5-42 ユディーア対チリアット①
チリアットはマレブランケ構成員のひとりである。
トリシューラの配下としてはマラコーダやイツノに次ぐ古株で、己に向かって弧を描く独特の牙を持った牙猪氏族の猪人だ。
とある理由から魔将ダエモデクの軍勢から逃亡していた彼は、迷宮内部で逃げ隠れする日々を送っていた。そんな彼にトリシューラが手を差し伸べたことから、成り行きでガロアンディアン勢力に手を貸し続けることになった。全ては、彼が見捨てた黒き亜竜ダエモデクとガロアンディアンの因縁を知り、その未来に手を課すべきという使命感ゆえに。
そういうことになっている。
少なくとも、これまで彼について語られたストーリーをそのまま鵜呑みにするのであれば、チリアットという男は特に『白き亜竜の成れの果て』である名無しの王を守るための動機を強く持っていなくてはならないはずだ。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
自らの頭部へと向かう四本の捻れた牙は迫りくる死の具現だ。
二メートルを超えた長身。はちきれんばかりの筋肉。
マレブランケどころか第五階層でも有数の恵まれた体躯を前に臆さぬ者は真の勇者である。チリアットと相対して無事で済んだ者は第五階層には数えるほどしかいない。
彼の戦意はかつてないほどに高揚している。
背後に存在する病院には無辜の民、そして守り抜かねばならない名無しの王。
逃げるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。
「たすけ、誰か、誰かたすけて、来るな、来るなぁっ」
そんな屈強な男の前に立っているのは、ほっそりとしたシルエットの女だ。
異形であった。無数のキノコが首や関節から生えた人形とも生体ともつかない身体。
気配からして天眼の民、それか亜竜人か蜥蜴人。
一度きりの宣名は『ユディーア』だが、空虚な響きから張りぼてであることは明白。
チリアットは『下』の陣営に属していた魔将直属の戦士であり、かの勇士の本来の姿を知るひとりだ。こんなものが本物の四十四勇士であるはずもないと理解している。
それでも、チリアットは死を覚悟していた。
視界が赤く染まる。世界がゆっくりと減速していき、その中で相対する女だけが等速で動き続ける。その術理は知っていた。天眼の民が用いる奥義、三眼瞬知。
時を止め、神速を得るという恐るべきまじないである。
「うわあああああもうだめだああああああ」
自分の何倍ものスピードで動き続ける敵に勝てるはずがない。
このままではチリアットは一方的に攻撃を受けて死んでしまうだろう。
死ぬのは怖い。痛いのは怖い。負けるのは怖い。
恐ろしいものは、怖い。湾曲した牙の形をした未来は、常に彼の目の前にあった。
不可避の死が迫りくる。
もうどうしようもない。抗えない。直視することしかできない。
嫌だ嫌だ嫌だ、死を見つめ続けて頭がどうにかなり、やがて限界を迎えた精神が破綻して臨死に近い変性意識状態に移行、思考速度が現実の速度を超過して知覚が限界以上に拡大していく。チリアットは己の本質を思い出す。牙猪は、猪人氏族の少数種である。猪人の始祖は戦乙女ブルーティ。かつてアテンプルの大猪を討伐し、その血を取り込んだ紀神シャルマキヒュの眷属。すなわち彼の加護系統は天眼の民である。
静止時空を裂いて迫る必殺の短槍を、チリアットは紙一重で回避した。
鋭いカウンターの拳は神速をわずかに上回る神速。
強烈な打撃をまともに受けた女は吹き飛ばされてから数度バウンドして倒れ、即座にはね起きた。骨と内臓を破壊した感触があったが、女は平然としている。意識や生命の気配を感じない。人形の類なのだろうとあたりをつけて、チリアットは充血した目で赤い血管が張り付いた世界を捉え、敵との距離を見定めた。
