3章ー6 「衝突」
先手を打ったのは葉牡丹だった。
マントの裏から愛用の武器━━金属製の棒『棍』を完全に引き抜き、霧を切り裂く目にも留まらぬ速さの一撃を放った。猛烈な風圧を伴った棍の先端が、男の脇腹へと襲いかかる。
ガキィンッ! ガガッ!
しかし、肉体に届く直前で、信じられない硬度の何かに阻まれた。
「いや~、騙したりしてゴメンね~ さすがに手ぶらは怖いからね~☆」
男が腰から抜き放ったのは、一振りの漆黒の『木刀』。男は木刀を巧みに操り、葉牡丹の放つ打撃の軌道をミリ単位で弾き、完璧に受け流した。
(やっぱり、武器を隠し持っていたかっ!)
だが、葉牡丹の猛攻はそこでは終わらない。
弾かれた衝撃を逆に利用し、流れるような動作で棍を激しく回転させる。今度は嵐のような連続突きが、男の胸元へと容赦なく襲いかかった。無音のまま、ただ殺気だけを込めた凄まじい速度の点撃。
ココン、ココココンッ!
硬質な打撃音が白霧の中で鮮烈に響き渡る。
(━━クソ、重いっ! これだけ攻め立てても、体勢が完全に崩れない。それに……なんだこの違和感?)
攻めているのは自分のはずなのに、じりじりと息が上がっていくのは自分の方だった。
男の足元から微かに香る、染み付いた泥と汗の匂い。踏み込まれる足の運びには、一ミリのブレも、一瞬の迷いもない。
「ん~、オニイサン、マジでいい棍使いだねぇ! でも━━!☆」
防戦一方に見えていたが、呼吸を乱すことなく、木刀の腹で棍を上方に激しく弾き上げた。
「相手が悪かったね、っ☆」
強烈な振動が葉牡丹の両腕を襲う。その痺れで体勢が浮いた一瞬の隙を見逃さず、男は弾丸のような速度で懐へと
踏み込んできた。
長身から重い前蹴りが、疑問の吐息を漏らしながら、繰り出される。
「フンッ!…………ん?」
「グッ!!!!!!」
葉牡丹は咄嗟に棍を盾にして防ぐが、骨が軋むほどの衝撃に耐えきれず、数メートル後方へと弾き飛ばされる。
地面を滑るようにして着地する。痛みと痺れを堪え、体制を立て直そうと前を向くと━━
━━目の前に、先程まで糸目だったはずの、開かれた、怪しげに光る紫の瞳が在る。
蛇に睨まれた蛙の如く、一切の動きを封じられる。
(ッッッ!!!!!!)
そして、男の口元が弧をかくように歪められる━━
「……や~っぱり~!オニイサンさ~……
……オ、ネ、エ、サ、ン、だよね~?☆」
耳元で囁かれた、確信に満ちた軽薄な声。ドキッと鼓動が跳ね上がる。
完璧だったはずの男装。体型を隠すマントに、声を殺した筆談。顔はバンダナを巻いているため、少年のものと何ら変わりない。それらすべての欺瞞を、目の前の男、否、化け物は、ただ一度の激突による肉体の交錯だけで、一瞬にして見破り、看破してしまったのだ。
「な⋯⋯っ!」
動揺と恐怖が、葉牡丹の金色の瞳に激震を走らせる。
彼女が硬直したその刹那、男の無骨な掌が、容赦なく彼女の手首をガチリと掴み取っていた。反撃の隙すら与えない、神速にして絶対的な捕縛。
「そんじゃ~、黒服さ~ん、お願いしま~す!☆」
「あ、待っ……ッ!」
直後に、背後から接近した黒服の謎の人物が、手刀で葉牡丹を気絶させ、拘束にかかる。同時に、未だ気絶したままの蕾も拘束された。
ほんの数十秒。
戸隠の山奥で巨大な熊を易々と仕留めた二人が、連携する隙すら与えられないまま、同時に捕らえられていた。
「いや~、マジで焦ったわ。二人とも強すぎ。危うくオレのイケメンな顔に傷がつくとこだったわ~☆」
謎の男は木刀を腰へと戻し、やはり糸目でニコニコと笑いながら、肩をすくめてみせる。
「よし、じゃあ不法侵入の可愛い猫ちゃんたち~。オヤジが尋問室で待ってるから、大人しく連行されてね~?☆」




