第2章 スローライフはモフモフとともに
「魔獣フェンリル!」
神々に災いをもたらすと言われる巨大な狼。
防御陣を組んだ騎士たちの目には絶望の光が宿った。
((ダメだ、フェンリル相手にこの人数では……))
((一撃で全滅もある!))
((しかし……時間は稼ぐ!!))
「マクシムス様! アデレード様とお下がりください!」
騎士たちの中から声が上がった。
「バカな! ガイウス!」
マクシムスは腰の剣を抜きながら叫んだ。
「はっ!」
防御陣の中央から、一人のベテラン騎士が飛び出した。
空いた穴は即座に両脇の騎士が埋める。
盾の当たる音がまた響いた。
「アデレードを連れて、今すぐ脱出しろ!」
マクシムスの信頼する筆頭騎士、ガイウスは知っていた。
マクシムスが部下を置いて逃げる男ではないことを。
説得したとて聞く男ではないことも——
「御意! 我が命に代えても、必ずや!」
「行け!」
ガイウスが抜いた剣を顔の前に捧げ、返礼をしたその時——
「待ってください!」
アデレードが叫んだ
防御陣を組んだ騎士たちが振り返った。
((!?))
「あれは——モフ助です!」
「なんと……」
ガイウスは信じられぬと言った目でアデレードを見た。
「も・ふ・す・け、です!!」
アデレードはもう一度叫んだ。
「おいで、モフ助!」
ワフッ♡
フェンリル——いや、モフ助はアデレードに駆け寄った。
ドスドスドス!
間にいた防御陣を組む騎士たちの剣はガラスのように砕け散った。
構えた盾は木の葉のように舞う。
ドドドドドドド、ドーン!!
屈強な重装騎士たちは、ストライクをとったボウリングのピンのように跳ね飛ばされた。
そしてモフ助は平然とアデレードの足元に滑り込むとお腹を見せて転がった。
ハッハッ!((早くモフって!))
伝説の神獣とは思えない姿である。
しかしアデレードの顔はサッと曇った。
「モフ助! 乱暴はダメでしょ! 皆さんに謝りなさい!」
空高く跳ね飛ばされ、泥の水たまりに叩き込まれた騎士たち。
転がったまま、魂が抜けたような面持ちでモフ助を見つめた。
((うそだろ……))
((フェンリルが……叱られている!))
マクシムスも目の前で転がるフェンリルの姿(とそれを叱りつけるアデレード)に気押され、動くことができない。
「アデレード様……これは……」
ガイウスは腹の底からイケボを絞り出した。
「モフ助です」
クゥーン……
モフ助の尻尾が、お腹の下で丸まった。
耳は後ろに倒れていた。
◇◇
「マックス、モフ助も馬車に乗せてくれる?」
「も、もちろんだとも」
((し、しかし、どうやって……))
モフ助は馬車と同じくらいの大きさがあった。
——さすがフェンリル、でかい。
誰もが思った。
結局、なんとか立ち直った騎士たちが総出でモフ助のお尻を押し、反対側から従者たちが鼻面を引っ張ってなんとか乗せた。
アデレードは嬉しそうに残りスペースに乗り込んだ。
マクシムスもその隙間に乗り込んだ。
◇◇
一行はヘレナおばさんの別荘で数泊したのち、王都に到着した。
しかしアデレードの実家が更地になっていた。
彼女はマクシムスが任されている領地にしばらくの間逗留することになった。
こうしてアデレードの新領地ライフが始まった。
モフ助はマクシムスの城に一室をもらった。
アデレードはもちろん毎日のブラッシングとお散歩を欠かさない。
「あれはなに?」
ある日、アデレードはモフ助を連れたいつもの散歩道に、茶色の薄い物体が落ちているのを発見した。
どう見ても砂肝ジャーキーである。
そしてそれはモフ助の大好物でもあった。
「モフ助!拾い食——」
次の瞬間
モフッ
モフ助の尻尾が電光石火の勢いでアデレードを包み込み、背中のモフモフにふんわりと放り込んだ。
パクッ
そして道に落ちているジャーキーを食べる!
チロッ
道には転々とジャーキーが落ちている。
グルン!
モフ助は転がる。
パクッ!
そして食う!
グルン!
パクッ!
モフッ!
グルン!
パクッ!
モフッ!
アデレードを背中と尻尾で包んだまま、モフ助は転がりながら流れるような勢いで砂肝ジャーキーを食べていく。
すると不思議なことが起こった。
散歩道の脇の畑の作物がものすごい速さで成長していくのだ。
実はモフ助の散歩道の作物の成長が早すぎることに目をつけた領民の策略だった。
好物の砂肝ジャーキーを撒けば自分の畑にモフ助を誘導できる。
しかも実った作物の味は格別。
市場での評価も爆上がりである。
モフ助の散歩道は争奪戦となった。
あまりに砂肝ジャーキーが撒かれる事態に、マクシムスは餌撒きを禁止せざるを得なくなった(領民会議で決めることにした)
さらに領土に出現するモンスターの数も激減していた。
「最近、怪物が減ってしまって、訓練ばかりであります」
騎士団の差し入れにお菓子を持ってきたアデレードに、筆頭騎士のガイウスがぼやいた。
二人の視線の先では寝っ転がったモフ助が尻尾をブンブン振っている。
そして尻尾の先に、必死の形相で木剣を振るう若い騎士見習。
「モフ助殿にちょっと本気を出してもらうと凄まじい殺気で良い訓練となります」
「あぁーっ!」
言うそばから若い騎士見習はモフ助の尻尾に吹き飛ばされる。
しかし不思議な力に包まれ、ふんわりと落下する。
「もう一本!お願いいたします!」
騎士見習は木剣を構え直した。
◇◇
夕食の後、アデレードとマクシムスはモフ助の部屋でくつろいでいた。
アデレードは暖炉の前で横になって眠るモフ助の頭をそっと撫でながらつぶやいた。
「ねえマックス?」
「なんだい?」
マクシムスは紅茶を一口飲みながら聞いていた。
「モフ助は、本当は犬じゃないのかな?」
ブハッ!!!
「マ、マックス大丈夫!? はいハンカチ」
マクシムスは慌ててハンカチを受け取ると吹き出したお茶を拭った。
「ちょ、ちょっと熱かったかな——でもなんでそう思ったんだ?」
「だってみんなが神獣様、神獣様っていうし。騎士団の人もいい訓練になるって——でもここにきて良かった。みんな優しくしてくれるしね。私にも、モフ助にも。ありがとうマックス」
マクシムスは下を向いてしばらく黙っていた。
「——アデル、そうしたら。ここにいてくれないか?これからも、ずっと」
返事は、即答だった。
「だめだよ! 昨日姉から連絡があって、来月くらいに一回戻って来いって。古いお屋敷だけど私の部屋は用意したからって」
「——あー!!もうはっきり言うぞ」
マクシムスは立ち上がって叫んだ。
「アデル、俺と結婚してくれ!」
モフ助の片目がチロっと開き、二人を見つめた。
そして巨大な尻尾がくるんと、一度だけ回った。
暖炉の炎が二人と一匹を、照らし続けていた。
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モフ助の尻尾が高速回転します(執筆の原動力)!
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