臨死加速・三眼瞬知。
奇しくも同じ奥義で対抗したことにより、加速した時間の中で二人だけが動ける状態になっていた。通常、このような状況では加速倍率の差によって勝敗が決する。
だがチリアットの加速ロジックは正統な三眼瞬知のものとは異なり、死を遠ざけたいという渇望によって変質していた。
紀神シャルマキヒュのみならず、紀人ティーアードゥの加護が混ざった実験的な血統がもたらした呪的性質。
簡易浄界あるいは『シャルマキヒュの凍視』の呪術基盤によって制御されるべき静止時空の奥義は、しかし彼が扱えば死と冥府に連なる外法として正道を欺く。
チリアットの三眼瞬知は死が間近に迫るほど加速していき、どんなに格上の相手であろうと攻撃が命中する直前には必ず加速倍率で凌駕できるという特性を持っていた。
異能が正常に発動している限り、絶対に紙一重で攻撃を回避できる。
それがチリアットの特性であり、隠し持っていた真の切り札だった。
無論、万能の力などではない。
呪術の強化手段として、供儀がよく知られている。
代償による呪術の強化。その代表例が寿命の消費だ。
彼は死から遠ざかる代償として、己の命を削っていた。
自らの天寿を200巡節(100年分)と仮定し、使用のたびに寿命が短くなっていく。この寿命を消費しても生命力の減衰や老化などが伴うことはない。『天寿値』として設定した寿命年齢が現在の年齢を下回った瞬間に自動的に自らを生贄に捧げるという呪縛であり、現時点では個人的に設定した数字を操作しているだけに過ぎない。しかし紀人ティーアードゥとの誓約によって呪術の精度を高めているため、記憶の改竄や天寿値の忘却は無意味。
紀人ティーアードゥは罰則を司る新しき神だ。
現在ではほとんど権威を失ってはいるが、眷属であるチリアットが願えば『戒律』や『供儀』といったルールに呪術的な強度を与えることが可能である。
つまり天寿値を使いきれば呪的詐術を用いる余地などなく死ぬ。転生が可能かどうかは試してみるまで断言はできないが、機械女王の言によれば『勢いのある新米紀人が落ちぶれた古株紀人の法則を打ち破れるかどうかは微妙な線』らしい。ちなみに転生に成功した場合、ティーアードゥの罰則が権威を完全に失うためチリアットは二度と『供儀』による呪術の強化が行えなくなる。
現在、チリアットの天寿値は72歳。
42歳であるチリアットに残された天寿値は30歳ぶんとなる。
その数値が、先ほどの回避で29歳になったことを感じたチリアットは「ひゅっ」と息を吸い込んだ。一瞬の回避であったため、圧縮した生命は一か月ほどのはず。恐らく正確には29年に加えて十一か月の猶予があるはずだが、ついにここまで来てしまった。
「うおおおお死にたくない~! ウィッチオーダー十六番・ディシルキュトス!」
泣き言を叫びつつも頭は冷静に戦闘を続行していた。
右腕は黒鉄と融け合うような黒鱗。回収された魔将ダエモデクの細胞を利用した寄生異獣。生物と人工物が融合した漆黒の義肢が、『創造』を重ねることで新たな形態に生まれ変わる。
現れたのは鋭く巨大な鉤爪を備えた、右腕を覆い尽くす巨大な装甲だ。
腐食の『吐息』を内包し、黒い亜竜を象った手甲が低い唸り声を発する。
参照するのは塔の姉妹ディシルキュトス。『ババロアの魔女』という異名で知られるガロアンディアンの庇護者。紀竜信仰と一体化した地母神の顔を持つ、強大な巨竜騎士だ。
チリアットを凌駕する速度で偽ユディーアが疾走し、異質な三眼瞬知同士が激突する。
加速合戦を制したのは、命数を削りながら義肢を振り回す牙猪だった。
敵は虚ろな人形に過ぎない。行ける、これなら勝てる。
