第18話「“ここだけは失いたくない”と思い始めた」
金曜日だった。
---
会社全体が、少しだけ浮ついている。
---
「明日休み」という空気。
---
以前の日高 恒一にとって、金曜はパチンコの日だった。
---
負けても「週末だから」で済ませられる。
---
それがいつもの流れだった。
---
---
でも最近は違う。
---
---
田辺が笑いながら言う。
---
「今日混んでそうだな」
---
---
平岡も頷く。
---
「金曜ですからね」
---
---
もう誰も“どこが”とは言わない。
---
---
それでも全員通じる。
---
---
岡本は缶コーヒーを飲みながら言う。
---
「日高、最近完全に馴染んだな」
---
---
「そうですか?」
---
---
「最初のお前、マジで挙動不審だったぞ」
---
---
全員が笑う。
---
---
日高も笑う。
---
---
その笑いが自然だった。
---
---
会社で笑う時より自然。
---
---
それが少し怖い。
---
---
---
夜。
---
駅前。
---
ネオン。
---
人混み。
---
---
金曜の街は騒がしい。
---
---
だが日高の足は迷わない。
---
---
もう“選択”ではなく、
---
“帰る方向”になっている。
---
---
エレベーター。
---
---
上昇。
---
---
数字を見るたび、
---
少しだけ気持ちが軽くなる。
---
---
扉が開く。
---
---
音。
光。
熱。
---
---
いつもより人が多い。
---
---
笑い声も大きい。
---
---
だが不思議と落ち着く。
---
---
真白がこちらに気づく。
---
---
「こんばんは」
---
---
「こんばんは」
---
---
その挨拶だけで、
---
“来た”という感覚になる。
---
---
真白は少し笑う。
---
---
「今日は人多いね」
---
---
「ですね」
---
---
「でも日高くん、もう普通に馴染んでる」
---
---
その言葉に少しだけ胸がざわつく。
---
---
馴染む。
---
---
以前の自分なら、
---
そんなこと絶対にないと思っていた。
---
---
でも今は違う。
---
---
ここにいる時の方が、
---
自分が自然だった。
---
---
奥では美玲が煙草を吸っている。
---
---
こちらを見て、小さく笑う。
---
---
「もう“居場所”になってるじゃん」
---
---
日高は反射的に否定しようとする。
---
---
でも言葉が止まる。
---
---
否定できない。
---
---
最近。
---
疲れた時。
---
孤独な時。
---
仕事がしんどい時。
---
---
真っ先に浮かぶのがここだった。
---
---
それはもう、
---
ただの遊びではない。
---
---
席に座る。
---
笑い声。
---
誰かの会話。
---
近い距離。
---
---
その空気の中にいると、
---
少しだけ“生きている感覚”がある。
---
---
会社では、
---
ただ時間を消化している感覚だった。
---
---
でもここでは違う。
---
---
誰かが名前を呼ぶ。
---
誰かが話しかける。
---
誰かが笑う。
---
---
それだけで、
---
自分が“存在している”感じがした。
---
---
そして気づく。
---
---
(ここだけは失いたくない)
---
---
その感情が、
---
想像以上に重かった。
---
---
帰り道。
---
終電前。
---
ホーム。
---
---
田辺が煙草を吸いながら言う。
---
---
「お前、最近楽しそうだな」
---
---
日高は少し考える。
---
---
「……そうかもしれないです」
---
---
その返事が自然だった。
---
---
でも同時に、
---
少しだけ怖かった。
---
---
もしここがなくなったら。
---
---
自分には何が残るんだろう。
---
---
その問いが、
---
初めて本気で胸に浮かんだ。
---
第18話 終




