第23話「戻れない日常が、普通になる瞬間」
日高 恒一は、目覚ましが鳴る前に目が覚めるようになっていた。
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ただし、早起きになったわけではない。
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眠りが浅くなっただけだった。
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(今日もか)
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その“今日も”に意味はない。
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ただ繰り返しの確認。
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会社。
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朝礼。
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会議。
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田辺がコーヒーを飲みながら言う。
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「昨日さ、日高いなかったよな」
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日高は一瞬止まる。
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「いましたよ」
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田辺は笑う。
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「いや、途中で消えてた感じ」
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その言葉に少しだけ違和感。
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(途中で消える?)
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でも否定しきれない。
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昼休み。
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平岡が言う。
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「最近さ、日高って“いるけどいない”時あるよな」
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岡本が続ける。
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「頭どっか行ってる感じ」
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日高は笑おうとして、
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うまく笑えない。
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(どこに行ってるんだ)
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自分でも分からない。
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夜。
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駅前。
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雨は上がっている。
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でも地面はまだ濡れている。
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その光沢を見ながら歩く。
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足は迷わない。
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もう考える前に動く。
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エレベーター。
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上昇。
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数字を見る時間が、
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少しだけ長く感じる。
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(なんで今日は長いんだろう)
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その疑問もすぐに消える。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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その瞬間、
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日高は無意識に息を吐く。
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安心。
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それが最初に来る。
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真白がいる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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真白は少しだけ笑う。
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「もうさ」
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「ここ、帰ってきてるよね」
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その言葉に、
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日高は一瞬固まる。
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帰ってきてる。
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その表現が、
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もう否定できない場所に来ている。
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奥では美玲が煙草を吸っている。
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こちらを見て言う。
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「生活、こっちに寄ってるね」
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日高は小さく笑う。
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「そんなことないです」
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でも声が弱い。
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美玲は煙を吐く。
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「否定してるうちはまだ安全なんだよ」
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その言葉が、
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静かに刺さる。
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席に座る。
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会話。
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笑い声。
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その空気はもう“特別”ではない。
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日常の一部。
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会社よりも自然な時間。
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その事実に、
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自分でも気づき始めている。
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帰り道。
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終電。
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田辺が言う。
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「お前さ、もう戻れなくなってね?」
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日高は少しだけ笑う。
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「戻るってどこにですか」
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田辺は肩をすくめる。
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「知らねぇよ。でもさ」
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少し間。
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「前のお前じゃないのは確か」
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その言葉が、
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電車の揺れより重かった。
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窓に映る自分。
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もう“前の顔”を思い出せない。
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(俺、変わったのか)
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それとも、
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(最初からこっちだったのか)
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答えは出ない。
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ただ一つだけ確かなのは、
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“戻れない日常”が、
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すでに普通になっているということだった。
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第23話 終




