第三章 鹿香(かのか)家の秘密 〈2〉
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TVの天気予報によると雨は昼までに上がると云う。そうは云っても、雨の中モヘナを歩かせたくなかった。
「今日は家で休んでいたら?」
と提案したのだが、モヘナは学校へついて行くと云って聞かなかった。
おれならこんな雨の日は一日中ベッドでぬくぬくだらだらしていたいところだが、モヘナはひとりでいることの方がつまらないらしい。
モヘナが『ほっこり亭』の弁当を気に入ったと云うので、彼女の昼食はそこで調達した。
坐浜駅を迂回した大通りの派出所前を通りがかった時、派出所の中からはずんだ声がした。
「あーっ! お兄ちゃん!」
おそらくはおれに向けられたであろう声の主を求めて視線を移すと、派出所の中の大きなリュックが手をふっていた。
なんじゃありゃ? よくよく目を凝らすと、正体不明の大きなリュックは左手にブキミな杖を握っている。
……あれは昨夜のアヤシげなドクロ杖の少女ではないか。
「お兄ちゃん」などと親しげによばれる筋あいはないが、ドクロ杖の少女は雨も気にせずおれの元へ駆け寄ると、傘を持つ右腕にしがみついた。派出所の警官に見えない位置で顔をヘンにしかめている。
「お兄ちゃん、どこ行ってたの! のどか、ひとりで寂しかったんだからね!」
顔がかゆいのかと思っていたらウインクのつもりだったらしい。とりあえず、私に話をあわせてくれ、と云うジャスチャーであるらしい。
警官やドクロ杖の少女には姿の見えないモヘナも、おれのかたわらで突然のことに困惑していた。
「お兄ちゃんが駅まで迎えにきてくれるって云うから、のどかずっと待ってたのに!」
「……キミ、このコのお兄さん?」
派出所から若い警官が出てきて、おれに訊ねた。
「ええ、はあ、まあ」
なんと云ってよいかわからず曖昧にうなづくと、警官が困ったように云った。
「ダメだろう。駅前でこんな小さなコを何時間も待たせちゃ。家出少女かと思ったじゃないか」
いや。メイド服に大きなリュックって、家出少女にも見えないと思うんですが。「アヤシイ人を見かけたら110番」みたいな標語は、こう云う人を指しているんでないかい?
警官はドクロ杖の少女へ向きなおるとやさしく云った。
「なんにせよ、よかったじゃないか。お兄ちゃんとはぐれないようにするんだよ」
「すいませんごめんなさい。ホントありがとうございました。それじゃ行こっ! お兄ちゃん!」
ドクロ杖の少女は一刻も早く派出所からはなれようと、おれの腕を強引にひっぱった。おれのあとにビニール傘をさしたモヘナもあわててつづく。
かどを曲がって派出所が見えなくなると、ドクロ杖の少女は歩をゆるめた。
「ひあー、あせったあ」
「あせったのはこっちの方だ。なんなんだ一体?」
「ああっ! すいませんごめんなさい」
傘を持つおれの腕をパッとはなしたドクロ杖の少女が、もう一度腕をつかみなおして密着した。
「……なにをしている?」
「雨に濡れるじゃないですか」
「傘持ってないの?」
「あるけど、出すのめんどくさくって。てへっ」
「おまえなあ、一体なんなんだと訊いとるんだ!?」
「ひあああっ! すいませんごめんなさい」
「謝られてばかりじゃわからないだろうが」
「しのクン、相手は子どもじゃないですか。ここは少し落ちついて……」
つい気がたって語気の荒くなるおれをモヘナがなだめた。
「だってこいつ、わけわからねえから」
モヘナの方を向いて小声で話すおれの言葉を耳ざとく聞いていたドクロ杖の少女がささやいた。
「あのー、ひょっとして、お兄ちゃん、デ・ン・パ?」
「わけのわからんヘンタイにデンパよばわりされる筋あいはないっ! おまえ、さっきの派出所へ突きかえしてやろうか!?」
「ああっ、すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ! 茶利です冗談です、のどかだけにのどかなユーモアですっ!」
「とどのつまりは、なんなのだ?」
「駅でお姉ちゃんを待っていたのはホントなんだよ」
「……姉ちゃんを待ってた? 駅で?」
「うん。今日の午后4時2分、坐浜駅着の特急イスカでやってくるお姉ちゃんを待っていただけなんだもん」
「まだ8時間近くあるぜ」
「でもでも、お姉ちゃんがよけいなことしないで駅で待ってなさいって云うから……」
ぐじぐじと涙ぐみそうなドクロ杖の少女に、おれはキツく云いすぎたか? とあわてた。
「それにしたって、そんな前から愚直に駅で待ってる必要ないだろう? ファミレスとかファーストフードとかネットカフェとかで時間をつぶすとか手はあるだろ」
「ファミレスもファーストフードもタダじゃないし。ネットカフェも身分証明とか厳しくて入りづらいし、8時間もいつづけてたらアヤシまれちゃうし」
アヤシまれたくないのなら、まずその格好と杖からどうかすべきではあるまいか?
