2章ー4 「ロジックとパッション」
「イヤァァァァァッ ━━ !?!? 」
「うるせえ!黙れ!」
町の最端にある孤児院。そこから、少女の悲鳴と、男の怒鳴り声が轟いた。
「なンだッ?」
それらを聞き、反応を示したのは蕾だ。そして、背を翻し、発声源へ向かおうとする。
が、グイッと手首を掴まれ、身体の重心が後ろへ傾く。
『……ダメだ』
引き止めた主、葉牡丹が無表情で伝えてくる。
「なンでだよッ……ちょっと様子を見に行くだけじゃンかッ」
不満げに、口を尖らせながら言う。
『それがダメなんだ』
「だからッ、なンでだよッ?」
『ダメなものはダメだ』
頑なに、理由すら話してくれない義姉に、疑問と、ほんの少しの苛立ちを抱く。
「ヤダァァァッ!、ッ……………」
二度目の悲鳴の直後、ドゴッという鈍い音が響くと同時、途端に静かになる。
「!!!……」
刹那。蕾が葉牡丹の手を振り払う。
(━━さっきの音、絶対に人を殴る時のものだッ!)
その現実を理解していながら、どうして無視して居られようか。
永遠の安寧は約束できずとも、目の前の暴力からなら守ってやれる。
そうして、孤児院まで全力疾走する。
やがて、少女と男の姿が見え始めた。どうやら、孤児院の庭にいるようだ。
「あのクソ警察め!俺のやり方に文句つけやがって!」
「……」
嫌なことでもあったのだろう。その憂さ晴らしに、助けを呼べない孤児をドゴッ、ドゴッと鈍い音を響かせながら、タコ殴りにしている。おおかたそんなとこだろう。
(早く助けなくてはッ!)
だがその瞬間、蕾の視界が急降下した。そして気付けば、身体が地面に倒れ込み、身動きが出来なくなっているではないか。
「えッ?!」
山で鍛え上げられた蕾が、一瞬にして無力化された。尚、そんなことが出来るのは、この町に一人しかいないだろう。
倒れた背中の上、重さを感じる。這いつくばったまま上を見上げると、そこには金色の眼光があった。
「ッ!、なにすンだよッ、姉さんッ!!!」
自分に馬乗りになって、拘束している義姉を怒鳴った。
『助けに行ってはダメだ、蕾。』
なぜだ?
子供や女性を救うことこそが、義姉の悲願だったのではないのか?
もしや、この世界の現状を見て、諦めてしまったのか?
途端に、疑念と不安が押し寄せてくる。
「━━━この国から、子供たち全員を救うンじゃなかったのかよッ?」
『……ああ、そうだ。』
無表情のまま、けれど、どこか真剣に葉牡丹が伝えてくる。
ああ良かった。
義姉の、理想への志は、決して揺らいでいなかった。
「……けど、ここであの子を助ければ、計画が狂ってしまう。」
それはつまり、これから多くの人を救うために、眼前で起きている、理不尽な暴力は見過ごせということだ。
葉牡丹の言うことは実に、理にかなっている。
『 少数より多数を。
弱者より強者を。
感情より理性を。』
葉牡丹の考えを突き詰めれば、そういう結論に行き着く。
だからこそ━━
「━━今ここで、あの子一人助けられないでッ!、もっと多くを救おうだなんて、できるわけないじゃンかッ!」
『多数・強者・理性』を至上命題とするならば、『一人・弱者・感情』という人道を切り捨てるしかない。
しかし、目の前の一人を救うことさえ拒む者に、より多くの人間を救う資格があるのだろうか。
この矛盾こそが━━━━
「━━出来るのにやらない。……そンなのは、論理以前に、ただの『傲慢』だよッ!」
━━━━人間の『業』なのだろう。




