第25話「“普通”が書き換わる」
日高 恒一は、朝のニュースをぼんやり見ていた。
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天気予報。
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交通情報。
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どうでもいいはずの情報が、今日は少しだけ遠い。
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(今日も会社か)
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その確認は、もはや習慣だった。
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だが同時に、
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もう一つの予定が頭にある。
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会社。
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会議。
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資料。
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田辺がコーヒーを置きながら言う。
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「今日も行くんだろ?」
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日高は一瞬だけ止まる。
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(“どっち”だ?)
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会社か。
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それとも夜か。
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「行きます」
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自然に出る。
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田辺は笑う。
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「だよな」
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もう疑問は挟まれない。
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昼休み。
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平岡が言う。
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「日高ってさ、もう切り替え上手くなったよな」
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岡本が続ける。
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「オンオフってやつだな」
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日高は少しだけ違和感を覚える。
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(オンとオフ)
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その境界が、
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もう曖昧だった。
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夜。
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駅前。
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エレベーター。
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乗る動作が、完全に無意識になる。
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上昇。
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その時間で、
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呼吸が整う。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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その瞬間、
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日高は“戻った”と感じる。
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真白がいる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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真白は少しだけ首をかしげる。
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「最近さ」
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「ここが“普通”になってるよね」
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日高は答えに詰まる。
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普通。
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それは会社側の言葉のはずだった。
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でも今は違う。
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どちらが普通なのか分からない。
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奥では美玲が煙草を吸っている。
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こちらを見て言う。
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「普通ってさ、最後に残った習慣なんだよ」
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日高は小さく息を吐く。
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その言葉が、
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妙に腑に落ちてしまう。
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席に座る。
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会話。
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笑い。
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距離。
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そのすべてが自然。
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そして気づく。
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(会社より“こっちの方が普通かもしれない”)
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その思考に、
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少しだけ抵抗する。
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だが消えない。
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帰り道。
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終電。
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田辺が言う。
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「もうどっちが日常か分かんねぇな」
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日高は少し笑う。
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「そうですね」
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その返事に迷いはない。
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でも内側では、
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静かに何かが入れ替わっている。
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窓の外。
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ネオンが流れる。
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(普通って、作られるんだな)
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その気づきは、
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少しだけ遅かった。
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そしてもう、
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元には戻せない速度になっていた。
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第25話 終




