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第二章 謎のブードゥー少女 〈3〉

     4



 夏の余韻が色濃くのこる9月初旬だが、さすがに午后7時半ともなるとあたりは暗い。部活おわりのおれは、モヘナが気がかりで家路を急いでいた。


 駅前を通った時、(せん)の公園が気になった。最初にモヘナを介抱した(エロマンガ(仮名)に殺されかけた)小さな公園だ。


 その周辺に悪魔やその手下であるゲヘナムが張りこんでいたら通学ルートを変える必要も出てくる。


 人に姿を見られる心配のないやつらがコソコソ動いているはずもないが、おれは用心しながら公園へ近づいた。悪魔やゲヘナムと(おぼ)しき者の姿はなかった。


 しかし、小さな公園の真ん中にキャンプ用のテントが張ってあった。それはもう、あからさまに怪しい。


 おれにはこの世界のものも魔界のものも同質に見える。


 魔界のものだけがユーレイみたいに半透明で見えるとか、特別な光を放っているとか云うことはないので、テントが人のものか魔族のものか判然としなかった。


 テントの中には灯りがともっていた。なんかわからないけどヤバイ。それが人でも魔族でもかかわりあうのはゴメンだ。おれは明日からの通学ルートを変えようと思いながら、その場をあとにした。


 もちろん、おれには知るよしもなかったが、テントの中に寝そべっていたのは、ひとりの少女だった。


「え~ん、疲れましたあ」


 少女は大きな地図をひろげながら弱音を吐いていた。


 地図は坐浜(ざはま)市周辺のものだ。坐浜(ざはま)市のとなりにある斑雲山(むらくもやま)の中腹に赤ペンで大きなバツ印がつけられていた。小さな星印が4つ書きこまれている。


 少女はそこから青ペンをキュキュキュときしませて、坐浜(ざはま)市駅前までたどってきた道へ線をひく。


 そして今、テントを張っている公園に赤ペンで小さなバツ印をつけた。


「ここに小規模魔法の痕跡ありです」


 少女のかたわらにコンビニ袋が転がっていた。少女はそちらへ目をやることなく、片手を突っこんで乱暴にあさると、大きなエクレアをとり出した。


 コンビニ袋の中にはスイーツが山のように入っていた。すでに食べおえたプリンやケーキの空容器まで入っていてグチャグチャだ。


 エクレアを包装するビニール袋を噛み破ると、大きな口を開けてエクレアにかぶりついた。中からカスタードクリームがはみ出すのもおかまいなしである。


「街中で邪悪な魔法が使われたとなると、いよいよますます世界の一大事なのです!」


 少女は頬についたカスタードクリームを指でぬぐうと、ピンクの舌でベロベロと舐めまわした。地図の上に落ちたカスタードクリームも指でぬぐうと、小脇に抱えた赤黒い杖へ近づける。


 杖の先端には(うるし)を何層も塗り重ねたかのような黒いドクロが載っていた。少女はわざわざドクロの上あごへカスタードクリームをなすりつけると、それを舌で舐めとった。


「私とドクりんがいれば、ヤツらなんて皆殺しだよ」


 婉然(えんぜん)とほほ笑む少女の言葉に、ドクロのあごがカタカタと鳴った。



     5



 晴れとも曇りともつかぬスッキリとしない天気だった。


 いつもと同じ教室。いつもと同じ退屈な授業。みんなにとってはいつもと同じ日常なのだが、おれにとっては少々事情が異なっていた。


 窓側の一番うしろの席へ着くおれのとなり、窓側の通路にジャージ姿の女のコが座りこんでいた。おれのスマートフォンで動物図鑑のアプリをながめている。この教室で彼女に気づく人はいない。


 いちいち説明するのもはばかられるが、お察しの通り、モヘナである。高校へついてきたのだ。


 おれの視線に気づいたモヘナが顔を上げて無言でほほ笑んだ。それにつられておれも思わず笑みをかえすが、この状況は意外と神経をすり減らす。


 安易にモヘナの願いを聞くべきではなかったか? と後悔しはじめていた。



     6



「私も、しのクンについて行ってよいですか?」


 モヘナがそう訊いてきたのは、おれが朝の支度をしている時だった。


「ついてくるって、高校へ? ……そりゃかまわないけど、体調は大丈夫?」


「ええ、もうすっかり」


 熱は完全に下がったようだが、体力の方はどうなのだろう?


