5-21 『転活体験アプリ・ウィズメモリーbeta』①
最悪、最低、もう嫌だ。
死んだような気分で視線を彷徨わせる。地下への入り口である塔の中、大階段の付近には地下アイドルや新冥府に関連した広告幻像が浮かんでは消えていく。
ライブバトル、コーデクラフトイベント、舞葬会、サイバーダンス道場、カラオケ八卦、冷凍睡眠マッチングサービス、生前葬パーティ、転生アプリ。
胡散臭くて軽薄な文字列、いかにもな『第五階層らしさ』が陰鬱な日常からの救いを呼びかけてくる。空虚な気晴らしでしかないとわかってはいるけれど。
『今からでも間に合う転生があるって本当ですか?』
どう見ても人生が終わってそうな悲惨な状況の人々が映し出され、そこに現れる機械女王、という胡散臭い広告幻像を眺めていると全てがどうでもよくなってきた。
なんかもう、生まれ変わりたい。
来訪者の秩序血統とか戦乙女の血族とか亜竜王の末裔とか紀竜神殿の霊媒とかその他諸々の因縁と関係ない一般家庭で平和に暮らせればそれでいい。
広告に踊る文字列はひどく蠱惑的で、ユディーアの心をざわつかせる。
『新冥府オープン記念! 転生活動しませんか? 転活体験アプリ『ウィズメモリー』のオープンベータテスト開始! テスト参加で貯まる転活ポイントは祝祭期間中、全ての登録店舗でご利用できます。今ならサイバーカラテ道場のプライム会員お試し期間が一巡節に! 詳しくはお助けシューラまで!』
甘い誘惑だった。ちょっとだけなら。全て投げ出すわけじゃない。メンタルケアの一環だから。みんなやってるならそんなにいかがわしいものじゃないでしょ?
思考がたるんでいる。母に見抜かれれば叱責され、城主アゥルメイアに弱音を吐けば休息を与えられたあと遅れを取り戻すべく三倍の鍛錬を課されるだろう。
『転生なんて碌なものじゃない』と博物城の前世持ちたちは言っていた。
炎猫の姉妹も、全能の人間も、悪趣味な悪夢も。恐るべき資質を持った博物城の先達たちがキニスに負けず劣らず苦しみ、打ちのめされ、前世の業に恐怖する姿を間近で見てきた。それを知っていても思ってしまう。もしもの自分。異なる可能性。人生が違っていたら。
(クドラカーンやツァルヴリスにこんなこと言ったらまた軽蔑されるんだろうな)
セインディアの博物城が育んだキュレーター、アート、アーカイブ。
あまたの神秘を受け継ぐ者として、ユディーアは今を生きなければならない。
母にはそう教えられた。だからもう、諦めるしかないのだ。
『聞こえているかな? 今、同胞を中継点にして『心話』を繋げている』
現実逃避の時間が終わった。前を見据える。
状況は最悪だ。エストとアズーリアはどれだけスーリウムが頼りになる存在だったかを熱弁しており、その凄まじい戦いぶりを念写していた記録幻像で見せてくれていた。
目にも留まらぬ幾本もの茨の鞭、次々と破壊される巨大な石像、絶叫する双頭の岩肌種。何故かアズーリアたちを強襲したノゴルオゴルオがスーリウムによって撃退されたのだ。画面の中でスーリウムがこちらを見て微笑む。
(相討ちになってくれれば良かったのに)
泥を喉に流し込まれたほうがまだマシに思えてくるような精神状態のまま、ユディーアはスーリウムの勇姿に感動してみせた。わー、すごぉい、悪いトロルをやっつけてくれてありがとうございますー。一応、本心からの言葉である。
『友人と楽しい会話を続けながらで構わないから、私の言葉を聞いて欲しい』
白々しく謙遜して見せるスーリウム。『心話』の使用などおくびにも出さない。
ユディーアがそれとなく周囲を探ると、冥府への大階段の近くに『中継点』らしき人影を見つけた。幽霊のような存在感のティリビナ人の女だ。銀のフードを目深に被った俯きがちの痩身で、白いローブと先端を花で飾った錫杖は少しエストのものと似ている。
他のティリビナ同胞団の構成員とは毛色が違って見える。そして恐ろしく強い。『使い魔』に特化した召喚士であるロードデンドロンとは身に纏うオーラに歴然たる差があった。
その上で最も目を惹くのは従えている使い魔だった。女呪術師の足元には小さなキノコ人たちが控えており、ペットがつけるような拘束環が傘の下あたりに嵌められている。
