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3章ー5 「言葉の化かし合い」

(━━さて、どうしたものか⋯⋯)


 葉牡丹は、蕾の惨状を見ても動じなかった。


 それは、蕾にとって対人戦の経験が浅かったからだ。


 彼は物心つく頃から山の中で生活しており、人と戦う機会はゼロに等しかった。

 もっとも、山では採れない、武器などの調達のために街に出たことはいくらかあったが、市街地に行くだけで戦闘になるなんて馬鹿げた話はない。

 そのため、人間という特殊な生物との戦い方を知らなかった。


 ついこの間の孤児院での出来事も、戦闘というより制圧に近かった。


(━━戦いの技術も、ある程度の教養も、そして話術も教えたが、自立を促すために敢えて戦法は教えなかった。それが、裏目に出たか……)


 対人戦は、一目では相手の強さが計り知れないことが多々ある。

 そのため、いきなり攻撃を仕掛けるのは悪手だ。


 相手の実力や精神状況を把握するためにも、まずは対話を試みるべきである。


 相手が人間である以上、ある程度の知能はあり、最低でも対話は可能だ。ならば、その人間の賢さを逆手に取って、言葉で相手を抉るのが、重要だ。


 目の前のこの男もそれが分かっているのだろう。

 へらへらとした笑みの裏にある、計り知れない理知の気配からそれは読み取れる。


(━━が、困ったことに僕は今、喋れない。下手に声をだして女だとバレれば、確実に先制攻撃を受けるだろう。まったく、男女の力差とは偉大だ。⋯⋯なら、筆談するしかないな。)


「お~い、聞こえてる~? 固まっちゃってどうしたの~?☆」


 男がさらに一歩、距離を詰めてくる。


 彼女は素早い手つきで、鋭い筆跡の文字を書き殴り、大男の目の前へと突き付けた。


『いきなり攻撃なんて、うちのが失礼したな。アイツは対人戦が初めてなんだ』


「お、筆談~? クールだねぇ~☆」


 男はノートの文字を覗き込むと、面白そうに口元を歪めた。

 緊迫した空気などどこ吹く風といった様子で、へらへらと髪を弄る。


「でもさ~、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ~? オレはただ不法侵入の野良猫ちゃん達を優しく捕まえに来ただけだからさ~☆」


 ━━優しく、という言葉の直後。


 男の身体から、一瞬だけ、ゾッとするような濃厚な殺気が漏れ出た。

 言葉のドッジボールの裏で、互いの間合いと呼吸を測り合う、ヒリヒリとした化かし合いが開始した。



ーーーーーーーーーーーー



 葉牡丹は貼り付けた無表情の下で、相手の重心を観察する。

 軸足が微塵もブレない独特の立ち姿。いつでも最速の一歩を踏み出せる戦闘の歩法をしている。


(⋯⋯やはり、かなりの実力者だな)


 葉牡丹はノートに、相手のプライドを内側から抉り、揺さぶりをかけるための文字を素早く走らせた。


『へえ、国すら恐れる大和家の警備員様が、たった二人、それも子供の侵入にそこまで怯えて殺気を出すなんてな。そんなに自分たちのセキュリティに自信がないんだ?』


「⋯⋯あは~ 言うね~☆」


 男の口元が、わずかに吊り上がった。


「そう言うオニイサンも、ビクビク怯えて、可愛いね~☆」


 明らかな挑発。


(……クソっ、うざったい喋り方しやがる。)


 内心でムカつきながらも無表情を崩さない葉牡丹。

 

「……」


「……」


 しばしの沈黙。


(━━う~ん、全然挑発にノってくれないな~ 骨がありそうだね~☆……)


(━━このままじゃ、埒が開かないか……)


 金色の瞳と糸目が、鋭く細められる。


(なら、実力行使しかない!)(━━かな~☆)


 その瞬間、言葉の抉り合いは早くも終了。

 二人が同時に地を蹴る。


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