだ。
説明されるまでもない。あれがのどかの姉ちゃんか。
のどかが小型犬みたいにふるえていた。のどかの姉ちゃんが切れ長の瞳でのどかを一瞥すると吼えた。
「このスカポンタン! 駅で待ってろって云ったでしょ!」
「ああっ! すいませんごめんなさい! これには深くもないわけがっ!」
「て云うか、なに? そんなオシャレして! 極秘調査だってわかってるの!?」
「でもでも、お姉ちゃんだってオシャレしてるじゃん!」
極秘調査を大声で喧伝するのはいかがなものか? とは思うが、それよりなにより姉妹そろってオシャレの定義に致命的欠陥があるらしい。
ド田舎者の姉妹はオシャレとコスプレをはきちがえていた。
のどかの姉ちゃんは、タータンチェックのベストに同柄のひらひらミニスカートと云う、ロリータ系究極団体アイドルグループの一員みたいな格好で、周囲から完全にういていた。そこはかとなく不憫で見ているこちらが恥ずかしい。
姉妹口ゲンカをくりひろげていたのどかの姉ちゃんが、おれに気づいて口調をあらためた。
「あら? そちらのお方は?」
「のどかが警官に補導されたところを助けてくれたんだよ」
助けたおぼえはない。一方的にカラまれたと主張したい。
のどかがおれへ向きなおると云った。
「あ、紹介するね。こっちはお姉ちゃんの、かの……狩庭紀里香ちゃん」
次にのどかは紀里香へおれを紹介した。
「お姉ちゃん。このお兄ちゃんは、鹿香……なんだっけ?」
「鹿香しのぶ」
やっぱりおぼえる気なかったな。おれがあきれながら答えると、狩庭紀里香は天女のほほ笑みで会釈した。
「そうですか。我が変態の愚妹が大変なご迷惑をおかけしました……って、鹿香っ!?」
紀里香の天女のような笑顔が、梅図かずおの描くような驚愕の表情へ一変すると、のどかの両肩をぐわしとつかんでつめよった。
「あんた、昨日、私の話聞いてた!? 究極最悪によけいなことしてくれてどーすんのっ! しかも、知らない人をほいほいお兄ちゃんとかよんじゃダメでしょ!?」
「ひああああ、すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
なんだかわけわかんないけど疲れる姉妹だなあ、とゲンナリした。彼女たちに姿の見えないモヘナも困惑の表情を浮かべている。
「ま、とりあえず、姉妹が無事会えてよかったじゃん。仲よくしろよ。ほいじゃ、おれはこれで」
モヘナに目で合図して、さっさと帰るべく紀里香&のどか姉妹へ背中を向けると、紀里香の鋭い声が制止した。
「動くな、鹿香しのぶ!〈碧血〉の、悪魔の契約者よ!」
悪魔の契約者? 中2病みたいなイタイ台詞にギョッとしてふりかえると、妹ののどかを背でかばいながら、こちらを鋭い視線でにらみつける紀里香がいた。
紀里香はいつの間にか赤いフレームの細いメガネをかけていた。手にしている銀色のシャープペンシルは凶器のつもりだろうか?
「まさかとは思ったけど、我が一族の裏切り者〈碧血〉の鹿香だったとはね……」
「……一族の裏切り者?〈碧血〉の鹿香?」
おれは首をかしげた。頼りない推理のピースが頭の中で茫洋とつながっていくのを感じたが、決定的ななにかが足りない。胸の奥がもやもやする。
紀里香の形相にモヘナもおれの肩へ手をかけて身がまえた。紀里香がなにか仕掛けてきたら、魔法で反撃に出るかまえだ。
駅前の人通りは多くなかったが、ただならぬ雰囲気で対峙するおれと紀里香&のどか姉妹に気づいたり、気づかぬふりをして距離をとる人たちの気配を察した。
おれのうしろでだれにも見えないモヘナが油断なく身がまえているので、おれは敵意がないことを示すべく軽薄をよそおって訊ねた。
「おまえにはモヘナが見えるのか?」
紀里香は一層警戒しながら答えた。
「あんたのうしろに立つ悪魔はモヘナって云うのね」
頭上にたくさんのハテナマークをうかべて困惑しているのどかとは異なり、紀里香にはモヘナの姿が見えているようだ。おそらくあのメガネの効力であろう。
「紀里香。よくわからないが、おまえはまるっと誤解している。モヘナは悪魔ではなく、善良かつ無力な魔族だ」
「世迷い言を……」
紀里香がギリギリと切れ長の瞳をつり上げた。あ、こりゃあダメだ。なにを云っても聞く耳持たんな。そう判断したおれは心ならずも路線変更した。
「紀里香、落ちついて考えろ。おまえはここで無辜の人々を犠牲にしてでも、おれさまとやりあうつもりか? おれはかまわんぞ。おまえにその覚悟があるなら街中の人間を喰らい尽くしてでも相手をしてやるが」
「ちょ、ちょっと、しのクンなにを……?」
おれの肩に手を置き、身がまえていたモヘナが困惑した。わかりやすく云うと思いきりひいていた。ちょいちょい、モヘナさん。ブラフですって。ハッタリですって。そもそも、おれに魔法なんて使えないし。
おれはさりげなくモヘナに目配せした。モヘナは意味がわからないまま、おれの三文芝居につきあうことにしてくれたらしい。無言で紀里香をにらみつける。
「くっ……」
今度は紀里香が逡巡した。漠然とした読み通り、彼女には悪魔(魔族)と戦える手段があるようだ。しかし、それはこんな表舞台で大っぴらにできるような戦いではあるまい。
おれは紀里香の期待する騎士道精神あふれる悪役を演じた。とりつく島のない相手には、一旦、相手の心象に添うふりをする方が会話しやすいと云う話をなにかで読んだおぼえがある。
「だれにも迷惑のかからんところで相手してやる。周りの人間を犠牲にしたくなければ、黙ってついてこい」
「……わかった」
紀里香が一応の戦闘態勢を解いた。まったく、つまらない手間をかけさせやがって。ケンカになったらそのあとはノー・プランだった。
おれは内心胸をなで下ろすと、アホの紀里香&のどか姉妹をともなってその場をあとにした。