ユディーアは直前の一幕を思い出した。
ハデス率いる『十戒』の襲撃は明らかにロードデンドロンを英雄に仕立て上げるための演出だ。強力な精神加工には何らかの秘密がある。
ティリビナ人の呪術は自然を対象とするものが基本だから、『人を操る』ことは専門外なのだが、キノコ人たちの寄生呪術なら話は別だ。
『白いお友達のおかげでよーく聞こえてるよ。用事があるなら手短にして欲しいんだけど。仲間との大事な話に集中したいからさ』
動揺を抑え込みつつ、『過去視』の銀貨を渡してあるレナリアの配下たちに現場の調査を依頼。精神加工だけでなく菌糸による寄生の可能性を念頭に置くように補足。
引き続きロードデンドロンとティリビナ同胞団に対する監視は継続、数名を張り付かせるのと同時にジュティアとミナを接触させて『因縁』を作っておく。テキストベース・サーキットにおいてはこうした事前の準備も重要だ。あちらも乗ってくるだろう。
『要求は』
『仲良くしようじゃないか』
立体幻像の中でノゴルオゴルオの頭部が粉砕される。
隻頭になったトロルが部下を盾にして茨の鞭からの逃走を試みている。これは既に起きてしまったことだ。ユディーアの置かれている状況は変化を続けている。
『そろそろディスケイムから連絡が来る時間ではないかな。確認するといい』
未来を見透かしたようなスーリウムの言葉通り、ニアホンが振動。知らないアドレス。事前の取り決め通り、アロイ=ワリバーヤを経由した『上の故郷として設定しているヘレゼクシュの田舎町』から送られてきている。唐突なメッセージは情勢の変化を受けたものだろう。ノゴルオゴルオはスーリウムに敗北したのだ。
『なんでもお見通し?』
『その通り。私は時間樹に手を伸ばし、未来と並行史を掌握できる』
スーリウムに応答しながらメッセージを確認。妙なことに気づく。
ディスケイムからの緊急連絡が届いたのは普段使いの連絡先ではない。
『メイファーラ』が使用しているアバター、『目玉』に宛てられたメッセージだった。
地上での活動に紐づいた名前で、扱いとしてはほぼメイファーラとイコール。
上の人間としての実態づくりの一環であり、アズーリアを監視するための仮の姿でしかなかった疑似アストラル体。既に『チョコレートリリー』の定期的な集まりでしか使っていなかったアバターだが、ここ最近はそれぞれが忙しかったせいで完全な放置状態だ。
通話状態を維持しながらもうひとつの幻像窓を脇に立ち上げる。
『みんなで遊びに行くからよろしく。おばーちゃんが心配してたから、お祭りが終わったら実家に帰っておいで。おじさんのとこに集合する予定だから、時間あったら会おうね』
何の変哲もない、田舎からお祭りに遊びに来た友人からの連絡。不審な点は皆無だ。何だったら誰かに見せても構わないほど。メッセージも『そのままの意味』でしかない。
だからこそ、単純な事実が恐ろしい。
実家から、『みんな』がやってくる。
「わぁお」
思わず漏れ出た声は震えていた。アズーリアたちにはそのまま伝えて誤魔化す。
遊びに来る。おばーちゃん。お祭りが終わったら。おじさんのとこ。
聞いていた話と違う。いくらなんでも早すぎる。
ディスケイムは祝祭の終わりまで戦力を温存するつもりだったはずだ。
『状況は流動的ということだ、ユディーア。ノゴルオゴルオは私が殺した。奴の切り札、ジャンザビオン最強の深淵十一闘将や洞穴貯蔵庫の呪鉱七血統は全て私の養分だ』
瀕死のノゴルオゴルオは片方の頭だけでスーリウムの猛攻を防ぎ、凄まじい形相でエストに掴みかかろうとしていたが、当然のように失敗。残る頭も打ち砕かれ、茨の奔流に飲み込まれていく。『生命吸収』によって骨も残さず喰い尽くされた。
ノゴルオゴルオがどのような腹積もりで動いていたのかは不明だが、恐るべきディスケイムの長老は確かに死んでいた。
アズーリアたちが語るようにライラ・ラプスも敗れ去った以上、第五階層の救世主を巡る争いはスーリウムとティリビナ同胞団が主導権を握ったことになる。
アルティウスがクナータを確保しているとはいえ、スーリウムの独走状態は揺るがない。
『私の勝利は確実だが、それでも可能な限り同胞たちの犠牲を最小に留めたいというのが本音だ。そこで君に提案がある』
