ありがとう、ごめんなさい。
最後のほう、ちょっと暗いです。
すべてのグループが決まった後、役割分担を決める前に席替えが行われた。宿泊学習までに班の結束を深めるためらしい。
まあ、それでも私たちはなにも変わらなかったけど。相変わらず、窓際一番後ろの席ですよ。
正確にいうと、窓際の一番後ろの席が私。その隣が月翔九十九。私の前の席が幽という感じになっている。
幽が隣の席になるとか冗談じゃなかったので、月翔九十九に頼み込んで隣にきてもらった。奴をひとりぼっち席(一番後ろの一人席)に追いやることもできたが、あいつに背後を許すというのもまた自傷行為だ。諸々の事情により、この席順となった。
今回は新たに岸山くんと、女の子からは茅島さんと綾里さんが加わった。
茅島さんは活発な感じの女の子で、どうやら稀有人種の幽狙いだったらしい。明るい良い子なんだけど、その趣味だけはいただけんよ。
綾里さんは茅島さんとは真逆で、大人しい感じの子だ。
茅島さんがこの班になれたことを体全体を使って喜んでいたのに対し、彼女はちょっと残念そうな顔をしていた。彼女はきっと、あの二人に対して特別な感情などは抱いていないのだろう。
綾里さんは他の女の子に班を譲ろうとしていたが、先生が一度決定したら変更は認めないと言ったので、泣く泣くこの班になった感じだ。
そりゃね、問題児だらけじゃ困るもんね。先生、この班員が決定したとき「私の運もまだ捨てたもんじゃない!」とばかりに天を拝んでたもん。
そんな彼女たちの席だが、幽の隣を茅島さんに、その前の席を岸山くんと綾里さんに座ってもらった。
幽は微妙な顔をしていたが、茅島さんは喜んでいたし、岸山くんと綾里さんは特にこだわりがないようだったのでよしとした。
「それじゃあ、役割を決めようか。誰か、班長をやりたいって人はいる?」
誰かやりたい人がいるなら、その人にやってもらおう。
ほら、やっぱり個人の意思って大切だからさ。
思惑に反して、立候補はない。やっぱりダメか。
――結局、班長は私がやることになった。
後の役割は副班長は岸山くん、保健は月翔九十九と綾里さん、行事は幽と茅島さんとなった。
ともに苦労を被る仲として、岸山くんに「一緒に頑張ろう」と声をかけたら、首を上下にぶんぶん振って恐縮された。
「そんな畏まらなくていいよ」と言ったら、さらに恐縮された。なぜだ。
その帰り道、迎えの車の中でメールを受け取った。差出人を確認した私は、大急ぎで運転手の岩倉さんに目的地の変更をお願いした。
向かった先は、古き良き日本家屋のお屋敷。
リアルに庭に灯篭や鹿威し・枯山水なんかがあったりする。
このお屋敷にはよく来るので、使用人さんの案内はつかない。というか、二回目でお断りした。
彼女たちも他に仕事とかあるだろうしね。いちいち私に時間を割いてもらうのも申し訳ない。
目当ての部屋にたどり着くと、私は襖の向こうへ「失礼します」と声をかけた。思えば、初めてここへ来たときに「襖はノックしないノックしない……」と自分に呪いのように言い聞かせたのが懐かしい。
返答を待っていると、唐突に襖が開いた。
「思ったよりも早かったのね」
現れた和服姿の美少女に、私は破顔した。
「艶子さんのために頑張りました!」
「頑張ったのは運転手でしょう。いいから、入ったら」
美少女に促され、私は喜色満面に彼女の部屋にお邪魔した。
彼女は私の親友、葛ノ葉艶子さん。
葛ノ葉流っていう華道の家元の娘で、いつも着物を着ているけど、日本人形というよりビスクドールという印象を受ける。
栗毛色の髪には真っ白なワンピースがよく似合うと思う。
あ、もちろん今着ている椿の絵柄の小紋もすっごくよく似合ってるよ!
むしろ艶子さんに似合わない服なんてないよ!
「……なにかバカバカしいことを考えているでしょう」
ジト目で私を見上げてくる艶子さん。
上目遣いかわい……いたたたたたたっ!! ほっぺ痛い!!
ちょっ、艶子さん! その華奢な体のどこにこんな力が!?
「顔がだらしないわ。引き締めてあげる」
え、私そんなにだらしない顔してました!?
「ええ。ちなみに現在進行形よ」
そ、それは艶子さんが私の頬をつねっているからでは……。
「いいがかりよ」
いや、これはいいがかりじゃ……というより艶子さん、さっきから私の心の声と会話してませんか?
あ! これぞ心の友と書いて心ゆ……いだだだだだだっ!!!
ごめんなさい、もうなにも言いません考えません!!
言わないから放してください! 両サイド攻めはキツイです!!!
