1章ー6 「熊との対戦」
少年が初撃の機会を窺いながら、熊の周囲を跳ね回っている。そして、熊の背後に回った瞬間━━
「まずは、これッ!」
シュッ、と鋭い風切り音。
蕾の右手から、黒い光沢を纏ったナイフが熊の首元目がけて放たれた。
━━ガキィィィン
しかし、刃が皮膚に刺さる前に、毛皮に阻まれ、弾かれてしまう。
「やっぱ、飛刀じゃ、まともに通らないかッ!」
弾かれた刃を一瞥する。そしてすぐさま、飛刀が飛んできた方向へと振り返る熊の死角へと回る。
蕾が数多くある暗器の中でも、得意とするのが『飛刀』だ。いわゆる投げナイフのようなもので、先ほど蕾が投げた物も、これの一種だ。
(━━さて、あの強靭な毛皮を刃で貫くことは不可能。)
葉牡丹が分析を始める。
(なら、蕾が選択すべき最適解は━━)
「なら、次はこれッ!」
葉牡丹の思考と、蕾の行動が完璧にシンクロする。
空中、捻った身体のまま着地した蕾。左手の革手袋が、電光石火の速度で右手の袖口を抉った。
またもや、シュッ、と鋭い風切り音。
指先から放たれたのは、三本の『飛び針』。寸分の狂いもなく放たれた極細の鋼は、激昂する熊の右目に深く突き刺さる。毛皮に覆われていない目ならば、武器での攻撃も可能だ。
━━グ、ガァァァァァッ!?
熊が、痛みで激しく暴れ出す。
(━━視界の遮断。正解だ、蕾。どれほど巨大な怪物であっても、痛覚と盲点からは逃れられない。そして、痛みに狂って前足を振り回すその一瞬こそが━━)
「これで、終わり、だッ!」
仕込みから引き出された、暗殺用に極限まで研ぎ澄まされた『銅線』。それは、強度な金属が多数使用されており、到底千切れることのない代物だ。
それを手にした蕾の姿を見届けた瞬間、葉牡丹の分析は確信へと変わる。
(━━最大の、勝機。)
銅線の先端に取り付けられた、鉤爪のようなフック。それを蕾は、熊の首元目がけて投げ放った。
フックは硬い毛皮に引っ掛かり、外れることなく留まった。
「よしッ!」
蕾は銅線を握り締め、勢いよく跳躍する。
フックを支点に、少年の身体が宙へと舞い上がった。銅線を繰り出しながら、熊の巨体をなぞるように旋回する。熊が暴れるたびに身体が大きく振られるが、蕾は勢いを殺すことなく、何度もその周囲を飛び回った。
やがて、熊の背後へ回り込んだ蕾は、その背に軽やかに着地する。
その間にも伸ばされ続けた銅線は、熊の首元に幾重にも巻き付いていた。
「フンッ!」
蕾は小さな足で熊の背を強く蹴りつけ、その反動も利用して銅線を一気に引き絞った。
銅線が張り詰め、熊の首元に食い込む。
━━ガァァァ!?
熊は苦しげな咆哮を上げ、激しく身をよじった。
(頸動脈の切断、あるいは窒息。自身の体重の軽さを、敵の質量を利用した引き絞りでカバーする。……自分の弱点を、相手の強みで補ったのか。すごい判断力だ!)
葉牡丹が感嘆していると、熊の動きが鈍くなり始めた。
━━ガァッ…………
激しく暴れていた熊が、やがてドスン、と地響きを立ててその場に崩れ落ちた。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、蕾は銅線を巻き戻す。
クリアだ。苦戦しながらも、少年は単独で巨大な熊を仕留めてみせた。
「……はぁっ、どうだよ、クソ姉貴ッ!」