チリアットが手応えを感じてほっと息を吐いたその時だった。
「はい確保。せめて一枠だけでもと思ったけど、何とかなったわね」
くるりと身体が仰向けにひっくり返る。
突然の異常事態。突如として足裏に出現した何かによって転倒しているのだと気付いた時には何もかもが遅かった。
宙に浮かぶバナナの皮、翻る銀髪ツインテール、漆黒のワンピースに蝶のような腰のリボン。細い指先が糸を手繰るように動くと、連動して偽ユディーアが飛び掛かり、チリアットの四肢を常軌を逸した膂力で押さえつけた。
加速した時間の中で動けるのは、彼女もまた奥義を会得した天眼の民であるからだろう。
否、厳密には傑出した天眼の民を依り代としているからと言うべきか。
マレブランケの一員として、その名前は知っていた。
シナモリアキラが激しく敵視する盗賊王ゼド、あるいは暗殺者アダス。
その別人格とされている女がレナリア・V・オルガナ。
思惑の計り知れない紀人の暗殺者だ。
先ほどちびシューラ経由でもたらされた情報によれば、この女はティリビナ人勢力の介入によって撤退していたはず。どこかに潜んで機を窺っていたのだろう。
「わかるよね? いま、この『ユディーア』は私の制御下に置かれている。流石に私たちを二人同時に相手にするのはきついでしょ?
「何が目的だ」
「そんなに睨まないで。私だって不本意なの。あなたなんて趣味じゃないし。ただ、上の意向には従っといた方がいいでしょう? 欲しいのはティーアードゥの器。格はちょっと足りないけど、まあ強引な降霊でも間に合わせの戦力にはなるでしょう」
背後関係は不明だが、チリアットというよりもその魂に紐づいた紀人の加護を欲していることは理解できた。このままでは危険だと理解して全身に力を込めるが、身動きがとれない。単純な指示しか与えられていなかった偽ユディーアは闇雲に攻撃をするだけだったが、いまはレナリアが直に糸で操作していた。殺害ではなく捕縛を明確な目的として行動された場合、チリアットの加速倍率は著しく低下してしまう。
弱々しく呻く男を嗜虐的に見下ろすレナリアだったが、その額に皺が寄る。
小さな舌打ちと共に、病院側の玄関を睨みつけて言った。
「しつこい女は嫌われると思うけど?」
「こっちの台詞だよ。さっさと帰って」
現れたのは一人の少女だった。
すらりと伸びた四肢、片角を想起させる髪房、眠たげな垂れ目。
チリアットは息を呑む。
『本物』がそこにいた。
状況は悪い。エレクトラは即座に三眼瞬知を起動した。
世界が自分を中心に灰色に染まっていくが、色彩の変容は中途で静止している。
彩度を変えた風景写真を半分ずつ切り取って、繋ぎ合わせたようだった。
異なる世界観が互いに拮抗し、鬩ぎ合っているのだ。
エレクトラの周囲は灰色で、それを妨げるレナリアの世界は黒ずんだモノクロに朱色の燐光が舞う幻惑的なもの。抑え込まれた猪人らしき男の周囲は赤みがかっているが、彼を拘束している偽ユディーアの真っ赤な世界によって潰されそうになっている。
ふと、妙な既視感。三眼瞬知を使う『下』の住人を久々に見たからかもしれない。
「個々の加速ロジックに由来する世界色の違い。詳細な性質が把握できれば呪文による妨害が可能になるかもしれません。推測できますか?」
「表情は良く見えないけど、イノシシの人は興奮してるし『血走った目に映る視界』から連想した生と死の呪力リソースじゃない? レナリアは極東の人だし彩域の複合型だと思うけど詳細は不明。あたしの偽物は何か赤いね。ほとんど自動人形のくせになにあれ?」
「自動機械の類なら赤方偏移じゃないですか。残留してるあなたの呪術基盤をなぞっているだけの劣化版でしょうから、突き崩すならあそこからですね」
