第21話「“普通の自分”がどれか分からなくなる」
日高 恒一は、朝の電車でふと違和感に気づいた。
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昨日の夜の記憶が、少しだけ曖昧だった。
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(ちゃんと帰ったよな)
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帰宅したことは覚えている。
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でも、その“途中”が抜け落ちているような感覚があった。
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スマホを見る。
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特に記録はない。
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それでも不安はない。
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むしろ、いつも通りだと思ってしまう。
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会社。
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朝礼。
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資料。
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田辺が隣で欠伸をする。
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「昨日どうだった?」
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その質問が一瞬だけ重い。
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(昨日……)
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思い出そうとする。
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だが輪郭がぼやけている。
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「普通でした」
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そう答えるしかなかった。
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田辺は笑う。
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「お前、そればっかだな」
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昼休み。
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平岡がスマホを見ながら言う。
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「最近さ、時間飛ぶよな」
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岡本が頷く。
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「楽しいと早いんだよ」
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日高はその会話を聞きながら、
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少しだけ引っかかる。
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(楽しい?)
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本当にそうなのか。
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でも否定できない。
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夜。
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駅前。
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ネオン。
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エレベーター。
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もう“行くかどうか”ではない。
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“行くもの”になっている。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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その瞬間、
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身体が軽くなる。
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真白がいる。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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そのやり取りが完全に習慣化している。
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真白は少しだけ笑う。
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「今日、ちょっとぼーっとしてる?」
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「そうですか?」
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「うん。いつもより遠い感じ」
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日高は言葉に詰まる。
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遠い。
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どこから?
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会社?
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ここ?
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自分?
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答えは出ない。
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奥の席。
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美玲が煙草を吸いながら言う。
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「もう“どっちが本当の自分か”分からなくなってるでしょ」
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その言葉に、
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日高は少しだけ固まる。
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否定したい。
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でもできない。
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最近、
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会社にいる自分が“作り物”に感じる瞬間がある。
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一方で、
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ここにいる自分の方が自然だとも思う。
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その矛盾が、
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少しずつ崩れ始めていた。
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席に座る。
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会話。
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笑い声。
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距離。
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その空気の中で、
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日高は小さく思う。
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(こっちが普通かもしれない)
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その考えが浮かんだ瞬間、
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少しだけ怖くなる。
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でもすぐに、
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その怖さも薄れていく。
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帰り道。
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終電。
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窓の外。
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ネオンが流れる。
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その光を見ながら思う。
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(普通って、どれだっけ)
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答えは出ない。
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ただ一つだけ確かなのは、
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選び続けていたつもりの人生が、
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いつの間にか“流れ”に変わっているということだった。
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第21話 終