「おちこち歩きまわっていればいいじゃないか」
「雨の中、思い荷物を背負って歩きまわるのは辛いかもかも」
「……しのクン、それではこのコが可哀想です」
かつて、雨の中を3日間さまよい歩いたモヘナが身につまされて心底同情した。
「大体、おまえはこの街でなにをしていたんだ?」
「えっと、その、なんて云うか、つまりは……そう! フィールドワークです」
ドクロ杖の少女の目があからさまにバタフライしていた。ひらたく云うと、泳いでいた。ウソだな、ぜったい。
「フィールドワーク? 中学生が?」
地質学植物学天文学動物学古生物学民俗学など、フィールドワークと一口に云っても内容はさまざまだ。ほりほり、どんなフィールドワークか云ってみんさい。
そんな挑発をしたつもりだったが、少女はおれの意図とは異なるところに突っかかった。
「中学生じゃないもん! のどか、15歳だもん!」
「ウソだろ!? おれと同学年!?」
かたわらでやりとりを聞いていたモヘナも目を丸くした。
「え? お兄ちゃんも15歳なの? ちょー奇遇だね。ね、ね、名前なんて云うの?」
「昨日、名のっただろ。鹿香しのぶだよ」
おれとて昨晩名のられたドクロ杖の少女・のどかの名前はおぼえていなかったけど。
「しのぶかあ。……云いにくいから、お兄ちゃんでいいよね?」
「おまえ、ぜったいおぼえる気ないだろ!?」
て云うか、同学年相手に「お兄ちゃん」もおかしかないか?
「ね、ね。お兄ちゃんは、これからどこへ行くの?」
「高校に決まってるだろ」
おれが着ているのはバリバリ制服だ。この格好が山へ芝刈りに行くように見えるか? 芝刈りに行く格好ってどんなんだ?
「それじゃ、のどかも高校つれてって」
「どうしてそうなる!?」
「だって、のどか、ほかに行く当てもないし。大丈夫。高校の人は上手く丸めこんじゃうから」
……おまえにそれだけ巧みな話術があるとも思えんが。
「しのクン。早くしないと学校に遅刻してしまいます」
モヘナが冷静に指摘した。本当だ。こんなところでこんなやつにかかずらわってる暇はない。
「あー、もう! 高校までついてくるのは勝手だけど、あとは自分でなんとかしろよ」
おれはやけくそになって吠えた。
「やったあ、ありがとう、お兄ちゃん!」
のどかがおれの右腕にしがみついた。
「ベタベタひっつくな!」
「でもでも、こうしないと雨に濡れちゃうもん。のどかが風邪ひいたら、お兄ちゃんの責任だよ」
「知るかっ!」
ダメだ。なにを云ってもコイツのペースにのせられてしまう。おれは抵抗をあきらめた。高校へ向かって歩き出すと、スポーツバッグを持つ左腕にモヘナが強く腕をからめてきた。
「ちょ……あの、モヘナさん?」
動揺したおれが小声でモヘナへ顔を向けると、モヘナはおれから視線をそらし、怒った口ぶりで云った。
「……お兄ちゃんとかよばれてデレデレしないでください」
いやいや、してないし。よしんば、おれがデレデレしているとしたら、モヘナさんに密着されているからです。もう少し、ご自身の魅力と云うかエロさを自覚してください。
とどのつまり、おれは右腕に同学年の童女、左腕にだれにも見えない碧眼の美少女をぶら下げたまま登校した。




