3章ー8 「戦力外通告ではない」
「━━おい、揶揄うのもそのくらいにしておいてやれ。男だの女だのといった些事、どうでもよいわ。」
尋問室の空気が目に見えて重さを増す。
肌をチクチクと刺すような圧倒的な威圧感と、ただそこに立っているだけで周囲を圧するような風格が部屋を満たしていった。
葉牡丹の頬に触れていた男の手が、ピタリと止まる。
「━━げっ、オヤジ。来るの早くない〜? もうちょっとこのカワイコチャンたちと戯れてたかったんだけどな〜☆」
「黙っていろ、片栗」
「…………」
男はわざとらしく肩をすくめ、降参のポーズを取りながら葉牡丹から距離を取った。その軽薄な態度とは裏腹に、男の視線は声の主に向けて一瞬で深い敬意を帯びる。
重厚な足音が、コツ、コツ、と静かに近づいてくる、
オヤジと呼ばれる、白髪まじりの長い赤髪を一つに結い上げ、杖をつく老人。
(……なンだッ、コイツ?)
蕾は、老人のあまりのオーラに圧倒され、ゴクリと息を呑む。
(それに、親父って言ってたよな……もしかして、コイツら親子なのかッ?)
一筋の汗とともに、視線をさらに鋭くする。
「……まずは一つ伝えておく。さっきも言った通り、所詮、性別など取るにたらぬ。よって、ワシらはそんなものに頓着はせん。」
目の前までやって来た老人の言葉に、蕾は安堵の息を漏らす。
(ひとまず、姉さンが下手に襲われる危険はないってことでいいンだなッ)
最悪な未来は防ぐことが出来た。
「……だが、それは女だからといって手を抜くという訳ではあるまい。女であろうと子供であろうと容赦はせん。」
禍々しいほどの気迫が老人から溢れ出る。
「…………ああ、分かった。」
沈黙を貫いていた葉牡丹が口を開いた。その金色の瞳は、老人をただ真っ直ぐに見据えている。
「ッ……姉さンッ!」
「大丈夫だ、蕾。彼らは嘘をついていない。ならば、僕達も偽る必要はないんだ。」
不安そうな青の瞳に、銀鈴で言い聞かす。
「……よかろう。……では、問おう。まず、貴様らは何者だ?」
「……オイッ、オッサン。俺達のことを知りたいンなら、自分が先に名乗るのが筋じゃンかッ」
お互いが相手の素性を知らないこの状況で、自分について知られたら致命的なミスとなる。
「嫌だよ〜☆」
「……」
「……答えてくれないんだね〜 ちょっとさ〜、自分が置かれている現状を理解できてないよね〜☆」
「ハァ?!」
馬鹿にされたように感じ、激昂する。
「今オレ達がしてるのはあくまで、『対話』じゃなくて『尋問』ってコト☆」
「ッ……!」
相手が求めているのは、言葉のキャッチボールではなく、ただの情報。言外に、「ただ質問に大人しく答えろ」という脅しを受ける。抵抗することが不可能なこの状況では、逆らえば何をされるか知れたものではない。
「…………僕は、葉牡丹。コイツは蕾だ。」
「……よかろう。」
「葉牡丹チャンと蕾クンね〜☆」
「ッ……姉さンッ!!」
淡々と進められるやり取りに蕾がストップをかける。
「いいんだ、蕾。ここで逆らっても無駄なだけ。正直に答えるのが一番だ。」
「葉牡丹チャンは賢くてイイ子だね〜☆」
「でもッ……!」
ここで、敵の言いなりになるわけにはいかない。自分と姉のためにも、作戦のためにも、相手が付け入る隙を見せてはならない。でも、姉さンの言う通り、それらは無駄な足掻き。でも……。
迷いで思考が埋め尽くされる。
ドクンドクンと、鼓動が、目まぐるしいほど、どんどん高鳴っていく。
「……!、蕾!」
銀鈴に名を叫ばれ、葛藤でどうにかなってしまいそうだった意識を、取り戻す。
心配そうにこちらを見つめる金色の目。面白いものでも見ているような紫色の目。冷酷で、けれど真摯な茶色の目。
「ご、ゴメン、姉さン。ちょっと、ぼーっとしてたッ。」
「……そうか」
疲れのせいか、情けない言い訳を吐いてしまった。
普段こんなことを口にすれば、目くじらを立てた義姉に「目の前のことに集中しろ」と小言を言われてしまう。だが今回は違った。
安心させるような微笑みを浮かべていた。
「…………蕾。ここに来てから、いや、戸隠の家を出てきてから、ずっと頑張ってきてくれてありがとう。」
「え……」
「でも、お前も疲れてるんだろう。感情のコントロールが上手く出来てないぞ。」
「え、あ、ちょっと待っ……」
「だから、あとは僕に任せて、少し休んでいろ。……大丈夫だから。」
「……」
突然のことで言葉も出なかった。
突然、義姉の口から紡がれた、戦力外通告━━
━━否、そんなものではない。義姉はただ、自分の身を案じて告げたに過ぎない。
そんなことは分かっている。
それでも、一言でまとめれば、『戦力外通告』。
それが妥当だろう。
ああ、どうしよう。
また、やってしまった。
また、義姉の足を引っ張ってしまった。
それどころか、義姉に要らぬ心配までかけさせてしまった。
挙げ句の果てには、敵の目の前で感情的になって、一番見せるべきではない隙を見せた。
━━姉さンは俺に失望しただろうか。
直後、ゾッとするような想像が脳裏をよぎった。
最愛の姉の顔から、笑みが消える。
浮かぶのは、諦観と、軽蔑。
そして、背を向け、一人で去っていく。
暗い道端に、自分一人だけを置き去りにして。
たった一人の家族に捨てられる━━━。
「ヒュッ……、」
息が詰まった。
苦しい。怖い。
肺が酸素を拒絶するように、上手く呼吸ができない。
ハァ、ハァ、と尋問室に自分の無様な呼気だけが響く。
苦しい。怖い。助けて。
この悍ましい感情から逃れたい一心で、震える口が無意識に、ある言葉を発していた。
「━━ごめん、なさい。母さン」
この時、なぜこんな言葉を口にしたのかは自分でも分からない。
だが、なぜか懐かしさを感じ、ほん少し心が安らいだ。
次の瞬間、グルンッと視界が暗転し、俺は気絶した。意識が途切れる直前に、銀の音のような声で、自分の名前を呼ばれた気がした。




