↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

2章ー1 「五年の日々との別れ」



━━『大和領』

 

 それは、黒部・飛騨山脈付近の地域を指す。

 英雄の一族『大和家』が終戦後、買い占めた領地である。


 また、七十年前の本土決戦において、南から進軍した米軍と、北から南下したソ連軍の戦線がちょうど狂気的に激突し、睨み合ったという歴史的な場所でもある。。


 なにより、大和領への侵入・介入を禁ずる、「大和特例法」という法律が作られており、現在、外の世界では、畏怖を込めてこう呼ばれていた。


 国家の法律すらも侵入を拒まれる、絶対の不可侵領域『天空の要塞』と……



ーーーーーーーーーーーー



「━━要するに、完全に別の国のような扱いがされている。……てなわけかよッ?」


「ああ。そうなんだ!……だから、政府から逃れるにはとっておきの場所だろ?」


「……まぁ、一番合理的ではあるねッ」


 ぐつぐつと音を立てる熊鍋をつまみながら、先程軽く触れた『大和領強奪作戦』の詳しい計画を立てていく。


「……にしても、やっぱ蕾が作る飯はウマい!さすがは僕の弟子だ!」


「いや、料理はほぼ独学なンだけど……それに、……」


 それに、姉さンに料理なんて代物を習おうものなら、出来上がるのは生ゴミと粗大ゴミの悪魔合体(ハイブリッド)だ。想像するだけで悪寒がする。


「ん?なんか言ったか?」


「な、なんでもないッ!」


「そっか!」


 ホント、怖い。

 脳裏をよぎるのは、五歳の頃に味わった姉さンの手料理というトラウマ。思い出しただけで胃が痛くなる。


「そ、それで、大和領ってどれくらいで着くんだよッ? だいぶ遠いんじゃない?」


 身震いした蕾が、話題の軌道を修正する。


「……え、あれ?教えてなかったっけか?」


 葉牡丹がキョトンと不思議そうな顔をする。

 蕾も、自分はなにか忘れているのだろうか?と不思議に思う。


「大和領なんて、ここから十五時間くらい歩けば着くぞ?」


 そして、無垢な金色の瞳が、あまりに淡々と事実を告げた。

 刹那、少年の脳内に宇宙空間が出現した。


「はぁッ!? いや、そんな近いのかよッ?」


 驚愕のあまり、青い目を見開き、絶叫してしまった。

 なぜなら蕾は、ここは絶対に栃木県だと確信していたのだ。


 栃木から北アルプスまで歩いて十五時間の距離。

 その矛盾を孕んだ方程式を解こうと、脳細胞が急速に動き始めた、その瞬間。


「そんなに驚くことか?……ここは、戸隠山。長野県だ。」


 蕾の壮大な思い違いを知る由もない葉牡丹が、あっさりと正解を教えてくれた。

 

 蕾は、思わず絶句した。長年、自分がいる場所を勘違いしていたのだ。


ーーーーーーーーーーーー


「「ごちそうさまでした!」」


 これでもかと言うほどの熊肉を食べ終わり、荷物をまとめた二人が、同時に大地を蹴り立ち上がった。


「さて、行くか!」


「うンッ!……こことも、お別れだッ……少し、寂しいな……」


 およそ五年の月日。

 朝の光で目を覚まし、不格好ながらも温かい三食を貪り、生きるための知識を学び、死なないために身体を鍛え上げ、夜の闇へ眠る。


 蕾にとって、物心ついた頃からの全てが詰まったこの場所は、実家と呼んでも過言ではない。

 それはきっと、共に歩んできた葉牡丹にとっても同じはずだ。並々ならぬ思い入れがあるからこそ、さぞかし、胸を締め付けるような名残惜しさに浸っているに違いない━━。


「ああ。……つっても、もう見渡す限り瓦礫の山でしかないがなっ!」


「姉さンッ!情緒ッ!俺の感動返せよッ!」


 一ミリの容赦もない、現実の投下。

 それに対して間髪入れずに炸裂する、キレッキレのツッコミ。


 二つの声が重なり合い、世界で一番くだらない、けれど世界で一番愛おしい大笑いを生み出しながら、二人は住み慣れた山を賑やかに降り始めた━━。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。