スーリウムに笑顔を向けて、友人を救ってもらったことへの感謝を口にする。
『脅迫の間違いじゃないの?』
『交渉だよ。私も色々と忙しくてね。この状況でディスケイムとの全面対決は避けたい』
スーリウムはティリビナ同胞団が融和的な組織へと変化を遂げようとしていること、そのきっかけはエストが『街路樹の民』を守ろうとした行動であること、リーダーのロードデンドロンが熱心な彼女のファンであることなどを語った。全面的な協力の申し出にエストはひどく感激している様子で、アズーリアも『Spear』の歌をちょっと褒められただけで即座に警戒を解いていた。鹿鍋にしてやろうかと思いつつ表向き喜んで見せる。
『あたしを使ってディスケイムと交渉って、ノゴルオゴルオを倒しておいてそれは無茶じゃないかと思うんだけど』
『ところがそうでもない。階層外に待機している『キュレーター』たちと話してみた限りでは、独善的なノゴルオゴルオが長老の地位に居座っていることを目障りに思う者は多いようだった。特にディスケイム最大の人材育成機関である博物城の幹部たちは次代の長老候補だ。空席ができることを歓迎する者は多い。博物城とは手を組む余地がある』
恐らく、時空を操作する呪術で何度か試したのだろう。
この時間軸ではまだ起きていないのだろうが、『分岐』を把握できるスーリウムには絶対的な情報のアドバンテージが存在する。単線的な占術に対抗するために『揺らぎ』を引き起こして裏をかこうとしても、元から無数のパターンを網羅し続けているスーリウムの対応力をもってすればさしたる脅威にはなり得ない。
『ディスケイムの長老ノゴルオゴルオは手駒であるアルティウスをこの地の王に据えようとしている。別の長老であるアゥルメイアの『アート』である君はその予備だ。そこで我々が君を王にすると言ったら、アゥルメイアはどうするかな。あるいは、他の長老たちではなく博物城に我々の『アルラウネ断章』を『アーカイブ』として寄贈すると言ったら?』
ディスケイム家にとって破格の条件。とりわけ博物城が最も欲しいものをスーリウムは正確に理解している。だからこそ動機が理解できない。
『ノゴルオゴルオとアルティウスは許容できなくて、アゥルメイア様とあたしなら許容できる理由ってなに? ティリビナ同胞団はもっと過激で自民族だけのために動く組織だと思ってたけど、このところの急な方向転換はどういう理由?』
まさか本当にエストの行動に感銘を受けたというわけでもないだろう。
ハルベルトの理想や歌に感動して争いを止めてくれるという筋書きは美しいが、それは『きれいな夢物語』でしかない。その虚構を現実に変える大儀式、黒血呪による『現在』のライブを行ってもいないうちにそんなことを言い出す奴は何か企んでいるに決まっている。
『それに関しては私と言うよりも私の友人の希望だと言うべきかな。私としては、彼の望みを最大限かなえてやりたいというだけさ。それが私の同胞たちの利益にもつながる』
終始和やかな空気のまま、仲間たちとの通話が終わる。
こちらからの連絡事項はいつも通りに嘘塗れ。『智神の盾』としての任務である第五階層での事前調査は順調。修道騎士メイファーラは元気にやっています。それじゃあまたね。
スーリウムという頼もしい味方に安心しきった表情を見せて通話を終了する。
「で? 『友人』って誰の事?」
『これから紹介する。少し待ちたまえ。エリカ、菌輪門の準備は?』
「既に整っています、スーリウム様。お呼びしても?」
『丁重に頼むよ』
『心話』による問いかけに応じた声は思いのほか近かった。
気配もなくユディーアの傍らに接近していた銀フードのティリビナ人女性が、人目につかない建物と建物の間へと先導する。区画を巡回する猫科魔獣たちの目から逃れるようにして南下して都市の中央へと移動。遠くに商工連合会の施設や『公社』関係のビルディングが見える。確かあの付近には公営住宅や救貧院などが集まっており、一番最初にティリビナ人居住区が作られた場所のはずだ。
「アウェーって感じ。こわいよー」
「存外に、軽口の多い方ですね。それは『塔』仕込みの呪文戦の手管ですか」
