第三章 鹿香(かのか)家の秘密 〈3〉
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とりあえず、おれはドクロ杖の少女・のどかを図書室へつれて行った。
担任の中田ちゃんへあずけるべきかとも思ったが、授業のある中田ちゃんより図書室司書の芹沢のじいちゃんにあずける方が良策と判断した。のどかを放課後まで図書室に軟禁する算段である。
「おはよう、しのクン。……だれじゃね、そのコは?」
図書室へ入るなり、芹沢のじいちゃんはおれの右腕にぶら下がっているアヤシげな風体の少女へ目をとめた。
ちなみに、芹沢じいちゃんは父さんの郷土史仲間だ。祖父の代からウチは地元の歴史・民俗学有志の社交場的役割を担ってきた。今でも1~2ヶ月に一度は同好の士が集う。
「おはよう。芹沢のじいちゃん。あのさ、悪いんだけど、放課後までこのコあずかってもらえないかな? 図書室で放し飼いにしてればいいから」
「だれじゃね、そのコは?」
牛乳瓶の底みたいにブ厚いレンズのメガネをかけなおすと、じいちゃんは同じセリフをくりかえした。おれはどう説明しようか? と考えていたら、のどかが云った。
「はじめまして、おじいちゃま。私、鹿香のどかと云います。お兄ちゃんのイトコです」
は? イトコ? ちゃんとおれの名字をおぼえていたところはでかしたけど、いきなりなにを云い出すのだ、このコは?
「今朝、お兄ちゃんの家へ遊びにきたんですけど、お兄ちゃんのお父さんもお母さんもお仕事で出かけちゃってるし、おうちにひとりでいてもつまんないんで、お兄ちゃんについてきちゃったんです」
「ほう、そうか。しのクンのご両親はふたりとも博物館勤務じゃからのう」
なんだか運よく話が噛みあっちゃったよ。じいちゃんはのどかの目をのぞきこんで云った。
「ま、そう云うことなら仕方ないかの。しのクンは授業があるから、ずっとお前さんの相手をすることはできんが、ちゃんといい子にして待っていられるかの?」
「はーい! のどか、いい子にして待ってるもん!」
「そうか。よしよし」
芹沢のじいちゃんがのどかの頭をなでると、のどかも嬉しそうにうなづいた。
「しのクン。学校には儂から云っといてあげるから、休み時間にはきちんと顔を出してやるんじゃよ?」
「……はあ、わかりました。ほんじゃのどか。おれは教室に荷物とか置いてくるから、おとなしくしてるんだぞ」
「はーい! 諒解なんだよ、お兄ちゃん!」
おれはのどかの胸ぐらをつかんで顔をひき寄せると小声で云った。
「それと、あのドクロ杖を人目にさらすんじゃねえぞ」
大きなリュックにメイド服だけでも目立つのに、ブキミなドクロ杖なぞたずさえていたらますます気持ち悪がられるのは自明である。おれは手持ちの袋でドクロをおおいかくした。
「えー? ドクりん可哀想」
「やかましい」
父さんの知りあい相手にイトコなどと云う危険な橋をわたるウソをつかれただけでも、冷や汗ものだ。その上、それが巷でひそかな噂のブードゥー少女と云うことが笹原にバレようものなら、どんな尾ひれがついてまわるやら想像するだに恐ろしい。
「放課後、まちがいなく駅へつれてってやる。だからぜったいおとなしくしてろよ」
「大丈夫だよ。もう、お兄ちゃんたら心配性なんだからあ。ちゅっ」
精一杯スゴんで見せたつもりだったが、のどかは軽く笑っていなすとおれの鼻先へキスをした。
「な……、なにを!?」
思わず赤面して狼狽するおれを芹沢のじいちゃんが笑った。
「ふおっほっほっ。仲よきことは美しき哉」
おれは苦虫を噛みつぶしたような顔で芹沢のじいちゃんに不承不承頭を下げると、図書室をあとにした。
廊下へ出るとおれはモヘナに小声で云った。
「あの~、ちょっとモヘナさん? いささか歩きづらいのですが……」
モヘナはずっとおれの左腕にしがみついていた。嬉しくないこともないのだが、ぎゅっとしがみつくその手にそこはかとない怒りを感じる。それがコワイ。
「……しのクンはだれにでもやさしいのですね」
「はい?」
モヘナさんも見ておられましたよね? のどかが強引におれへカラんできた一部始終を。のどかを可哀想って同情していたのはどなたですか?
