即位の儀式 2
魔法師らの準備が整ったらしく、現国王、アルベリヒ、アレクサンデルがそれぞれの場所で三角を描く様に立ちっている。現国王以外の二人はルディの用意した新しい魔具を身につけ、現在の結界が解かれるのを待っていた。三人に付いた魔法師らが呼吸を合わせ結界を解き始める、それはまるで何かの舞をするような或いは楽器を爪弾く様な動きでまるで見ているこちら側にも呼吸をすることすら忘れさせる様に、静かに集中して行われていた。そんな中小さな物音が静寂を破る、先につけていた魔具が体から離れ落ち壊れる音だった。それから魔法師が入れ替わりまた三人に今度は新しい結界を張り巡らせていく、アレクサンデルに用意された指輪は彼の指には大きかったが握りしめた拳をゆっくりとアニエスが開きその指輪を小さな指に呪文を唱えながら嵌めていく。他の二人も同じ様に解く時には舞の様だった魔法が今度は言葉によって結界を張り巡らされている様だった、その言葉は他人に知られてはならないので魔法師の正装である服装によって口元が隠されている。そばに立っていても何を言っているのか聞き取れない程の囁く様な言の葉で紡ぎ出される結界は細い金糸、銀糸がゆらゆらと揺らめきながら確かに三人を包みこんでいた。
「綺麗・・・」
ファンテーヌが思わず溜息と共に漏らした言葉は見るもの全ての心の内を代弁していた。
カリンは今迄ウルリヒや王宮内でルディが公の立場で使う魔法は目にしていたが、それらは主に攻撃魔法や生活に関わる魔法でこの様に術式が目に見える形で発動されているのは初めて目にする。普段なるだけ魔法に頼らない生活をしていても度々お世話になっているのだが、自分の夫が魔法師であることを改めて認識させられた。
「夫の仕事に見惚れているか?」
いつの間に来たのか隣にはハーヴェイが座っていた。
「はい、凄いですね皆さん。魔法師って、本当に凄い能力です。」
「全く、どこでどう間違えたらあんな能力が胎の中から身に付くのかよくわからんがな。」
その言葉にカリンはギョッとした。
「え、あれ?あの、誰が魔法師になるかとかハーヴェイ様がお決めになっているのではないのですか?」
「馬鹿を言うな。私が統治する、少なくてもこの大陸全体にどれだけの人間が生まれると思う?一々どこの子どもに魔力を授けるかなど、考えていたら他のことが何にもできん。」
「では、生まれてくる子どもも自然なものなのですか?」
「ああ、そうだ。魔力持ちだろうが無しだろうがそれは自然の摂理だ。それを神の御業とかいって、私の采配とすり替える輩もいるが私にもできる限界がある。まぁたまに産神が采配する場合もある様だが、余程のことがなければ手出しはしない。一々手出ししていれば下界は良い人間ばかりの筈ではないか。お前の出生からしてそうだ。神殿での禁忌を犯し一人の子が生まれている、私が認めなければ生まれないと言うのならばお前はこの世にいないはずだ。」
ほろりと涙が片目から落ちた。空に帰ってしまったあの子は生まれて来てはいけない子ではなかった、自分は母親失格の烙印を押されたのではなかった。では、この子はどうだろう?神の領域ではない自然の摂理でいけばこの子の誕生を主神に願うこともできない。
「泣くな。お前が泣くとハプトマンが煩い、お前の子とルディの子ならば生まれてくると信じるしかないだろう。私も流石に産まれる前から祝福は授けられん。」
そうは言われても何故だか涙が溢れてくる。
「ちょっ、お前なぁ・・・。あ〜、もう泣くなって!おい、主巫女帰るぞ。」
「私は結構ですが、何かお忘れではありませんか?」
すました顔で主巫女が答える。
「は?あ・・・ああぁぁっ!いかん、大事な事を忘れておった。くそ、まだ帰れんか。カリン、な?もうそろそろ泣き止んでくれるか?お前が泣くとハプトマンまで降臨してくる。」
カリンはこくこくと頷くと「すみませんでした。」と、主神と周辺に謝った。その間に結界を張り巡らす魔法は終わりを迎えた様で王座には新たにアルベリヒが座っている、ファンテーヌはホッと胸を撫で下ろした。次は新王の家族であるファンテーヌと小さな二人の子ども、そして現王妃の番である。四人が術を解いたりかけられたりしている間、カリンは主巫女に尋ねる。
「あの、忘れていることってなんですか?」
主巫女は和かに微笑み「いまにわかりますよ。」とだけ言った。その意味ありげな微笑みに疑問を抱きつつも、神に仕える女性にそれ以上は問えず黙って頷き儀式の行方を見守った。その間主巫女は退位の儀を終えた前国王の側に行き何やら耳元で囁いている、前国王はハッと弾かれた様に主巫女を見上げると硬い表情で頷いた。
現王妃と新王妃の退位と即位の儀式は滞りなく終えられ、会場に安堵の溜息が漏れる。アルベリヒはこの後、別の会場で戴冠式を執り行う。その準備に皆が移ろうとした時、前国王から声がかかった。
「皆、すまぬがもう少し時間をもらえるか。主神ハーヴェイ様からお言葉がある。」
会場はざわめいた。ハーヴェイは世間話でもするかの様に席から立ち上がるとそのままの位置で会場全体によく通る声で宣言した。
「今日の良き日にもう一つ慶事を授けたい。王弟オーランド王子にウェスティン侯爵令嬢ヨハンナ・ベルを花嫁として授ける。ヨハンナは母親の罪を償いながら熱心な信仰をし、孤児や貧しい子どもらを集め読み書きを教えている。その善行により、母の罪から切り離しウェスティン家は咎人の罪から外れ我が名の元にオーランドに相応しい娘と判断した。これに一切の口出しは許さぬ、よいな?」
会場内にいたウェスティン侯爵が泣き崩れながらも主神の前に行き跪いて謝辞を述べる。
「ハーヴェイ様、先程のお言葉ありがたく受け取らせていただきます。しかし、殿下の伴侶となるにも殿下の御意志もあろうかと・・・」
「意思も何も、それがオーランドの望みだ。なぁ、オーランド?」
その視線の先には顔を真っ赤にした王弟がいた。
「あ、の。ヨハンナの意思は・・・?」
「そんなもの、自分で聞きに行け。」
「う、あ、はい。有難うございます、ハーヴェイ様。必ずや侯爵令嬢を幸せにいたします。」




