忙殺
長い休暇から夜明け前に自宅に帰り着いたふたりはゆっくりする間も無く登城の支度に追われ、夜明けと共にルディは城へと出勤して行った。旅の荷解きは魔法で手伝うと言ってくれたがカリンはやんわりと断った。
「大変じゃない?」
「大丈夫、時間を潰せるしゆっくり荷解きしながら普段の生活に戻りたいの。」
そう、昨日まで平穏だった旅路から急に帰宅していきなり普段の生活に戻るよりは旅の思い出に浸りながらゆっくりと生活のリズムを取り戻したかった。
「だって、いきなりこの家に一人きりじゃ泣きそうだもの。」
ルディが移動魔法でいなくなるとポツリとカリンは呟いた。こんなに広かったかなこの家、そんなことを思いつつ家中の窓を開ける。夏の終わりの風がカーテンを揺らす。家の中は綺麗だった、留守中フェンリルが二日に一度は掃除に来てくれていたはずだ。
「さて、と。お土産を出して、洗濯洗濯。」
デアルスツでの荷物の中から近所への土産物をテーブルに出し、衣服を洗濯場に運び朝一番から仕事にかかる。洗い終えると洗濯籠を庭に抱えて出て行く、そこへフェンリルの長女セシリアがやって来た。
「あーっ!カリンちゃん本当に帰ってる。」
準備の良い母親が持たせたのだろうガウス家の合鍵をパタパタと走り寄ってきて、小さな手で渡してくる。
「あのね!昨日、ヤンおじさんと伯爵が明日には帰るだろうって言って来たの。でね、母さんは朝一番には帰ってるだろうから先に鍵だけでも返して来てって、後から行くからここで待たせてもらえたら待つ様に言われたんだけど・・・カリンちゃん、私どうしたらいーい?」
「ふふ、さすがお母さんは読みが的確ね。セシー、私はこれ干したら用事がないからそれまでお庭で遊んで待っててくれる?」
自分の幼名を付けられた身近で最初に生まれたこのセシリアをカリンは妹の様に可愛がっていた。
「あれ、セシー学校はまだお休み?」
「うん!あとねぇ一週間くらいお休みがあるの。ねぇ、カリンちゃん今度はどこに行ってきたの?」
「デアルスツっていう、王様達のご先祖様がいた場所よ。北の方でね、アデーレより夏は過ごしやすいの食べ物も美味しかったし、お土産があるから後であげるね。」
「本当⁉︎わーい、なんだろうな〜。」
お土産の言葉に大喜びのセシーがワンピースの裾を翻しながらクルクルと踊る様に回る、その首には海からの土産のネックレスを余程気に入ってくれたのか、朝日を受けてキラキラと光っている。そういえばセシリアは7歳になる。かつて自分がその愛称で呼ばれていた最後の歳に近づいた、カリンは8歳で名付けの儀をしてもらい真実の名前アレクシア・カーテローゼ・ハプトマンになった日を思い出す。
「あの頃から私ってルディの事を好きだったのかしら?」
空になった洗濯籠を抱え小首を傾げる。自分がルディに恋愛感情を持ったのはいつからだろう、あまりにも近くにいつも居たため自覚した覚えがない。ただ、結婚を申し込まれた時に泣きそうなくらい嬉しかったことは確かだ。自分があの人の妻になるなんて想像もできなかった、ただ側にずっと側でお仕えできればとは願っていた。
「あ、あれかなぁ?」
よいしょと洗濯場を片付けて思い出す、二度目にウルリヒに行った時のことだ。小鬼族の族長にあっさり対の魔具を差し出そうとするルディになぜか猛烈に腹が立って、半ば勢いで長い髪を切り落とし差し出した。あの後、ウルリヒ王宮の廊下で初めての喧嘩になったっけ、うんあの頃には多分好きだったんだろうな。
家屋に入り玄関を開けてセシリアを呼ぶ。駆けて来る無邪気なセシリアを見て心が和む、セシリアは真っ直ぐに育っている。両親がいて妹弟がいて、学校に行き友達と遊び家の手伝いもする。そのごく当たり前の生活が自分には無かったが、外の世界を知らずに育ったせいもあるが全く不自由だの不憫だのと自分を憐れんだことは一度もない、大人になった今だってそうだ。あの「離れ」という名の我が家には愛情が溢れていた、フェンリルに家事を教わりオブリーに勉強を習い側にはいつもルディが居てくれた。どういう仕組みかは解らないが材料を入れればいつでも冷たいレモネードが出てくるルディが作ってくれた魔法のピッチャーからグラスに二杯それを注ぎ出す。
「ふう、こんな時は魔法ってホント便利よねぇ。でも、ルディはいつからそうだったのかな?」
一つのグラスをセシルに私ながらつい呟く。
「え、なぁにカリンちゃん。ルディさんどうかしたの?」
「へ?あ!ううん、なんでもな〜い。」
あははと愛想笑いで誤魔化しながら、二人で鞄から出した土産物を整理していく。カリンがそんな穏やかな時間を過ごしている頃、夫であるルディは会議室で難題をあれこれ投げつけられていた。
「え〜っと、整理させてもらいたいんですが。まず陛下の退位の儀を執り行いそれと同時に陛下のお持ちになられていた国王の魔法結界を解きつつ殿下に新たに国王としての結界を張り戴冠式を行なう?で、更に同時にアレクサンデル殿下に同様に結界を施しえーっと、立太子の儀を続けて執り行う・・・で、いいですか?」
「違う違う、陛下の結界を解いて新たに別の結界を張らねばならん。」
「それからまず王太子殿下が国王に相応しいかを先に神殿で主神にお伺いをたててこなければいかん、そこで了承が得られて初めて戴冠できるからな。あと、同じ様に王太子に相応しいかどうかをアレクサンデル殿下も見定めていただかんと。」
「えっ⁉︎そんな見極めもあるのですか、ならばアルベリヒ殿下もお小さい頃にいや、お生まれになってから主神に次期国王として認められているのでは?」
「認められてから実際に即位されるまでの間の行ないや為人を再度見定めていただかんといかんのだよ。」
ルディは仕事上の相方と言ってもいい、かつての執事を振り返り尋ねる。
「オブリーさん、まさかこれ僕一人でやるんじゃないですよね⁉︎」
「あー、どうなのかな。全ての儀式を司るのは貴方ですけど、こればっかりは先人にお聞きしないと手順が複雑で。」
「どうなんですか、大臣⁉︎」
「いやぁ、現国王の際は式典はお二人だったから混乱せんかったんだが今回御三方だからややこしいな。ははっ、まぁまだ日はあるからゆっくり考えよう、な?」
駄目だ・・・魔法大臣も混乱してる。とにかく式典の進行、会場の管理この二つが僕の担当だということは解った。でもそれってあれだよね、婚礼の儀の時みたいに飾り付けながらそれぞれに魔法を施して何事もなく終わる様に精神集中して結界を張ったりしつつ、殿下の結界はとにかく僕が解いたり張ったりしなきゃいけない。今までの例はどうなってるんだ⁉︎まだ話しにでてこないからスルーしてるけど、妃殿下も同じことしなきゃいけないんじゃないの?
これから始まる忙しい日々と本番を想像すると細々とした雑務に忙殺される日々が始まるかと思うとまだ午前中ながらもすぐにでも帰りたいと思うルディだった。




