人生の選択
「こ、こんな豪華な内装の馬車でなくともいいんじゃない?」
だが、夫は妻の遠慮を一蹴した。
「普通の馬車じゃ揺れがあるだろう?これくらいじゃないと駄目だよ、ほら乗って。」
手を引かれ否が応にも馬車へと乗せられる。車内のふかふかの座席に座るとルディが毛布をお腹から膝にかけてくれた。
「行き先は?どこか決めたお医者さんがある?」
「えっと、ジャック・ハワーズ先生の診療所に。」
「わかった。よし、出してハワーズ診療所だ。」
乗り込む前には御者が見えなかったが今は誰かが二頭立ての手綱を握っている。これも魔法の何かなのだろうと考えることにした。
「いつ気がついたの?」
「2・3日前に、そういえばって・・・。それで、昨晩ルディに言われた事を思い返して夢の内容を思い出したの。いつも子どもが出てくるの、詳しくは思い出せないんだけれど見る度に幸せな気持ちで目覚めるの。それでね、海で寝ぼけて床の上で寝てたって言ったでしょう?あれも夢なんだかわからないけど、あの晩は二人以上の子どもの声が聞こえて目が覚めたの。それでてっきり、別の泊まり客の子どもが忍び込んだんだと思ってベッドから探しに降りたんだけど姿は見えなくて・・・。それからほら、あの同窓会会場で会った女の子が「今は誰でもないけどそのうちに誰かになるかもしれない。」って言ったのを思い出して、旅行中からなんだか子どもにまつわる現象が多いしもしかしたらって気になって。」
「じゃあ、今朝確信した様なもんなんだ?」
「そう、そうなの!前の時にはルディが留守だったこともあって知らせる前に残念なことになったから、今度は早く知らせようと思ったらお休みを取ってくれるって言うんだもの。これは今日中に先生に診てもらわなきゃって思ったの。」
カリンの頬にルディの手が触れる。知らない間に涙を流していたらしいと、その時気づいた。
「ありがとう、すぐに話してくれて。まだ、わからないけど本当ならすごく嬉しいし楽しみだ。ありがとう。」
「でも、勘違いかもしれない。そしたらあなたを期待させて傷つけることになる。」
「そこはお互い様だろう?その時は君もがっかりするだろうし、二人で美味しいものでも食べて帰ればいいさ。あ、ほらもう着くよ。」
診療所の近くに目立たないよう馬車は止まった。二人は手を取ってハワーズ医師を訪ねて門を潜った。
初老のハワーズ医師は気の良さそうな中肉中背の白髪の姿でカリンに問診を幾つかすると、内診台で診察をしその後診察室に座るふたりの前に帰ってきてこう告げた。
「おめでとう、ガウス夫人。今回は順調に成長していますよ。ガウス魔法師、あなたもおめでとうございます。今回の様なことは魔法師夫妻には稀な事です。」
「じゃ、本当に妻は妊娠を?」
「はい。予定ではそうですなぁ、春頃になりますかな。」
二人は顔を見合わせ喜んだ。しかし、そこへ医師が厳しい現実を突きつけてくる。
「いや、大変めでたいのですがね。私は普通の夫婦にも聞いているが特に、魔法師の夫妻にこの様な慶事があればこそまず最初に確認をしております。」
カリンが身を固くして尋ねる。
「なんですか?それは。」
柔和そうな物腰と瞳で医師は告げた。
「まずご主人にお聞きしたい。魔法師の子どもは誕生までが非常に難しい、あなたはもし子どもと奥さんとどちらかを選ばねばならない場面に遭遇した時にどちらを選ぶかね?」
「・・・それは・・・カリンを・・・妻を助けてください。」
「では、奥さん。あなたはどうしたい?」
「私の命を助けてください。」
一瞬の沈黙があったルディとは違い、カリンはハッキリと即座に答えた。
「ほう、これは珍しい。赤ん坊の方を望む夫婦が多いのに、それで本当に後悔しませんな?」
「先生、できれば二人とも元気に終わればいいと願います。でも、もしもの場合この人は私がいないと駄目なんです。私を失ってまで得た生命を大切にしてくれるとは思います、でも私がいないと駄目なんです。彼を守る人がいなくなっちゃう、だから先生?私、何としても二人とも無事に出産を終えたい。それまでよろしくお願いします。」
深々と椅子に座ったまま頭を下げるカリンを、ルディは驚き固まって見つめていた。
「ほほっ。まあ、万が一の場合ですからな。栄養をつけて体を冷やさず、普通の妊婦より無理をせず、心配もあろうが心配しすぎず穏やかにお過ごしなさい。」
「あ、先生。妻は魔法の側には置かない方がいいですか?今は実は即位の儀式の関係で私の仕事上、職場で生活をともにしているのですが。」
「ふむ、私は魔法については詳しくないがあなた方は離れているよりも共にある方が安心な様じゃ。魔法も悪い魔法や薬を作り出す場合は影響があると思うが、即位の儀絡みならばそれは護りの、良い魔法なのでは?」
「はい、その通りです。」
「うんうん、ならば大丈夫じゃ。しかし、先ほども言った様に無理はさせない様にな。うん、早速父親の顔に変わっておるわ。お二人なら良い子に恵まれましょう。」
「あの!私、儀式の際に主神に殿下の審判を仰がねばならないのですが大丈夫でしょうか?」
「ほう!審判を。しかし、それも神聖な神殿で行う儀式の上お相手するのは主神ハーヴェイ様じゃからおめでたいと言った方が良いじゃろう。そのお務めだけはだいじょうぶといえますよ、主神は子ども好きの繁栄の神でもあらせらせる。その他は大人しく穏やかに過ごせるのならば問題ないでしょう。」
「ありがとうございます。私、この人の側で春まで穏やかに過ごします。」
「うんうん、安定期を迎えればまた一安心できるじゃろう。ではまた一月後においでなさい。」
診療所を出て馬車に乗り込むとカリンは泣き崩れた。
「大丈夫かい?」
「うん、大丈夫・・・ごめん。ごめんなさい、嬉しくて涙が止まらないの。」
「僕もだよ泣きたいくらいに嬉しい、君は強いよ本当に。先生の質問に僕は一瞬躊躇した、だって君が子どもを優先させるだろうと思ったから・・・だけど君はもう決めているんだね、僕の側に残ることを。ありがとうカリン、それからおめでとう。大切に生きよう、必ず元気に生まれる様身体を大事にしよう。」
その言葉にカリンが何度も頷く。二人はその後、街でゆったりとした服や膝掛けなどを買い魔法省へと帰って行った。




