↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

2章ー7 「新しい風」


「死ねよ、クソ野郎━━」


「ひッ、ひぃッ」


 蕾が猫手を男の喉笛に突き立てようとした、その瞬間。


 蕾の腕が何者かによって掴まれた。

 その衝撃で男への攻撃が止まり、狂気と殺意に染まっていた彼の瞳が、微かに揺れる。

 猫柳が涙に濡れた目を向けると、そこにはいつの間にか、一人の人物が立っていた。


「……ッ! なんで止めるンだよ、姉(にい)さンッ!」


 蕾を制止した人物━━葉牡丹は、蕾の激しい気迫に気圧されることもなく、静かに二人を見下ろしている。その佇まいは、荒れ狂う嵐を凪へと変えうるような、不思議な落ち着きを持っていた。


『━━お前を人殺しにしたくないからだ。』


 ノートに書かれた言葉で語りかけてくる。


「……ッ、でも、コイツは……!」


 蕾は悔しげに歯噛みし、掴んだ男の襟から手を離そうとしない。その小さな身体は、まだ怒りで小刻みに震えている。


『言いたいことは分かる。それに、お前の言う通りだった。今、助けられるのに見捨てるのは傲慢なことだ。お前が正しい。すまなかった。━━だが、それとこれとは別だ。そいつの命を奪えば、お前自身がそいつと同じところに落ちることになるんだ。そんなくだらない男のために、お前の手を汚す必要はない。』


 人を救うための手で、誰かを傷付けてほしくない。


 その言葉は、蕾の頭を冷やすための氷水のようでもあり、彼の正義感を優しく包み込むようでもあった。


 諭すような静かな正論に、蕾はしばらく男を睨みつけていたが、やがて「チッ……」と忌々しげに舌打ちをして、掴んでいた手を乱暴に放した。

 壁からずり落ち、床にへたり込んで激しく咳き込む男。


 蕾は猫手を静かに懐へと収めると、まだ荒い息を吐きながら、ゆっくりと猫柳の方を振り返った。その瞳からは先ほどの狂気は消え去り、深い青が戻っていた。ただ、その眼差しには、どこか切なさが残っていた。


「……大丈夫?」


 その一言に、猫柳の胸の奥がまたツンと痛んだ。


 自分を売り飛ばし、罵倒し続けた大人たちとは、何もかもが違う。

 自分なんかのために怒ってくれた少年と、その少年が取り返しのつかない一線を越えるのを止めた人物。

 暗闇に住んでいた少女に、今、新しい風が吹き込もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。