第12話「戻る場所の輪郭が消える」
日高 恒一は、朝起きてすぐにスマホを見た。
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通知はない。
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それだけのことなのに、少しだけ落ち着く。
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(今日は何かあったっけ)
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そう思った瞬間、違和感に気づく。
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“何かあったっけ”ではなく、
“何をする日だっけ”になっている。
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会社。
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会議。
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資料。
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いつも通りの流れ。
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田辺が隣で言う。
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「昨日どうだった?」
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日高は少し考える。
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(昨日……)
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記憶はある。
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だが“順番”が曖昧だ。
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会社→バー→帰宅→睡眠。
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どこからどこまでが“昨日”なのか分からない。
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「普通でした」
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そう答えるしかない。
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田辺は笑う。
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「もう完全に日常だな」
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その言葉に少しだけ違和感がある。
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夜。
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ハプニングバー。
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エレベーター。
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一人で乗る。
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もう誰も誘わない。
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誰も止めない。
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扉が開く。
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音。
光。
人。
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それが“風景”になっている。
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真白がいる。
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「こんばんは」
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日高も返す。
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「こんばんは」
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その挨拶に意味はない。
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ただの形式。
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美玲が奥で煙草を吸っている。
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こちらを見て言う。
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「もう会社よりこっち長いでしょ」
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日高は少しだけ考える。
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「そうかもしれないです」
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その返答に驚きはない。
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事実として受け入れている。
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田辺が手を振る。
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「日高、こっち」
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日高は立ち上がる。
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もう選択ではない。
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流れ。
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席に座る。
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会話。
笑い。
時間。
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そしてふと気づく。
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(会社での自分、どんなだったっけ)
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思い出そうとしても輪郭がぼやける。
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スーツを着ていた自分。
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パソコンを見ていた自分。
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でも感情がない。
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一方で、
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ここでの自分は“はっきりしている”。
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話す。
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笑う。
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聞く。
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どちらが本物か分からなくなる。
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帰り道。
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田辺が言う。
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「もう完全に生活だな」
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日高は少し笑う。
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「そうですね」
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電車。
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窓の外。
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ネオン。
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その光が少しだけ揺れて見える。
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(戻るって、どこに?)
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その問いは、
もう誰にも届かない場所に落ちていく。
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第12話 終




