第5話「戻れない理由が、少しずつ増えていく」
日高 恒一は、気づいていなかった。
“習慣”というものが、こんなに静かに人生を変えることを。
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仕事は変わらない。
怒られる内容も、やることも同じ。
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だが最近、終業後の考え方だけが変わっていた。
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(今日は行く日だな)
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そう思う日が増えた。
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田辺はいつも通りだった。
平岡も岡本も変わらない。
ただ一つ違うのは、
「行くかどうか」ではなく
「いつ行くか」に変わっていることだった。
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昼休み。
田辺が笑いながら言う。
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「お前、完全にハマったな」
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「ハマるって何にですか」
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「そりゃあれだよ」
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田辺は言葉を濁す。
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だが日高は分かっている気がする。
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夜の店。
ハプニングバー。
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もう“特別な場所”ではない。
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真白はいつもいる。
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「こんばんは」
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その言葉が、少し安心になる自分が怖い。
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美玲は変わらない。
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「また来たんだ」
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「早いね」
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その言葉が、少し評価に聞こえるようになっている。
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ある夜。
真白と話す時間が長くなる。
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「最近、どう?」
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「普通です」
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日高はそう答える。
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真白は少し黙る。
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「普通って、いいことだと思う?」
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その質問にすぐ答えられない。
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「悪いことではないです」
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真白は小さく笑う。
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「でもね」
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「普通って、“変わらないこと”でもあるんだよ」
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その言葉は、優しいのに重い。
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奥から美玲の声。
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「真白、それ以上言うと危ないよ」
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真白は少しだけ黙る。
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日高はその空気の意味を完全には理解できない。
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だが、どこかで感じている。
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(ここに長くいるのは、よくないのかもしれない)
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でも同時に思う。
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(でも、ここ以外に行く場所あるか?)
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会社。
家。
パチンコ。
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それだけだった自分に、
もう一つ“居場所”が増えただけ。
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その夜。
帰り道。
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田辺が言う。
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「日高、お前もう一人で来れるだろ」
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その言葉に少し驚く。
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「いや、まだ一緒の方がいいです」
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田辺は笑う。
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「そのうち一人で来るようになるよ」
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その言葉が冗談に聞こえなかった。
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駅のホーム。
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一人になる。
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スマホを見る。
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何も通知はない。
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なのに、ふと思う。
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(明日も行くんだろうな)
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そしてさらに思う。
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(これ、やめる理由あるのか?)
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その問いに答えが出ない。
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答えが出ないまま、
日高は電車に乗る。
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窓の外のネオンが流れていく。
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その光は、もう少しだけ近く見えた。
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第5話 終




