第二章 謎のブードゥー少女 〈1〉
1
その日の午后は、モヘナを家中(主に台所中心)案内した。
明日からはおれも高校へ行くので(そういつまでも仮病で休んではいられない)昼間はモヘナひとりになる。食事は父さんたちのいない時間に摂ってもらわねばならない。
そんなわけで、電子レンジで冷凍食品をチンする方法とか、お湯を注ぐだけでできる即席メンの作り方をレクチャーした。
また、父さんたちにモヘナのことを気づかれないためにも、使った食器は洗って片づけてもらう必要があった。
実際に洗い物をしてみせると、モヘナはおれの一挙手一投足を食い入るように見つめながら云った。
「私とて〈冥土の巫女〉。この程度は数日でマスターしてみせます」
「父ちゃん、おれはやるぜ!」的なノリで、紺碧の瞳に闘志の炎をメラメラと燃えたたせていたが、この程度のことをマスターするのに数日も要されては困る。
大丈夫か〈冥土の巫女〉? 家事は苦手か〈冥土の巫女〉?
一通りの案内を済ませると、ベッドで静養してもらった。
「音楽でも聞く?」
おれはモヘナの無聊をなぐさめるべく提案した。
「デスメタルが聞きたいです。一応、魔族なので」
とか云われたら途方に暮れるところだが、
「ピアノ曲はありますか?」
とのこと。魔界にもアコースティックな楽器はあるらしい。
おれは自分から音楽を聞く趣味はないが、父さんがクラシック、母さんがジャズ愛好家なので、その手のCDは腐るほどある。
居間でTVがついていなくても、クラシックやジャズは常に流れているので「門前の小僧、習わぬ経を読む」のココロだ。
父さんたちのコレクションから、おとなしめのクラシックやジャズのCDを見つくろってかけると、モヘナは嬉しそうに聞いていた。
ミケランジェリの奏でるドビュッシーや、クラシックをジャズへアレンジしたスティーヴ・キューンが気に入ったらしい。
そして、グールドの名盤『ゴルトベルグ変奏曲(1981年版)』を聞きながら、モヘナは眠りに落ちた。作曲者のバッハもさぞ喜んでいることだろう。
2
夕食は宅配ピザで済ませた。午后11時すぎに、ようやく父さんたちが帰ってきた。
ドアホンが鳴り「玄関まで出てきてくれ」と云うので、いぶかしみつつ扉を開けると、喪服姿の父さんたちが立っていた。
「これを頼む」
父さんからわたされたのは5cmくらいの小さなパックだった。お清めの粗塩だ。父さんたちの身体へお清めの粗塩をかけると、ふたりは疲れたように玄関を上がった。
姿が見えないのをよいことに、モヘナもおれのあとについてきていた。このようすなら熱がぶりかえす心配はなさそうだ。
「……お葬式だったの?」
おれはお茶を煎れながら父さんへ訊ねた。
「いや。お通夜だよ」
「博物館の上司の息子さんご夫婦が、昨夜遅くに交通事故で亡くなったの」
母さんが補足する。
「かわいそうに。赤ちゃんが産まれたばかりでね。そのコをつれて実家、つまり高梨さんの家へ向かう途中、大型トラックに追突されて3人とも亡くされてしまったの」
高梨さんと云うのが父さんたちの上司であるらしい。
「赤ちゃん産まれたの、いつだったっけ? 8月29日?」
「27日よ」
ふりかえるとモヘナの表情が少し強ばっていた。
「あ、それじゃおれ、部屋へもどるね。ピザも少しのこってるけど、炊飯器にまだご飯あるし、一応、味噌汁作っといたから。小腹空いたら食べて」
おれの言葉にモヘナが早々と踵をかえす。
「ありがと、しのクン」
母さんの言葉をうけて、おれも居間をあとにした。部屋へもどるとモヘナがベッドでひざをかかえていた。
「……モヘナ?」
おれはモヘナの思いつめた瞳の意味がわからず問いかけた。
「……8月27日」
「……?」
「魔王ルシフェルさまがご逝去遊ばされた日です」
「ちょ、ちょっと、それって!?」
ドッチラ家の陰謀。賄用の魂精を手に入れるため、魔王ルシフェルの亡くなった日に産まれた赤子を皆殺しにすると云う乱暴きわまりない計画。
「そんな……偶然だろう?」
「かもしれません。しかし、そうでないかも」
「……あのさ、モヘナ。確証が得られない以上、むやみに思いつめてもしかたないよ」
「でも、万が一〈冥土の巫女〉が赤子たちの抹殺に動き出していたとしたら……」
大変なことだ。だからと云って今のおれたちになにができる?
モヘナは手傷を負ってロクに魔法も使えない魔族(しかも人間界ではおれにしか見えない)。おれは弱小サッカー部所属のレギュラーですらない平々凡々な高校1年生。
世界の危機はおろか町内の危機にすら対応できないであろう無力なふたり組だ。
「モヘナ、冷静になろう。まずは情報収集だ。本当に世界中で8月27日生まれの赤ちゃんが次々に亡くなっていたとしたらニュースにならないわけがない」
おれはスマートフォンでインターネットへアクセスすると最新ニュースをモヘナに見せた。
「これは瞬時に世界の情報とアクセスできる。でも、ここにはそんなニュース載ってない。て云うことは、偶然である可能性が高い」
「そうなのですか?」
……ウソだ。
「8月27日生 赤ちゃん 死亡事故 殺人事件」みたいなワードで検索すれば、それ関係の事件事故に関する情報を多少はひき出せるかもしれないが、前提条件が誤っていれば、的確な情報をひき出すことはできない。
それにこの数日間、世界中でたくさんの赤子が事故死していたとしても、誕生日が同じなんてコトに気づく人はいないはずだ(そもそも、事故死した赤子の誕生日なんていちいち調べたり発表したりしていないと思う)。
おれはあえてそう云うことをかくし、しらばっくれた。
「そうだよ。それに〈冥土の巫女〉だってマヌケの集まりじゃないんだろう? モヘナが魔界から失踪したことで、逆にドッチラ家の陰謀を疑う人だって出てきてるかもしれないじゃないか。仲間を信じることも大切だよ」
ま、おれはそのお仲間に殺されかけたんですけど。
「そうですね」
モヘナが力なくほほ笑んだ。納得はしていないが自分にそう信じさせようとしている表情だった。
「モヘナが今やるべきことは、しっかり体力を回復させることだよ。魔界へ帰った時、友だちに「ねえ、モヘナ。少し太った?」なんて云われるくらいじゃないと」
「フフ……こちらの食事はおいしいですものね。でも、太ったと云われるのはイヤです」
後半の口調はマジだったが、目が笑っていた。
「早く元気になって、ドッチラ家の野郎をふたりでぶっ飛ばしてやろうぜ。……それじゃ、おやすみ」
おれは部屋の電気を消すと、床に敷いた寝袋へもぐりこんだ。
「おやすみなさい」
モヘナの言葉が暗闇に溶けた。




