1章ー4 「試験開始」
「だから、試験を受けてもらおうと思うんだ!」
突如として放たれた不穏な単語に、蕾の眉が怪訝そうに跳ね上がった。
──嫌な予感しかしない。葉牡丹のこの笑い方は、悪いことを考えついたときのものだ。
向かいの席に座る、満面の笑みを浮かべた義姉を睨む。
「……は?試験って、なにすッ……!!!!!」
言いかけた蕾の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
ズゥゥゥン、と、地面を直接揺らすような強烈な地鳴りが、彼らの粗末な小屋を襲ったからだ。
木製のベンチが激しくガタガタと音を立てる。山特有の澄み切った空気が、一瞬にして濃厚な野生の殺気へと変貌する。
「……ッ、姉さンッ!」
蕾は即座にスプーンを置き、腰を落として、手袋をはめた左手を右手の袖口の暗器へと滑らせた。
九歳とは思えない、完全に実戦に特化した速度。
だが、隣にいるはずの葉牡丹に目を向けた瞬間、蕾は言葉を失った。
さっきまで『試験』などと無邪気に笑っていたはずの葉牡丹が、いつの間にか、山の外の世界に出る時と、戦闘時にしかしない、偽りの姿──
──『男装』をしているではないか。
その姿は、体型が露見しないようマントを深く羽織り、その額には黒色のバンダナを巻いている。その顔は、外の世界を欺くための、完璧な無表情になっていた。
彼女はもう、声を出さない。銀鈴を鳴らせば、男装が意味をなさなくなる。
代わりに、すっと取り出したノートを蕾の目の前に突きつけた。そこには、今しがた、殴り書きされた文字が踊っている。
『蕾、九歳の誕生日おめでとう!試験の相手は、あの壁の向こうにいる熊だ。倒せたら合格。倒せなかったら……いやまぁ、死なない程度に頑張れ!』
試験内容を言い渡され、蕾が嫌な顔をする。いくら蕾でも、熊と一対一で戦ったことなど無い。それなのに、そんなことを言われてしまえば、誰でも嫌になる。
ましてや、今日は自分の誕生日。もしかしたら、サプライズやプレゼントがあるかもしれない。などと、ほんの少しほんの少しだけ期待してしまっていたのだ。本当にこの義姉は鬼畜だ。
「はぁっ!?さっきの笑顔、このフリだったのかよッ!この、クソ……姉貴──ッ!」
葉牡丹の今の容姿に合った、蕾の怒号が響くのと同時に、小屋の粗末な扉が文字通り、粉砕された。
──ガァァァァァッ!
現れたのは、家をも揺るがす質量を持つ巨大な熊。
「……ちッ、やってやるよッ!」
啖呵を切り、少年は自らの誕生日の幕開けを告げる暴力へ向かって、果敢に突っ込んでいく。