「せきほーへんいってなに?」
「光のドップラー効果のことです。いや、術者の視界が赤くなるのはともかく、周囲がその主観を反映して赤くなるのは明らかに逆、というか全てがおかしいので、あくまでも簡易浄界の基本骨子にそういう世界観を設定しているだけなんですけどね」
「よくわかんないけど対抗呪文よろしくね?」
「適当にぶん投げるなら訊くな!」
脳内のちびメートリアンとぎゃいぎゃい言い争いながらレナリア目掛けて疾走し、『狂乱爪』の三色呪縛を爪に宿して近接戦闘を挑む。
と見せかけて呪縛を投射型に切り替えて両者の中間地点で拡散。
牽制しながら制限していた加速倍率を引き上げて偽ユディーアの虚を突いて接近、『剥落の鉤爪』を起動して一閃。
加速戦における単純な駆け引きに対応できない自動人形は一撃で敗北。
瞬きひとつぶんの時間で使い魔は破壊されていた。
価値が剥がれ落ちた残骸は粗悪な贋金となって飛散し、たったひとつの『ユディーア』という宣名価値が銀貨となってエレクトラの手に収まる。
ユディーア=エレクトラは一時的に増大した呪力を瞬時に宣名に変換して解き放つ。
音速を超えた『ユディーア』という宣名が大気を振るわせてレナリアに到達するよりも先に『己の中の自己への確信』だけを抽出・加速して宣名圧を発生させた。
通常ならあり得ない『音よりも速い宣名』が成立し、通常の音速宣名と時間差で二重の宣名が矢のように突き進んでいく。
敵の対応は間に合っていない。正体不明の領域の性質はまだ解析不可能。
宣名圧による牽制に身を隠しながら鬩ぎ合う掌握時空の境界部をあえて一部だけ引き込み、敵の制御圏をかき乱す。やれることを片端から試して相手を揺さぶるのが狙いだ。
レナリアは紀人、本来なら遥かに格上の相手。だがここで臆せば道は途切れる。
超過駆動状態の天眼が把握する領域を変形させながら制御時空の『環』に灰神を収束させたトラップを設置。『凍視の槍』のバリエーションに加速詠唱を追加した『殺戮』を重ねて投擲、自分よりも遥かに遅い投槍を追い越しながら背中に隠してレナリアに再び突っ込む。
『朽ち名環』、『波打ち』、『遅れ秒針』、『速唱』、『灰の引き際』。
敵は同じ時空制御能力者。可能な限りの手を尽くしてその攻め手を封殺する。
三眼瞬知は天眼を極めた者が辿り着く奥義だが、古い技術ゆえに無数の試行錯誤と研鑽がその奥行きを作り出している。
三眼瞬知の使い手たちと競い合い、磨き上げた技の数々。
母の視線という呪いに突き動かされた強迫的な勝利への執念。
博物城の先達や同期たちの中でもキニスが最も勝たねばならなかった相手。
「キニス様、あなたには残念ながら飛びぬけた異才はございません」
女装男ほどの巧みさはなく、蛇女ほどの支配強度もなく、梟翁や水妖精のような特異な才は持ち合わせていない。だがかつての指導教官であった猪人はこう言ってくれた。
「『広く浅い三眼瞬知』に突出した強みはない。しかし、多くの技を吸収し、ものにする覚えの良さだけは誰よりも秀でていると言えるでしょう。あなたはお母上のように一族を更新する偉業を目指すのではなく、むしろその逆を目指すといい。歴代の勇士ユディーアたちという過去の記録を順番に辿り、その全てを丁寧に学ぶのです。あなたの過去視は、きっとそのような『学び』に役立てるための力ではないでしょうか」
娘に相応しい指導者ではないと判断した母親によってすぐに担当教官を変えられてしまったが、幼いキニスはこちらの心を先読みして全て暴き立てる嫌な女よりも穏やかなおじさん先生の方がずっと好きだった。彼の言葉は不思議と今でも残っている。
潤沢な手札。選択肢の多さ。そのアドバンテージを最大限に活かして打ち勝つ。
