第二章 謎のブードゥー少女 〈2〉
3
2日ぶりの部活、2日ぶりの高校は楽しかった。
一応、病み上がりと云うキャラ設定なので、部活ではちょいちょい疲れた風をよそおってみせたが、本当はだれよりも体力がありあまっていた。
友だちが妙にやさしかったことにもおどろいた。ふだんは「大丈夫か?」なんて云いそうもないやつに気づかわれたりすると、おまえが大丈夫か? と思ったりする(失礼な話でスマン)。
休み時間に、クラスメイトでサッカー部の滝口実から欠席中の授業ノートを写させてもらっていると、頭上へ影がさした。
「ナントカは風邪ひかないって云うけど、あんたが2日も休むなんてね~。鬼の錯乱てやつ?」
おれに気安く話しかけてくる女子なんてそういない。笹原環。同じ小・中学校の出身で、今は運の悪いことにクラスメイトだ。
「それを云うなら、鬼の霍乱だろ? ナントカはタマキンの方じゃねえか?」
笹原環のタマキにかけてタマキン。小学校の頃からこいつをバカにする時のよび方で、百発百中、逆鱗に触れる。挑発にのる。
「タマキン云うなっ!」
笹原の怒号に、おれの周りへたむろしていたクラスの男子たちが哄笑した。
黙っていればそれなりにかわいい女のコが大声でタマキンなどとお下品なことをのたまうのだから、おかしくないわけがない。
「だっ……ちょっと、それは、そーゆー意味じゃなくてっ!」
それこそ鬼のように真っ赤な顔で向きなおる笹原へ、おれの前の席の滝口がニヤニヤしながら訊ねた。
「そーゆー意味って、どーゆー意味?」
「テッペンムカツク! ホント男子ってバカ!」
「どっちもバカだよ」
おれは笑いながら訊いた。
「ほいで? どうかしたの?」
「……え?」
笹原に訊きかえされた。
「おまえ、なんか用とかあって、きたんじゃねえの?」
「いや、別に用とか、そう云うんじゃないけど……」
なにをモジモジしておる? おまえは恋に恥じらう乙女か? でかい声でタマキンとか云うくせに。
「あ、そうそう。こないださあ、早朝の坐浜駅前でウチの生徒がハタ迷惑なパフォーマンスしてたんだって」
いきなり話題を変えてきやがった。……早朝の坐浜駅前?
「人通りの多い信号前に突然しゃがみこむと、なにもないとこへ向かって「だれかこの人を助けてください!」とか云い出したんだって」
……いやあ、アレを見られていたかあ。そう云う話になっていたかあ。それは正確じゃないなあ。なんか背筋を流れる冷や汗がものすごいなあ。
おれが駅前でモヘナを介抱している姿は、傍目に意味不明のソロパフォーマンスを演じる頭のイタイ生徒にしか映っていなかったわけだ。
今さらながら、行き交う人々の冷たい視線にも得心がいく。笹原風に云えば、おれがテッペン迷惑だよな。
「女バスの佐藤が通学中に遠くから見てたらしいんだけど、それがあんたに似てたんだって」
女子バスケ部の佐藤か。あいつあとで殺す。心のデス・ノートに新たな犠牲者の名を刻みつけながら、平静をよそおって訊ねた。
「なんだそりゃ? いつの話?」
「えっとね……2日前」
「残念だが、おれにはアリバイがある。おれはその日、熱を出して学校を休んでいる。証人はキミたちだ。よって、その酔狂なパフォーマーはおれではない。Q・E・D」
これでこの話題をズバッと幕ひき、ズバッと解決したかったのだが、滝口が笑いながらつづけた。
「なんかの罰ゲームだったとか、パフォーマンスに失敗して逃げ帰ったとか」
こらこら。まちがいながら行動の核心を突くようなことを云うな。
だれにも見えない行き倒れの魔族を介抱して、さらなる追っ手の用心に逃げ帰っただけだ。……おまえもおれのデス・ノートに名前を書きこまれたいか?
「て云うか、そんなことをする意味がわからん。動機やメリットがない」
おれはあくまでしらを切る。
「そうだよね。ただでさえバカに陽気で目立つあんたがそんなことしてもねえ?」
笹原てめえこのやろう。人のことをリオのカーニバルみたいに云いやがって。もうおまえの新しい仇名、インキンタマキに決定な。
「そうだよな。鹿香が笑いを獲りにいくんなら、ケツにペットボトルロケットはさんで飛ぶくらいのことするよなあ?」
滝口てめえこのやろう。人のことをリアクション芸人みたいに云いやがって。おまえもおれのデス・ノート行き決定な。
「だれがそんなことするか! ポンプ押すのだれだ!?」
「問題はそっちかよ!?」
「ホント、あんたたち、テッペンバカ」
おれの言葉にふたりが笑いながらツッコんだ。……まあ今のくだりでおれの迷惑パフォーマー疑惑も晴れるだろう(実は本当なんだけど)。
おれは内心ホッとしていた。こいつらとバカを云いながら笑っていられる日常がまだ目の前へあったことに。
おれはこの2日間、モヘナのことばかり考えていたことに気づかされた。モヘナとの2日間が濃密すぎて、おれ本来の日常を忘れかけていた。
退屈な授業中には、ひとりで家にいるモヘナのことを気にかけたが、友だちとワイワイ騒いでいる時や部活の時は、モヘナのことをすっかり忘れていた。
薄情なようだが、やはりモヘナとの生活は期間限定の非日常なのだ。おれの還るべき日常はここにある。
この時はまだ本気でそう思っていた。




