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『ハプニングバーで人生が狂って、やっと普通になれた』  作者: こうた
第一章 「何者でもない日々」

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第32話「少しだけ、特別な夜」

火曜日。



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特別な日ではない。



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給料日でもない。



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休日の前日でもない。



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それなのに。



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日高 恒一は、朝から少し落ち着かなかった。



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理由は分かっている。



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認めたくないだけだ。



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会社。



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朝礼。



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会議。



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資料。



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いつもと同じ。



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だが時計を見る回数が増えている。



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「おい」



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田辺が笑う。



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「今日やる気ねぇな」



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「そんなことないですよ」



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「ある」



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平岡も笑う。



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「分かりやすい」



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岡本が缶コーヒーを開ける。



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「若いなぁ」



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日高は苦笑するしかない。



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終業。



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駅前。



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いつものネオン。



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いつものビル。



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でも今日は少しだけ違う。



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理由は分からない。



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ただ、



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少しだけ足取りが軽い。



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エレベーター。



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上昇。



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扉が開く。



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音。


光。


空気。



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そして。



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「こんばんは」



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真白がいた。



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白いニット。



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落ち着いた色のスカート。



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派手ではない。



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でも目を引く。



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日高は一瞬だけ言葉を失う。



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「こんばんは」



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真白は笑う。



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「どうしたの?」



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「いや」



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言葉が出てこない。



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真白は首を傾げる。



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「変な日高くん」



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その笑顔。



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ほんの数秒。



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それだけなのに。



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今日は少し眩しく見えた。



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カウンター席。



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隣に座る。



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少し近い。



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店内は賑やかなのに、



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ここだけ静かに感じる。



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「仕事大変?」



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真白が聞く。



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「普通です」



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「それ便利な言葉だよね」



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真白は笑う。



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「普通って言えば何でも隠せる」



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日高も少し笑う。



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確かにそうだ。



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辛くても。



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苦しくても。



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何もなくても。



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普通。



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その一言で終わる。



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真白はグラスを回しながら言う。



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「でもさ」



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少し間。



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「日高くん、最近変わったよ」



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日高は黙る。



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最近よく言われる。



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変わった。



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でも自分では分からない。



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真白は続ける。



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「前はずっと自信なさそうだった」



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「今もあるとは言わないけど」



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そこで笑う。



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「前よりずっと楽しそう」



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その言葉。



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胸の奥が少し熱くなる。



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誰かにそう言われたのは、



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いつ以来だろう。



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奥では美玲が煙草を吸っている。



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こちらを見てニヤリと笑う。



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「青春だねぇ」



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「違いますよ」



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反射的に否定する。



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真白も笑う。



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「そうかな?」



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その言葉に、



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日高は返事ができなかった。



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帰る時間。



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エレベーター前。



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真白もたまたま同じタイミングだった。



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二人で並ぶ。



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沈黙。



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でも不思議と気まずくない。



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真白が言う。



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「日高くん」



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「はい」



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「今の方がいい顔してるよ」



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その一言。



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エレベーターの扉が開く。



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でも日高は、



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すぐに動けなかった。



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言葉が残ったからだ。



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今の方がいい顔。



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誰かに認められた気がした。



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電車の中。



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窓に映る自分を見る。



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変わったのかもしれない。



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まだ少しだけ。



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でも確かに。



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そして日高はまだ知らない。



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この感情が、



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居場所への依存とは別の形で、



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彼の人生を動かし始めることを。



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第32話 終

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