3章ー4 「軽薄な男」
「ッ……!?」
「━━!」
二人の身体が、同時に弾かれたように硬直した。
蕾の深い青の瞳が驚愕に見開かれ、葉牡丹の金色の双眸が鋭く細められる。
(気配がまるで無かった。声を掛けられるまで俺も姉さんも気付けなかった!)
その衝撃の事実に気づいた途端、生存本能が体を動かした。
「━━姉さんッ!」
「━━っ!」
葉牡丹に目配せをし、二人同時にその場から大きく飛び退く。
距離を置けば、この濃霧を逆手にとって、相手の視界から逃れることが出来る。
「ちょっと、どこ行くの~?☆」
(……大和領の追手かッ? だとしたら、さっき話していた通り、銃なんかを持っているンだ。勝ち目はないッ。……今はひとまず逃げることを最優先に考えよう。)
冷静に判断を下し、自分とは反対方向に飛び退いた義姉の方へ向かおうとする。
カサッと、葉と葉が触れ合う音が響いた瞬間━━
「お~っと、下手に動かないでね~☆」
(ッ……!!この距離で気付かれた!?)
相手との距離はおよそ十五メートル。常人じゃ、わずかな葉擦れの音になど反応できない。
つまり、敵は常人ではない。気を抜くことは決して許されない。
「そんなに警戒しないでよ~ オレはただ、オハナシしに来ただけなんだからさ~ あ、モチロン武器なんて、物騒なものは持ってないよ~☆」
わざとらしく悲しそうな顔をしながら、この状況にはおよそ似つかわしくない、ひどく軽薄で、どこか楽しげな声で言う人影━━長身の男。
「ハッ!笑わせてくれるじゃンッ」
蕾が小声で皮肉をつぶやく。
(話し合いが目的だって言うなら、気配を消してまでして人の話を盗み聞きしたりしないだろッ)
「あ、見~つけた!☆」
霧の向こうから一人の男のシルエットがゆらりと浮かび上がった。
見上げるような巨躯。ざっと見積もっても百九十センチは下らない。肩まで届く見事な赤い髪をゆるくハーフアップに結い上げ、霞んだ茶色のサングラスをかけている。
そして何より、一見すれば、優しそうにも見える、いわゆる糸目の存在で、全く感情が読めない。
「いんや~、オヤジのセンサーが鳴ったから見に来てみれば、ずいぶん可愛いお客さんじゃない? こんな山奥に不法侵入なんて、いい度胸してるね~☆」
その男は、整った顔立ちでへらへらと笑いながら、大きな身体を揺らし、そのチャラついた態度と隙だらけに見える歩き方で距離を詰めてくる。宣言していた通り、武器は持っていないようだ。
蕾は内心で「ナメられたもんだ」と冷酷に舌を巻いた。
(そこまで、警戒されてない、のかッ? それなら、隙をついて拘束できるッ!)
そして、相手との間合いが5mほどになったところで
(━━今だッ!)
正面特攻。
蕾の左手、革手袋が一寸の躊躇もなく袖口の暗器へと滑り込む。狙うは喉元。一撃で意識を刈り取る、短刀による攻撃━━
━━しかし。
「お~っと、危ない危ない。物騒なオモチャはナイナイしとこうね~?☆」
男は歩みを止めぬまま、ただ前方に突き出した二本の指だけで、蕾の短刀を正面から挟み込んで止めていた。
「な……っ!?」
驚愕に目を見開く蕾の視界が、急激に回転した。
男は短刀を掴んだ手をそのまま蕾の手首へと滑らせ、服も合わせれば45kgはある蕾を軽々と投げてみせた。
ドスンと胸に重い衝撃が走り、蕾の小さな身体は獣道へと転がされた。
「カハッッッ!!!!!!⋯⋯⋯⋯⋯」
そのまま、幼い少年は気絶する。
「まったく~、オレこう見えて結構、平和主義なんだからさ~、いきなり、攻撃とかやめてよ~☆」
わざとらしく悲しそうな顔をする男の口調は、やはり軽薄なままだ。
「それで~?もう一人のオニイサンはどうすんの~?☆」
そこでようやく、その場にいるもう一人の存在━━葉牡丹に声をかける。
[あとがき]
投稿が遅くなってしまい、
申し訳ございませんでした。




