2章ー1 「五年の日々との別れ」
━━『大和領』
それは、黒部・飛騨山脈付近の地域を指す。
英雄の一族『大和家』が終戦後、買い占めた領地である。
また、七十年前の本土決戦において、南から進軍した米軍と、北から南下したソ連軍の戦線がちょうど狂気的に激突し、睨み合ったという歴史的な場所でもある。。
なにより、大和領への侵入・介入を禁ずる、「大和特例法」という法律が作られており、現在、外の世界では、畏怖を込めてこう呼ばれていた。
国家の法律すらも侵入を拒まれる、絶対の不可侵領域『天空の要塞』と……
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「━━要するに、完全に別の国のような扱いがされている。……てなわけかよッ?」
「ああ。そうなんだ!……だから、政府から逃れるにはとっておきの場所だろ?」
「……まぁ、一番合理的ではあるねッ」
ぐつぐつと音を立てる熊鍋をつまみながら、先程軽く触れた『大和領強奪作戦』の詳しい計画を立てていく。
「……にしても、やっぱ蕾が作る飯はウマい!さすがは僕の弟子だ!」
「いや、料理はほぼ独学なンだけど……それに、……」
それに、姉さンに料理なんて代物を習おうものなら、出来上がるのは生ゴミと粗大ゴミの悪魔合体だ。想像するだけで悪寒がする。
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもないッ!」
「そっか!」
ホント、怖い。
脳裏をよぎるのは、五歳の頃に味わった姉さンの手料理というトラウマ。思い出しただけで胃が痛くなる。
「そ、それで、大和領ってどれくらいで着くんだよッ? だいぶ遠いんじゃない?」
身震いした蕾が、話題の軌道を修正する。
「……え、あれ?教えてなかったっけか?」
葉牡丹がキョトンと不思議そうな顔をする。
蕾も、自分はなにか忘れているのだろうか?と不思議に思う。
「大和領なんて、ここから十五時間くらい歩けば着くぞ?」
そして、無垢な金色の瞳が、あまりに淡々と事実を告げた。
刹那、少年の脳内に宇宙空間が出現した。
「はぁッ!? いや、そんな近いのかよッ?」
驚愕のあまり、青い目を見開き、絶叫してしまった。
なぜなら蕾は、ここは絶対に栃木県だと確信していたのだ。
栃木から北アルプスまで歩いて十五時間の距離。
その矛盾を孕んだ方程式を解こうと、脳細胞が急速に動き始めた、その瞬間。
「そんなに驚くことか?……ここは、戸隠山。長野県だ。」
蕾の壮大な思い違いを知る由もない葉牡丹が、あっさりと正解を教えてくれた。
蕾は、思わず絶句した。長年、自分がいる場所を勘違いしていたのだ。
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「「ごちそうさまでした!」」
これでもかと言うほどの熊肉を食べ終わり、荷物をまとめた二人が、同時に大地を蹴り立ち上がった。
「さて、行くか!」
「うンッ!……こことも、お別れだッ……少し、寂しいな……」
およそ五年の月日。
朝の光で目を覚まし、不格好ながらも温かい三食を貪り、生きるための知識を学び、死なないために身体を鍛え上げ、夜の闇へ眠る。
蕾にとって、物心ついた頃からの全てが詰まったこの場所は、実家と呼んでも過言ではない。
それはきっと、共に歩んできた葉牡丹にとっても同じはずだ。並々ならぬ思い入れがあるからこそ、さぞかし、胸を締め付けるような名残惜しさに浸っているに違いない━━。
「ああ。……つっても、もう見渡す限り瓦礫の山でしかないがなっ!」
「姉さンッ!情緒ッ!俺の感動返せよッ!」
一ミリの容赦もない、現実の投下。
それに対して間髪入れずに炸裂する、キレッキレのツッコミ。
二つの声が重なり合い、世界で一番くだらない、けれど世界で一番愛おしい大笑いを生み出しながら、二人は住み慣れた山を賑やかに降り始めた━━。




