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『ハプニングバーで人生が狂って、やっと普通になれた』  作者: こうた
第一章 「何者でもない日々」

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第6話「境界線が、消えていく音」

日高 恒一は、ある変化に気づいていた。


それは劇的ではない。


むしろ、ほとんど気づかないほど静かだった。



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「行くかどうか悩まない日」が増えた。



---


以前は迷っていた。


行くか、行かないか。


それが今は、


「今日は行く日」という感覚に変わっていた。



---



---


会社。


午後の会議。


資料の数字が頭に入らない。



---


田辺が横であくびをする。


平岡はスマホを見ている。


岡本はぼんやりしている。



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誰も真剣ではない。



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でも誰も辞めない。



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日高は思う。



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(みんな、どこに向かってるんだろう)



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答えは出ない。



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夜。



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ハプニングバー。



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エレベーターに乗る時、


もう緊張はない。



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むしろ少し安心している。



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扉が開く。



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音。


光。


人。



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“慣れた景色”。



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それが一番危険だとまだ気づいていない。



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真白がすぐに気づく。



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「こんばんは」



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日高も自然に返す。



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「こんばんは」



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そのやり取りに、もう違和感はない。



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真白は少しだけ笑う。



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「ほんとに慣れたね」



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日高は軽く笑う。



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「そうですね」



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その瞬間。



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奥の席から美玲の声。



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「それ、もう戻れないやつだよ」



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日高は振り向く。



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美玲は煙草をくわえている。



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目は笑っていない。



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「戻れないって何ですか」



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日高は聞いてしまう。



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美玲は少しだけ沈黙する。



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そして言う。



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「境界線ってさ」



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「気づいた時にはもう曖昧になってるんだよね」



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日高は分からない。



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でも“分かりたくない”気持ちもある。



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真白が間に入るように言う。



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「日高くん、飲み物取ってくるね」



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その場が少しだけ静かになる。



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美玲は日高を見る。



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「ここ、楽しい?」



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日高は少し考える。



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「楽しいというか……落ち着きます」



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その言葉に、美玲は少しだけ目を細める。



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「それが一番危ない」



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短い言葉。


でも重い。



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その時、田辺が手を振る。



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「日高ー、こっち来いよ」



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日高は反射的に立ち上がる。



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もう迷わない。



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その動きが“当たり前”になっていることに、


まだ気づいていない。



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席に戻る。


笑い声。


会話。


距離の近さ。



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すべてが自然になる。



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そしてふと気づく。



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(ここ、会社より喋ってるな)



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その事実が少しだけ怖い。



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帰り道。



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夜風。


ネオン。



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田辺が言う。



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「日高、お前もう完全にこっち側だな」



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冗談のような言葉。



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でも日高は笑えなかった。



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電車の中。



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窓に映る自分を見る。



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少しだけ、顔が変わった気がする。



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(俺、何か変わってるのか?)



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答えは出ない。



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ただ一つだけ分かる。



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“戻る場所”が、少しずつ薄くなっている。



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そして同時に。



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“ここ”が現実に近づいている気がしていた。



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第6話 終

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