「それに、あのおじいさま。なれなれしく、しのクンとよぶなんて……」
「芹沢のじいちゃんは親戚みたいなもんさ。見さかいのないヤキモチなんてよせよ」
しまった! のどかにペースを乱されたせいか、つい口がスベった。モヘナの頭上に「カチン!」と云う擬音が見えた気がした。
「……わ、私、ヤキモチなんて焼いてません」
モヘナの身体がスッとはなれたかと思ったら、かえす刀で疾風怒濤の左フックをどてっ腹にぶちこまれた。思わず、ひざからくずれ落ちる。
モヘナはこちらを一顧だにせず、背中からぷりぷりと怒りを発散させながら、ひとりで教室へ歩き去った。
突然、廊下へひざまづいたおれに周りの生徒がけそけそとザワめいた。
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……まったく今日は厄日か?
なんとか教室へたどりつくと、モヘナがおれの席に座っていた。いまだご機嫌ななめであるらしい。机の上にスポーツバッグを置くと、背中から声をかけられた。
「かーのか」
ふり向くと、チシャッ! と、カメラのシャッター音を真似た電子音がした。笹原がスマートフォン内蔵のカメラでおれを撮っていた。
「なにをしている?」
「へっへっへ、見てよコレ。昨日、機種変更したんだ。最新式だよ、最新式。かっわいーでしょ?」
最近の機種はデザインがシンプルすぎてかわいいもくそもないもんだが、淡い桜色はたしかにキレイだ。
「ね、ね。これで私を撮ってよ」
「自撮りすりゃいーじゃん」
「ちゃんと撮ってほしいの。キレイに撮れたらあんたにも送信してあげるから。待ちうけにしていいよ」
今は冗談でもそう云うことを云わないでほしい。モヘナのヤキモチをフランベする結果になりかねない。コワくてうしろをふりかえれないじゃないか。
「ぜったいに送信してこないと云う条件つきなら撮ってやる」
「すなおじゃないなあ。ま、いっか。かわいく撮ってね」
笹原からわたされたスマートフォンをかまえると、シャッターを押した。
「もう1枚、もう1枚」
「それじゃ、もうちょっとスカートまくって」
「そんなんするか!」
怒ったところで、すかさずシャッターを切る。
「ちょっと、もう! ちゃんと撮ってよ」
「撮ってるではないか」
「ささっち、なにしてんの?」
笹原の親友でクラスメイトの鴨蔵沙惠が顔を出した。
「新しいスマホ買ったの。あ、サエちんも一緒に撮ろう。鹿香。カメラ横、横」
「はいはい」
おれは云われるがままに撮った……りしたらつまらないので、胸だけアップの写真とか、おふざけもおりまぜつつシャッターを切った。
「もういいだろ?」
「まだまだ!」
おまえは特打ちの千本ノックをほしがる野手か?
「ふたりともブルマ履け、ブルマ」
おれの前の席の滝口がまぜかえす。その言葉に鴨蔵が赤面し、笹原が怒った。
「ホント滝口、テッペンムカツク!」
滝口と笹原が云いあいをはじめると、予鈴が鳴った。
「ヤバッ! 鹿香、スマホかえして。早く!」
高校は原則、携帯電話持ちこみ禁止である。実情はほとんどの生徒が持っているので、時流にのり遅れた有名無実の禁令と云えよう。
そのため、持ち物検査などはないが、おおっぴらに持ち歩いていたり、授業中にコール音が鳴ったり、カンニングのアイテムとして使用されると、さすがに没収される。ペナルティとして翌日の放課後までかえしてもらえなくなる。
笹原へスマートフォンを手わたすと、笹原は席へもどりながら電源を切った。鞄にしまったところで担任の中田ちゃんが教室へ入ってきた。人ごとながら間一髪セーフ。
ふりかえると、おれの席にモヘナの姿はなかった。
モヘナはうしろのロッカーへ座っていた。ただし、おれのすぐうしろではなく教室の出入り口に近い方だ。
モヘナのヤキモチはみごとにフランベされた上、きっちり中まで火が通ってしまったらしい。
……だけど、おれ、そんな怒られるようなことしたかな?




