第20話「ここに来る理由を、言葉にできなくなる」
月曜日だった。
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休日明けの会社は空気が重い。
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誰も元気がない。
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日高 恒一も同じだった。
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眠い。
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身体が重い。
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でも以前と違うのは、
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“仕事が嫌”なのではなく、
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“夜までが長い”と感じていることだった。
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朝礼。
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資料確認。
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上司の説明。
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富島が前で話している。
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「若いうちはな、時間の使い方間違えると後でキツいぞ」
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その言葉に、
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日高は少しだけ反応する。
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だが周囲は特に気にしていない。
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田辺は眠そうにしている。
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平岡はスマホを見ている。
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岡本はぼんやりしている。
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“今を回すこと”だけで精一杯の空気。
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日高も本来はそっち側のはずだった。
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でも最近、
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少しだけ感覚が違う。
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(夜になれば楽になる)
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そう思ってしまう。
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その考えが、
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もう完全に生活へ入り込んでいた。
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昼休み。
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同期の十五が近づいてくる。
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「日高、最近忙しそうだな」
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「まぁ、普通かな」
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十五は少しだけ笑う。
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「顔疲れてるぞ」
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その言葉に少し詰まる。
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疲れているのか。
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自分ではよく分からない。
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でも最近、
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“何をして疲れているのか”が曖昧だった。
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仕事か。
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夜か。
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孤独か。
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全部混ざっている。
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十五は続ける。
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「今度また飯行こうぜ」
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日高は少しだけ間を置く。
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「うん」
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返事はした。
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でも頭のどこかで考えている。
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(その日、行けるかな)
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“どこへ”とは考えていない。
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もう前提になっている。
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夜。
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駅前。
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ネオン。
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足が自然に動く。
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考えなくても身体が覚えている。
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エレベーター。
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上昇。
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その短い時間で、
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少しだけ呼吸が整う。
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扉が開く。
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音。
光。
空気。
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その瞬間、
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今日一番安心する。
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真白がこちらを見る。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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真白は少しだけ日高を見る。
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「今日、疲れてるね」
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「そうですか?」
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「うん。なんか考え込んでる顔」
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日高は少し黙る。
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何を考えているのか。
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正直、自分でも分からない。
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ただ最近、
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ここに来る理由を説明できなくなっていた。
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楽しいから?
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落ち着くから?
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孤独じゃないから?
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全部少し違う。
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でも来てしまう。
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奥では美玲が煙草を吸っている。
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こちらを見て、小さく笑う。
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「もう理由いらない段階だね」
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その言葉に、
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日高は反応できない。
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図星だった。
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最初は好奇心だった。
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次は刺激。
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その次は居心地。
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でも今は違う。
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“理由がなくても来る”。
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それが一番危険だと、
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どこかで分かっている。
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席に座る。
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会話。
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笑い声。
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近い距離。
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その空気の中にいると、
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少しだけ安心する。
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でも同時に。
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店の外の自分が、
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少しずつ薄くなっている気がした。
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帰り道。
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終電。
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窓に映る顔。
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疲れている。
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でも少し安心している。
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その矛盾が、
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最近の自分そのものだった。
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そして日高は、
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まだ知らない。
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この“安心”が、
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これから少しずつ人生を狂わせ始めることを。
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第20話 終




