第31話「名前を呼ばれるだけで」
月曜日だった。
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休日明けの会社は静かだった。
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誰もが少しだけ疲れた顔をしている。
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日高も同じだった。
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だが以前と違うのは、
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休日の記憶が少し残っていることだった。
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真白の言葉。
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「今の方が好きかも」
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たったそれだけ。
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社交辞令かもしれない。
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何気ない一言かもしれない。
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それなのに。
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頭から離れなかった。
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「おい日高」
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田辺の声で我に返る。
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「聞いてるか?」
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「あ、すみません」
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田辺は笑う。
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「珍しいな」
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「恋でもしたか?」
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冗談のはずだった。
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でも日高は笑えなかった。
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夜。
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駅前。
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ネオン。
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気づけば足はいつもの方向へ向かう。
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エレベーター。
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上昇。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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そして。
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「こんばんは、日高くん」
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真白の声。
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名前。
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ただ名前を呼ばれただけ。
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なのに、
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少しだけ嬉しい。
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「こんばんは」
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真白は笑う。
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「今日は元気なさそう」
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「そうですか?」
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「うん」
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少し考えて、
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真白は続ける。
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「疲れた日?」
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日高は答えに迷う。
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疲れているのかもしれない。
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でも本当は。
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別のことで頭がいっぱいだった。
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「まあ、ちょっと」
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真白はそれ以上聞かなかった。
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ただ隣の席を軽く指す。
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「座る?」
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その仕草が自然すぎて、
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日高も自然に腰を下ろす。
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少し近い。
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でも不思議と落ち着く。
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店内では誰かが笑っている。
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グラスの音がする。
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その中で、
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二人の間だけ少し静かだった。
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「日高くんさ」
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真白が言う。
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「最初の頃と全然違うね」
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「そうですか?」
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「うん」
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真白は少し笑う。
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「最初はずっと周り見てた」
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「今はちゃんと人を見る」
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その言葉に、
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日高は少しだけ驚く。
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自分では気づいていなかった。
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奥の席。
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美玲が煙草をくわえながらこちらを見る。
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「真白」
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「また日高いじめてる」
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「いじめてないよ」
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真白は笑う。
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「褒めてるの」
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その会話。
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ただそれだけなのに、
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日高の胸は少しだけ落ち着かなくなる。
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時間が過ぎる。
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帰る時間。
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立ち上がろうとした時だった。
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「日高くん」
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真白が呼ぶ。
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「はい」
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真白は少し考えてから言った。
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「無理しないでね」
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たったそれだけ。
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でも。
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最近、
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そんな言葉をかけてくれる人は少なかった。
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会社では成果の話。
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仕事の話。
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失敗の話。
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誰も、
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無理しているかなんて聞かない。
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だからこそ。
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その一言が、
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妙に心に残った。
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帰りの電車。
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窓に映る自分を見る。
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少しだけ笑っている。
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それに気づいて、
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日高は小さくため息をついた。
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(俺、何考えてるんだろうな)
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答えは出ない。
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だが確かなのは、
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この場所がただの居場所ではなくなり始めていることだった。
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第31話 終




