2章ー3 「町の風景」
「━━ここは初めて来る町だなッ」
石くれの転がる、おざなりに舗装されただけの道に足をついた、少年がそう呟く。
武器の調達などで町を訪れたことは何度かある。だが、この町に足を踏み入れるのは初めてだった。
『ここは少し治安が悪いところなんだ。だから、今まで、来るのを避けてきた。』
歩調を合わせるようにして、男装の義姉が差し出してきたノート。そこに並ぶ無機質な文字列が、蕾の視界を掠めていく。
「なるほど……それでか……」
━━どこか重苦しい、淀んだ空気が町全体を支配している。
その言葉にできない違和感の正体を、蕾はあえて口には出さなかった。
そこら中に不法投棄されたゴミが腐臭を放ち、鼻腔を鋭く刺してくる。
なにより……薄暗い路地裏の隙間を覗き見れば、骨の輪郭が浮き出るほどに痩せ細った子供達が、大勢、泥にまみれてうずくまっている。
おそらく、人数オーバーになった孤児院から、文字通り、追放されたのだろう。
本当なら、今すぐにでもその小さな手を掴み、助けてやりたい。
だが、今の自分たちでは彼らを守り続けることができない。
ここで中途半端な救いの手を差し伸べたところで、これから向かう大和領で、さらに酷悪な状況に陥る可能性すらある。
だから、何もできない。何もしてやれない。
持っている食料のひとかけらでも分けてやればいいと思うかもしれないが、
それは彼らにとって、生殺しの刑罰を与えられるに等しい。
なぜなら、少し食料を渡しても、その後の生活は変わらないからだ。
飢えが一時的に和らぐだけで、結局はまた苦しむことになる。しかも、希望を持たせてしまえば、助けが来ないと知ったときの絶望が大きくなる。
子供たちの体力は、とうに限界を迎えていた。こちらに駆け寄ることはおろか、声を上げることすら出来ない。だから、激情を灯したその眼光だけをこちらに向けてくる。
まだ四、五歳ほどの、世界の残酷さを知らない彼らは、未だ、諦めという名の逃げ道を知らない。
知らないからこそ、無垢に、愚直に、願ってしまうのだ。
━━『誰か、助けて』と。
声など聞こえるはずがない。それなのに、蕾の脳裏には、幼子たちの叫びがはっきりと響いていた。
(クソッ……)
蕾が、顔を歪める。
叶いもしない一縷の希望を与えることほどの残酷な仕打ちはない。
ゆえに蕾と葉牡丹は、胸を掻きむしりたくなる衝動を抑えつけ、彼らに、気付かないフリをして通り過ぎる。
(いつかッ……いつか、絶対助けてやるッ)
心の臓を素手で直接握り潰されるような、凄絶な苦しみと悔しさ。
それらを堪えながら、蕾は血がにじむほど強く唇を噛み締めた。
二人が大通りへと歩を進めていった、まさにその瞬間。
「イヤァァァァァッ !!!! 」
けたたましい悲鳴が、町全体に轟いた 。