覚悟を決めた亜竜人の神速の踏み込みを、朱色の蝶を引き連れた女が迎え撃った。
そして、呆気なくレナリアは敗北した。
瞬殺。即死、からの価値剥落。
静止時空の中で飛散した血肉と歪な形の贋金が空中に留まり花のように咲いていた。
ぞわりと背筋を走る悪寒。同居人に向かって叫ぶ。
「メートリアン、呪詛診断! 怨念型呪詛を狙った無気力試合かも!」
「もうやってます! ルーウィスパ型、ラヴァエヤナ型どちらでも異常アリ! 最低、もう展開されてる!」
物理世界における戦闘はあまりにも呆気ない幕切れを迎えたが、アストラル空間における攻防に状況が切り替わっていた。
「はーい、ちびレナリアちゃんでーす! 突然だけど今日からあなたの同居人よ、ユディーアちゃんよっろしくー♪」
「喰らい尽くせ、『闇の静謐』!」
ユディーア=エレクトラの精神世界をモデル化した仮想空間でカラス型アバターが幾何学的な節足の仮想使い魔を構築、現れたマルウェアに攻撃を加える。
「えっ、なにこれちょっと手強、ちょっと待って待って待ってこういう攻め方には弱いと思ってたのに痛い痛い食べちゃダメだって、はい降参、降参でーす!!」
そして精神世界における戦闘は更にあっさりと終わった。
敵がこちらを侮り過ぎていたのか、メートリアンが優秀だったのか、これもまた茶番なのか、判断に困ったユディーアはとりあえず静止時空を解除しつつ周辺を天眼で索敵。物理世界を警戒しつつ精神世界での対処をメートリアンに任せた。
「本気で敵対したって思った? 全部うそでーす! ごめんね、ちょっとしがらみがあって仕方なくやらされてただけで、ほんとは心苦しかったの、信じて!」
「メートリアン、こいつレース参加のために利用してたけど今となっては用済みだから。適当に処理しといていいよ」
「わかりました。使い魔の餌でいいですよね」
「ところで物は相談なんだけど、私たちに協力しない? 『槍の民』は参加費無料! ハグレスの加護やフルグント神格も獲得できちゃうお得な、待って消去やめて私は本体じゃなくて端末だから情報引き出すために捕縛して尋問したほうがお得だと思う痛い痛い痛い!」
使い魔に圧し掛かられて悲鳴を上げるちびレナリアを警戒したまま、ユディーアは本来の目的である要救助者ことチリアットに近づいた。
エレクトラとしての自認を続けてきたため、わずかな違和感が残る。
戦闘中の牽制と自己強化のためにユディーアとして宣名してしまったことで、意識が自動的に切り替わったようだ。口の中で「私はユディーア」と小さく呟いて肉体と馴染ませつつ猪人に話しかける。見た目からして『下』の出身だ。勇士の名は信頼の足掛かりになるかもしれない。そんなことを考えていたから、相手からの呼びかけは不意打ちに近かった。
「もしや、キニス様。いや、ユディーア様ですかな?」
警戒。何故この猪人はこちらの名を、それもよりにもよって博物城での最初の名前を知っている? 疑念と共に異形の義肢を持った牙猪氏族の巨漢を凝視していると、遠い記憶が徐々に蘇り始めた。同じ天眼の民であっても、氏族が異なれば顔の区別は容易ではない。まして猪人の外見は特に特定が難しいとされている。
だが、その鬼気迫る恐怖と逃避の赤い世界と血走った目、大きなおじさんが情けなくてちょっと可哀想だなあ、という感覚には覚えがあった。
遠い記憶。キニスとしての思い出。
博物城には父親よりも情けない男はいなかったけれど、それに近い雰囲気の人はいないわけでもなかった。もうずっと会っていないけれど、彼の名前はもしかすると。
「アテンプレク先生?」
アテンプレク・ディスケイム。
マレブランケ構成員のひとりチリアットは、キニス・ペラティアと同じ博物城の出身であり、ディスケイム家の血統作品である。