「違うよー。単にてきとーなだけ。今だって流されてるでしょ? どうせなるようにしかならないから、適度に脱力して疲れないようにしてるの。ところで綺麗な白神だね。白星都市で修行でもした?」
「いえ、ザドーナです」
軽く探る素振りでからかうつもりが思わぬ答えを返されて言葉に詰まる。
銀色のフードが揺れて、ユディーアから視線が逸れた。
「貴方が、もし諦めているのなら」
ティリビナ人が何かを言いかけてためらい、黙り込む。
確かツツジと呼ばれていたが、ロードデンドロンのような赤紫系統のイメージからは遠い。白いツツジもあったような気がするが、女が身に纏う色彩は白よりも透き通った銀に近い。幽霊のような不気味さは底知れない呪力を感じさせる。
ロードデンドロンといい、ティリビナ同胞団は予想していたよりも層が厚い。
スーリウムの絶対的な強さに気を取られがちだが、ひとつの文明圏を背負って戦おうという集団が弱いはずもない。よく知られていない『未開の部族』という偏見は愚かな油断だ。気を引き締めなければならない。
「余計なお世話かもしれませんが、そういった軽薄な態度は相手によっては不快感を与えることがあります。場合に応じた使い分けが必要なこともあるかと」
「それは、どうも。ご忠告痛み入ります?」
その割にはさほど不快感を覚えているようには見えない。あくまでも一般論、ということなのだろうが、どうにも掴みどころのない人物だった。
「あの、念のため。これから紹介する人物は、非常に古いタイプの正統な騎士です。付け加えて言うなら、貴方の出自を非常に重要視しておられます」
「はーい」
言わんとするところはなんとなくわかったのでなげやりに返事をしてみた。白フードの内側で呆れたような気配を感じたが、女はそれ以上何も言うことなく先導を続ける。
やがて一軒のこぢんまりとした長方形の建物に到着した。どうやら呪術医院の一種のようだが、いるのは樹木医と植物、そしてティリビナ人だけのようだ。
軒先には目立つようにツツジの花が飾られている。おそらくティリビナ同胞団の拠点のひとつなのだろう。奥まった一室に連れてこられたユディーアの目の前で、白フードの女は使い魔であるキノコ人たちを円を描くように並ばせた。
「お嬢様、準備できましたー」「できたできた」「がんばります、ご期待あれ!」
「いい子ね、私の可愛いしもべたち」
キノコ人たちは何らかの呪術儀式を行おうとしている。ユディーアは黒百合宮の記憶を引っ張り出した。確か、アヴロノたちが『妖精の輪』、ジヌイービたちが『蛙の腰かけ』と呼ぶ古いまじない。次元を歪めて異界の門を開くという禁術のひとつ。
「開門。来たれ」
銀フードの女が杖を振るうと黄緑色の稲妻が宙を走った。
閃光がキノコ人たちを焼き、命が散っていく。
迸る魂のエネルギーが円形の門を形成し、空間を歪めていった。
「ぎっ」「ありっ」「感謝、感謝!」「おじょうさま万歳!」「顕花様万歳!」
死を快楽として享受し、生贄として消費される栄誉に感謝するキノコ人たち。
ティリビナ同胞団の当たり前の価値観を目の当たりにしても、ユディーアは『そんなものか』としか思わない。そういうこともあるだろう。だからこそ、ティリビナ同胞団は『下』の文明圏に馴染むことができなかった。
(エストならきっと否定するはずだけど)
全てのティリビナ人がスーリウムやティリビナ同胞団のような者たちばかりではない。
それは救いだったが、目の前の救いようのない現実は変えようがない。
本当に、彼らと融和などということができるのだろうか。
『呪文の座』がどれだけ困難な目標を掲げているのかを改めて思い知らされると共に、自分のような存在にティリビナ人の所業を非難する資格などないと自嘲する。
どうせ、ここから現れる誰かもろくでもない相手なのだろう。
最初から期待はしない。ここのところ最悪な展開続きだ。
どうにでもなれ。どうせなら戦争になりかねないような災厄の種でも来ればいい。
そんな思考を運命竜に見透かされていたのだろうか。
次元を穿つようにして現れたのは、特大の劇物だった。
「本当に、機械女王に感付かれぬまま中央に召喚されるとは」
どこか艶のあるハスキーな声だった。
キノコ人たちの死骸の中央に現れ、膝をついていたのは中性的な麗人だ。
