第28話「なくしたものに、まだ気づかない」
日高 mootummaa 一本道は、朝の通勤途中で昔の自分を思い出していた。
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といっても、
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特別な思い出ではない。
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仕事終わりに田辺たちとパチンコへ行っていた頃。
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休日に何となく店へ行っていた頃。
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給料日だけ少し浮かれていた頃。
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そんな、何も変わらない日々。
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(あの頃の方が楽だったのかな)
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一瞬そう思う。
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でもすぐに、
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違う気がした。
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あの頃も何か足りなかった。
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ただ、
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何が足りなかったのか分からなかっただけ。
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会社。
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朝礼。
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富島が資料を見ながら話す。
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「若いうちはな、楽な方に流れるのは簡単だ」
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「でもな」
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「後で取り返すのは大変だぞ」
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その言葉が、
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なぜか耳に残る。
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昔なら聞き流していた。
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今は少し引っかかる。
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昼休み。
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十五が資格の参考書を開いている。
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「まだ勉強してるのか」
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日高が言う。
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十五は笑う。
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「まぁな」
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「取れる時に取っとこうと思って」
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その言葉。
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ただの会話。
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なのに胸に刺さる。
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“取れる時に”。
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その言葉が、
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自分には少し遠く感じた。
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夜。
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駅前。
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いつものビル。
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いつものエレベーター。
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でも今日は、
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少しだけ足が止まった。
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ほんの一秒。
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(帰るか)
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そう思った。
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だが。
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次の瞬間には、
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ボタンを押していた。
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上昇。
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扉が開く。
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音。
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光。
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空気。
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いつもの世界。
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真白が笑う。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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そのやり取りで、
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いつもの自分に戻る。
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奥では美玲がこちらを見る。
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「今、迷った?」
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日高は驚く。
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「分かるんですか」
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美玲は笑う。
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「分かるよ」
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「最初の頃の顔に少し戻ってた」
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その言葉に、
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日高は黙る。
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最初の頃。
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不安だった頃。
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でも同時に、
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まだ自分の人生を疑っていた頃。
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美玲は続ける。
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「迷えるうちは、まだ大丈夫」
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「本当に危ないのは」
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少し間。
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「迷うことすら面倒になった時」
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その言葉が残る。
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席に座る。
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会話。
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笑い声。
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いつもの空間。
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楽しい。
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確かに楽しい。
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でも。
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今日は少しだけ違った。
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頭の片隅に、
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会社の景色が残っている。
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十五の参考書。
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富島の言葉。
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そして、
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昔の自分。
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帰り道。
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電車の窓。
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日高は自分の顔を見る。
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少し疲れている。
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でも、
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前より表情はある。
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その矛盾が不思議だった。
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(俺は幸せなのか)
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その問いが浮かぶ。
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すぐに答えは出ない。
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でも初めて。
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“楽しい”だけではなく、
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“この先”を考えた。
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それは小さな変化だった。
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そしてこの小さな変化が、
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後の人生を変える最初のきっかけになる。
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第28話 終




