第24話「気づいた時には、選べなくなっている」
日高 恒一は、朝のエレベーターを思い出していた。
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会社へ向かう途中なのに、頭の中は夜の光景だった。
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(今日も行くのか)
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その問いは、
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以前なら“選択”だった。
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今は違う。
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“確認”に近い。
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会社。
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会議。
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資料。
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田辺が小声で言う。
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「今日、どうする?」
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その言葉に日高は一瞬止まる。
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(今日、とは)
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会社のことではない。
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もう分かっている。
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「行きます」
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即答だった。
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田辺は笑う。
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「即答になってきたな、お前」
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日高も少し笑う。
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だがその笑いは軽い。
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昼休み。
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平岡が言う。
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「日高ってさ、もうルーティンできてるよな」
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岡本が頷く。
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「生活の一部だな」
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日高はその言葉を聞きながら、
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少しだけ違和感を覚える。
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(生活の一部)
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その言葉が、正しすぎて怖い。
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夜。
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駅前。
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足は迷わない。
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考える前に動く。
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エレベーター。
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上昇。
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数字が上がるごとに、
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少しだけ心が落ち着く。
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(また来た)
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その感覚に、
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罪悪感はない。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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その瞬間、
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肩の力が抜ける。
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真白がいる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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真白は少しだけ笑う。
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「もうさ」
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「来る前に迷わなくなったね」
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その言葉に日高は少し黙る。
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迷わない。
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確かにそうだ。
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もう“迷う前に来ている”。
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奥では美玲が煙草を吸っている。
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こちらを見て言う。
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「選んでるようで、選んでない顔してる」
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日高は笑おうとするが、
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うまく笑えない。
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美玲は続ける。
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「人ってさ」
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「選んでるうちは自由なんだよ」
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「選べなくなった時が一番静か」
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その言葉が胸に残る。
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静か。
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確かに最近、
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すべてが静かに進んでいる。
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席に座る。
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会話。
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笑い声。
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それはもう“刺激”ではない。
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呼吸の一部になっている。
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そしてふと思う。
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(俺、いつから選んでないんだろう)
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答えは出ない。
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でも少しだけ分かる。
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“選ばない状態”が、
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すでに日常になっている。
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帰り道。
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終電。
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田辺が言う。
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「もうお前、決まってるもんな」
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日高は少しだけ笑う。
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「何がですか」
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田辺は肩をすくめる。
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「生き方」
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その言葉は軽く投げられたのに、
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異様に重かった。
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電車の窓。
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映る自分は、
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どこにも迷っていない顔をしていた。
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それが少しだけ怖い。
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でももう、
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戻る理由も見つからない。
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第24話 終