緑色の髪とすみれ色の瞳、緑亜竜の紋章が描かれたローブ、袖口からは剣じみた葉。
顔立ちこそティリビナの巫女であるエストによく似て美しかったが、長身でやや男性的な体格が性別の判断を難しくしている。常人の性差を超越した光妖精のような佇まいだ。
ティリビナ人は跪いたままユディーアを認め、すぐさま名乗った。
「私の名はハタラドゥール・タラドカン・デ・ラ。ガロアンディアンを守護する緑竜騎士団の長にして樹木人たちの調停役を任されていた者です」
流石に思考が停止する。
ユディーアは当然その名前を知っている。歴史的に名高いというのもあるが、現在の第五階層を取り巻く状況の中で覚えておかなければならない名前だったからだ。
「そして現在はアルト・イヴニル王が統治する第六階層・ラフディ王国の将のひとりでもあります。いえ、『あった』と過去形で語るべきでしょうな。あなたというペラティアの正統なる末裔が現れた今となっては」
「いやいやいや、ちょっと待って」
「戸惑われるのも無理はありません。しかしユディーア様、どうか聞いていただきたい。徳を失った暴君、名を騙る人形、いずれも私が主君と仰いだ竜王国の英雄ではないのです。ならば私は未来の可能性に賭けてみたい」
熱っぽい視線。火傷しそうなほど切実で真摯な訴え。
ハタラドゥールがユディーアに向けるまなざしは『きらきら』していた。
「えーと、未来の可能性っていうのは」
「あのスーリウム様が認めた正統なる後継の器。ペラティアの紀竜神殿は貴方という種をこの時代に播いた。これはまさしく竜の定めた運命でしょう。救い手たる竜母を抱き上げ、この地に安定を取り戻す大役はペラティアの巫女が担うべきもの」
話の流れがなんとなくわかってしまった。
ハタラドゥールはガロアンディアン系ティリビナ人の統率者と言える存在で、亜竜王と共に戦った伝説的英雄のひとりでもある。亜竜王が名前を奪われた結果、第六階層勢力に鞍替えしたこの男は、またしても『正統な王』を求めて裏切ろうとしているのだ。
「まあ、主君変えは乱世の常だし五族戦乱時代には色々あったとも習いましたけど。カズキス派のシダリス黒蟲騎士団との紛争とかカシュラム系獣牙族の反乱とか。あなたも亜竜王との決闘で力を示し、森の開拓を取り止めさせた。あなたの生きた時代で言う『徳』というのは、『力』よりも優先すべき価値なんですか?」
「確かに、私の行いは不忠者のそれだ。このような振る舞いを繰り返す私があなたを王と仰いだところで、信用できないかもしれません」
裏切り者のユディーアに不忠を詰られるハタラドゥールという構図はちょっと面白かったが、何も憂さ晴らしの嫌がらせでこんなことを言っているわけではない。
この再生者が言葉通りに目的を語っているとは限らないし、アルト・イヴニルの計画ということもあるだろう。より上位の誰かの駒かもしれない。情報は引き出しておくべきだ。
「本来、土に還って未来に生きる者の糧となるべきこの私が、信仰を曲げ再生者と成り果てててまで『死人の森の女王』に願ったことがあります。ティリビナ人たちがこの大地で平穏無事に暮らせること。ただそれだけなのです」
真摯なまなざしに嘘は無いように思える。
演技だとしても、史実や伝承から推察される人格は間違いなくティリビナ人寄りのもの。
過激派・原理主義寄りの同胞団よりは穏健派のはずだが、なにしろ古代人だ。
ロードデンドロンが今くらいの融和路線に舵を切った現状ならハタラドゥールと手を組むというのは決してあり得ない事態ではない。
というより、逆なのか。
ハタラドゥールという英雄を味方に引き入れ、第六階層の力を削ぎつつ『ガロアンディアン系ティリビナ人』という第五階層での立ち位置を確保する。
その目的のためにティリビナ同胞団は方針を転換したと考えた方がわかりやすい。
歴史書や伝説に名を刻んだティリビナ人の英雄という意味でなら、ハタラドゥールはスーリウムと肩を並べるほどの大物である。
ティリビナ同胞団がロードデンドロンを緑天主として担ぎあげて『緑の彩域』をガロアンディアンに築くつもりなら、ハタラドゥールという後ろ盾がいればその説得力は増す。
