第11話「日常の形が、少しだけ変わる」
日高 恒一は、目覚めた瞬間に少しだけ違和感を覚えた。
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それは疲れでもないし、寝不足でもない。
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もっと曖昧な“感覚のズレ”だった。
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(今日、何曜日だっけ)
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すぐにスマホを見る。
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木曜日。
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会社はある。
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でもその事実が一瞬だけ遠く感じた。
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朝の電車。
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いつもの風景。
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なのに、昨日までとは少し違う。
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(会社が“本体”じゃない気がする)
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そんな考えが一瞬よぎる。
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すぐに消す。
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田辺がいない朝は静かだった。
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平岡もまだ来ていない。
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岡本もいない。
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その静けさが少しだけ落ち着かない。
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会社。
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仕事。
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指示。
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報告。
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いつも通りの流れ。
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でも“心の位置”が少しずれている。
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画面を見ながら考える。
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(今日、行く日だったか?)
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その問いが自然に出てくることに気づく。
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昼休み。
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田辺からメッセージ。
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> 「今日どうする?」
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その一言で、すぐに分かる。
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これはパチンコの話ではない。
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もう“夜の場所”の話だ。
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日高は少し迷う。
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(昨日行ったばかりだろ)
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でも“昨日”の感覚が曖昧だ。
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代わりに出てくるのは、
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「行くのが普通」という感覚。
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指が動く。
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> 「行きます」
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送信。
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その瞬間、
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少しだけ胸が軽くなる。
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夜。
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ハプニングバー。
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エレベーター。
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もう“儀式”のように乗る。
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誰も何も言わない。
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ただ上がる。
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扉が開く。
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音。
光。
人。
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もう驚きはない。
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真白がすぐに気づく。
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「こんばんは」
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日高も自然に返す。
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「こんばんは」
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そのやり取りが“日常の挨拶”になっている。
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真白は少しだけ笑う。
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「ほんとに生活だね」
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その言葉に、日高は軽く笑う。
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「そうかもしれないです」
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奥から美玲の声。
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「もう会社と逆転してるでしょ、それ」
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日高は何も返さない。
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でも否定できない。
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田辺が手を振る。
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「日高、こっち」
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反射で動く。
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もう“考える前に動く”状態になっている。
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席。
会話。
笑い。
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すべてが自然。
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そして気づく。
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(ここ、会社より楽だな)
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その思考に少しだけ驚く。
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だがすぐに受け入れてしまう。
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帰り道。
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田辺が言う。
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「お前もう完全に慣れたな」
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日高は少し笑う。
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「慣れましたね」
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その言葉に重さはない。
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ただの事実。
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電車。
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窓の外。
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ネオン。
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その光が、以前より“近く”見える。
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(どっちが日常だっけ)
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その問いはもう浮かぶだけで消える。
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答えが必要ない場所に来ていることに、
まだ気づいていない。
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第11話 終