「昨日も少しお庭を歩きましたが、思ったほど疲れませんでした」


 ひとりで家にいることが退屈になったのだろう。それなりに気力体力の充実してきた証拠だと思うが、すっかりよくなったとは云いがたい。


「でも人前だと、あんまりモヘナにかまってあげられないし、高校なんて退屈だよ?」


「……ダメですか? 決してお邪魔はいたしませんから」


 いやいや、モヘナさん。あなたレベルの超絶美少女にすがる瞳で見つめられたら、大抵の男子はなんでも云うこと聞いちゃいますって。


 おれが大金持ちだったら、思わず高級外車とかマンションとかホイホイ貢いでしまうぞ。


「……外を出歩いて魔族に見つかる可能性は?」


 小金持ちですらないおれは平静をよそおって訊ねた。


「着ている服に結界をほどこせば大丈夫です」


 正直なところ、おれもモヘナを目のとどかないところでひとりにしているよりは、近くにいてもらえる方が安心ではある。


 それに昨日、一刻でもモヘナのことを忘れていた自分にうしろめたさをおぼえていた。この世界でモヘナにかまってやれるのは、おれだけだと云うのに。


 ……そんなわけで、おれはモヘナを高校へつれてきた。


 あらためて感じたのは、本当にみんなにはモヘナの姿が見えていないことだ。みんなはおれのとなりにいるモヘナを無意識に避けながら、おれへ話しかけてきた。


 おれからはモヘナごしでみんなの姿が見えにくかったりするので、イササカ挙動不審になる。


 一応、モヘナには高校について話をしておいたのだが、サッカー部の部(更衣)室にまで入ってこようとしたので、周りへ気づかれないようモヘナを追い出すのに要らぬ苦労をした。


 ある意味、外国人旅行者のモヘナにとって高校や部活は新鮮だったらしい。すぐに退屈するかと思っていたのだが、きょろきょろと好奇に満ちた碧眼(へきがん)をおちこちへ向けていた。


 それでも、モヘナにおれたちの授業が退屈になることは自明だったので、おれのスマートフォンをあずけておいた。こいつがあればモヘナの無聊(ぶりょう)をなぐさめることができる。


 はじめはモヘナも熱心に授業を聞いていた。人間界の高校1年生の授業がどれほどのレベルか見定めていたのだろう。


 1限目の数学の小テストの時は、おれの回答用紙をのぞきこんで、まちがいを指摘してくれた。さすがは〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉。教養も豊かであるらしい。


 モヘナはうしろのロッカーに腰かけたり、おれの横、すなわち窓側の通路に座りこんでいた(薄手のクッションや室内履きのスリッパを持参してある)。


 2限目の英語、3限目の現国には興味を示さなかった。魔族には生まれつきあらゆる言語を理解できる能力があるらしい。ちゃきちゃきの「I can't speak English」であるおれにはうらやましいかぎりだ。


 クラスの雰囲気に慣れると、モヘナは教室を歩きまわったりした。透明人間気分を楽しんでいるらしい。数日前までだれの目にもとまらないことを寂しがっていたくせに、元気と云うか現金と云うか。


 みんなには見えないとわかっていても、おれには見えるのだからどうにも落ちつかない。霊感が強くてユーレイが見える人とかは、日々こんな気分を味わっているのだろうな、と思う。


 そのうち教室を歩きまわることにも飽きたモヘナは、おれのかたわらへ腰を下ろし、スマートフォンで動物図鑑をながめていると云うわけだ。

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