ユディーアは二者を結び付けるための架け橋になり得る存在と言えるだろう。
「同胞たちが生きていてくれるのなら、私はあの暴君たちの足を舐めることさえ厭わなかった。呪わしきカズキス、邪悪なるダーカンシェル、そして醜く歪んでしまった我が老王」
忌々しそうにかつて仕えてきた主君たちに呪いを吐くハタラドゥールにちょっとした共感と人間味を感じてしまう。ほだされてるなあ、と自覚しつつ好感を抱くことが止められない。エストに容姿が似ているというのもあるかもしれなかった。
「私は老いを嫌悪しています。腐敗と劣化こそ最も唾棄すべき悪徳。我が王がずっと善き者であればよかった。徳を失わず、老いに歪んだ心で玉座にしがみつきさえしなければ、私はずっと自らの忠誠を信じられた。だからこそ、私は未来を信じることにしたのです」
「あたしは、そんなに大層なものじゃない。ただティエポロスを、竜母様を取り戻したいってだけで」
「それで良いのです。祝祭とは最も単純な価値を善しとする約束。誰かを尊び、大切にすること。ガロアンディアンの理想とは本来それだけのものなのだから」
恐らくハタラドゥールはユディーアを理想化している。
堕ちた亜竜王への失望と不完全な人形の主君への不満が目を曇らせているのだ。
諸族調和のために建立された神殿の巫女と王の胤が現代まで受け継がれ、正しい紀竜巫女の資質を兼ね備えた状態で目の前に立っている。これこそ運命だと舞い上がる気持ちはわからなくもない。誰もが夢を見たいと望み、ここではないどこかに行きたがる。
「ペラティアの末裔よ。若きユディーアよ。どうかこの地の王となり、竜母の輝きで我らティリビナ人を照らし給え。ガロアンディアンの理想を取り戻し、ティリビナ人にとっての安住の地をこの第五階層に築くのです」
スーリウムの見ている時間樹とか言う世界観では、どのくらいの数のユディーアがこの申し出を断ったのだろうか。その場合、どんな結末を迎えることになるのだろう。
何だかひどく馬鹿らしくなって、ユディーアはいつものように流れに身を委ねた。
どうせまた二転三転するのだ。さっさと話を進めるに限る。
ハタラドゥールの想いに胸を打たれたということにして手を握って上目遣い。共に力を合わせてガロアンディアンの理想を形にしましょうとか適当にそれっぽい言葉を並べた。
博物城の同期や少し上の先輩方はこれをやるとそこそこ喜んだり挙動不審になったりしてくれたので、多分おまじない的な効果がある。今回もうまくいった。あとハタラドゥールは男性のようだ。やりやすくて助かる。新たな手駒候補は咳払いして言葉を継いだ。
「既に門は固定された。私はひとまず第六階層に戻り、辺境区にある同胞団の拠点に部下を集めます。アルティウスなる逆賊と竜母様の所在が確認でき次第、我ら緑竜騎士団が奪還に向かうと誓いましょう」
「大丈夫なの、それ。アルト・イヴニルに怒られない?」
「どの道、この期に乗じて全軍を動かす予定でした。あの人形は祝祭が終わるまでの不戦の掟を守るつもりがないのです。やはり、あれは王の器ではない」
ハタラドゥールの決意は固い。去り際の視線が熱っぽいのは忠誠ということでいいんだよね、とやや不安に駆られながら別れる。
かくしてティリビナ同胞団と緑竜騎士団は正式に同盟を結ぶことが決まった。
ユディーアを担ぎ上げることで救世主をディスケイムがコントロールできるのであればアゥルメイアもすぐさまスーリウムとの対立は選ばないだろう。
(最終的にはどうせ裏切るんだろうけど)
そのうち利害がかみ合わなくなったり思想面で譲れない部分が出たりして内部から崩壊するに決まっている。『心臓』のトリアイナがもたらす救いは自分たちだけのもの。欲望は憎悪を生み、奪われないための先制攻撃を正当化する。誰も本当の救いを直視しようとはしない。それが犠牲の上に生まれる罪であると認識したがらない。クナータは薪で、ティエポロスは種火でしかないのだ。人は夢を欲し、美しい未来ばかりを語る。
(夜明けなんて来なくたっていい)
暗く陰鬱な日々は同じように続いていく。
それを否定して未来を語ることは、力強く正しいこととされている。
だからそれはきっと、暴力に似ている。
少なくとも、ユディーアにとっては。