「……よく伸びるわね」
「はんひんしてはいで、はなひてくらさい!!!(感心してないで、放してください)」
その後、ちょっと艶子さんの遊び道具にされてから、ようやく解放された。
「うぅ~……いひゃい…………」
「自業自得よ」
私はリンゴのように真っ赤になった頬を両手で覆った。
熱をもってじんじんするけど、腕を組んで仁王立つ艶子さんがとても凛々しいので、これはこれで役と……。
「まだ反省してないようね」
「ごめんなさい、もうしません」
どこから取り出したんですか、その鉄扇。
これ以上、艶子さんを怒らせると確実に雷という名の鉄扇が頭に落ちてくるので、私は煩悩を絶って畳に正座した。そうしたら、艶子さんが座布団を渡してくれた。
やっぱり大好きです、艶子さん!!
「煩悩、断ててないわよ」
「おっと……ところで艶子さん、今日は習い事がないんだね。いつも忙しそうなのに」
艶子さんは華道以外にも、茶道や日舞、琴に弓道となにかと忙しい。空手と最低限の嗜みしか習っていない私とは大違いだ。
「あったら呼んでないわ」
「うんうん、そうだよね~……えへへ」
「……なに? 気持ち悪いわ」
だってねえ?
「艶子さんの貴重な休みに、私を呼んでくれて嬉しいなあと思って」
たまにはゆっくりしたいだろうお休みに呼んでくれるって、それだけ心を許してくれてるってことだと思うんだ。顔はかなり締まりのないことになっているだろうけど、喜ばずにはいられない。
すると、艶子さんは眉間に皺を寄せた。あ、テレ隠しですか?
艶子さんクーデレ属性だもんね。
今度は冷たい目で睥睨された。え、なんで?
「あなたがそんなだから、円さんが変な心配をするのよ」
「円が心配? なんの?」
「……気づいてないのならいいわ。もう少し、円さんを労わってあげなさい。そのうち、心労で倒れるわよ」
「円が~? ないない。そんな神経使ってるようにも見えないし」
でも最近、円の様子がおかしいんだよね。やたらと私に「好きな男はできたか?」って聞いてくる。
「そんなものはいない」って答えたら、必死な形相で「この際、冥間でもいいから!!」とか冗談にしても看過できないこと言ってた。
幽なら扇兄さんに勝てるとかなんとか……なんでそこに扇兄さんが出てくるの?
幽が兄さんに勝つとか、無理に決まってんじゃん。
どこをとっても完璧な兄さんに、バ幽ごときが勝てるわけがないでしょ。
あ、もしかしてあれかな。思春期になるとかかりやすいっていう恐ろしい病気にかかっちゃってるとか?
だから兄さんを倒すとかなんとか言ってんのかな。やだなあ、「封印されし俺の左手がぁ~」とか言い出さなきゃいいけど。
思ったんだけど、艶子さんってなんか円を気遣うようなセリフが多いような気がする。
え……艶子さん、もしかして円のことが……!?
「違うわよ」
「だからナチュラルに心読まないでくださいってば」
「心じゃないわ。あなた、全部顔に出てるのよ」
「……マジですか?」
「マジよ」
うっそ、私ってそんなにわかりやすい?
これでもポーカーフェイス頑張ってるつもりなんだけどなあ。月翔九十九とかの前でボロが出ないように注意しないと……。
「……そういえば京、あなた来月に宿泊学習があるのよね」
「ん? うん、そうだけど」
鏡とにらめっこをしていたら、不意に艶子さんから宿泊学習の話題が出た。
「あなた、まさか冥間幽と同じ班になんてなったりしてないわよね?」
「…………えーっと……」
「……なったのね」
「す、好きでなったわけじゃないんですよ、もちろん! 先生が同じ班にしちゃったんですよ!」
「……私、昔から言ってるわよね。冥間幽とは縁を切りなさいって」
「はい……」
艶子さんは昔からアンチ幽だ。
出会ったときから幽のことを忌避し嫌悪している。なぜそこまで嫌っているのか、聞いても詳しくは教えてくれない。
「本当はあなたの交友関係に口を出したくないけど……」
「艶子さん……」
「でも――――あの男だけはダメ」
綺麗な顔に険を宿す艶子さんに、私はなにも言えなかった。
幽のことは、今まで言い並べてきた言葉通り、いけすかないし胡散臭いし憎たらしい。けど、あんな奴でも私が記憶を取り戻す前からの付き合いだ。なんだかんだ私は、あいつを友人として認識してしまっている。
それに記憶を取り戻してすぐの頃、これでもちょっとは荒れたのだ。
私の家族はもういない。もう会えない。
お礼も謝罪も、もうなにも言うことができない。
生んでくれてありがとう、幸せだったとお礼を言いたかった。
先に死んじゃってごめんと謝りたかった。
すごく悲しかったけど誰にも言えなくて、ひとり枕に顔をうずめて泣いたこともある。
でも幽と口喧嘩をして言いたいことをぶちまけて――――ちょっとだけ気持ちが楽になった。
艶子さんが私のために言ってくれてるってことはわかってる。わかってるんだけど……。
俯いてなにも答えない私に、艶子さんはただため息を吐いた。




