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{シルヴィア視点}

 ルゼ様たちは拠点で一晩休むと、再びミルバの森を目指す旅に戻って行かれた。初めてこの拠点に来た時も感じたことだったけれど、途轍もない技術だ。転移なんて、夢物語の類だと思っていた。


 私たちは最近の日課である鍛錬場に来ていた。今日はマリオンとサリュも一緒。子供たちはいつももう少し遅い時間にやってくるので、今は私とシルヴィオとマリオンとサリュの四人しかいない。いつもならマリオンもサリュも、服飾か調理の仕事を行っているけれど、しばらくの間は鍛錬に集中させてもらうことにしたみたい。


 先に鍛錬を始めていて、瞑想時間の長い私とシルヴィオは体内の魔力が知覚できるようになっていた。朧気ながらルゼ様が仰った体内魔力の滞留というものも感じることができた。私たちは両手と両足に魔力の滞留がある。今はまだ完全に魔力を知覚できるようになっていないので、もう少し知覚の精度をあげたら魔力の削り作業に入る予定。


「……ここにきてから、これが夢だったらどうしようって思うことが増えました」


 瞑想をしていると、サリュがぽつりと呟いた。集中しなければと思うけど、サリュの言葉には同意しかないので、黙って頷き返した。


「夢じゃない。僕の顔を見てほしい。昨日、不安になって思いっきり抓ってみたけど、目が覚めなかったよ」

「シルヴィオ…その頬の赤みは、抓ったからだったのね」

「だからって、両頬抓るのはどうかと思うわ」


 マリオンは少し呆れた様子で笑っている。変よね。両頬の下の方が四か所、不自然に赤いのよ。悪い虫にでも刺されたのかと思ったわ。あまりにも平然としているものだから、聞くに聞けなかったのだけれど。ふふっとサリュからも、抑えきれなかった笑い声が漏れた。私もシルヴィオの方を見ると笑ってしまいそうで、できる限り顔を見ないようにしたわ。


「姉さんたちが笑ったところを、初めてみたよ」


 そう言うシルヴィオも、柔らかく笑っている。私も、シルヴィオが笑っているところを初めて見た。ううん、本当は見たことはあった。でもそれは笑う練習の時の顔。そのほうが、少しはまともなところに買われるかもしれないからって言われてやっていたけど、今思えばすごく歪な笑みだった。当然だろう、希望など欠片もなかったのだから。シルヴィオも、それをわかって言っている。


「笑える状況になかったもの。笑えと言われれば言われるほど、”自分の人生に悲観して自虐しろ”って意味かと思ったわ」

「時間の無駄、だったわね。今思うと本当に」


 いいところに買われるための訓練、なんてものを私たちはみんなやらされていた。女は話術に料理に裁縫、踊りや化粧に体形を保つための運動、男は話術に各種ボードゲームや筋トレなど。サリュは料理が、マリオンは裁縫の素質があったけれど、私はあまりうまくできなかった。その点、シルヴィオは器用にこなしていたとは思う。今となってはどうでもいいことだけれど。


「そうね。でも裁縫の時間だけは無駄じゃなかったわ」

「わたしも、お料理だけはやっていて本当によかったです」

「素質あるものね。ここでもその関係の仕事に就いているし」

「それだけじゃなくて…ね?」

「ふふっ」

「? それ以外にもなにかあるの?」


 マリオンとサリュはお互いに顔を見合わせると、楽しそうに笑いあった。私とシルヴィオだけはなんだかわからずに、同時に首をひねった。


「ルゼ様、まだ身長が伸びているみたいで、定期的に裾直ししないといけないのよ。それを今、私がやっているの」


 得意げな表情のマリオンに一瞬、いいなと思ってしまったものの、それよりも気になるところがあるわ。


「ルゼ様、まだ身長が伸びているの?」


 私も背が高い方だと思っているけれど、ルゼ様はそれよりも少し高い。今、シルヴィオより少し低いくらいだろうか。


「僕も一応まだ伸びているけれど、そろそろ追いつかれちゃいそうだよ」

「長い成長期ね…」

「ルゼ様、まだ十四歳だそうよ」

「「えっ!?」」

「と、年下だったの!?」


 うそでしょう!? あんなに強くて落ち着いていて、冷静な判断を下せる方が私たちよりも年下!? た、確かにグレン殿が関わってくると少し大人気ないというか、いえ年相応というのかしら? そんな反応もされていらっしゃったけど…。


「ご本人には言わないほうがいいわ。気にされていらっしゃるから」

「今聞けてよかったわ」

「ほんとうに」


 うっかり年上扱いしてしまうところだったわ。でも、年相応に見られないことを気にするルゼ様……可愛らしいわ。


「ということは、サリュのほうもなにかあるね?」


 シルヴィオがサリュに話を振ると、サリュは笑顔で頷いた。


「みんなが食べている食事、獣人族用は私が用意しているんです」

「そんなことだと思ったわ」

「あと、時々ルゼ様が料理をしに来るんです」

「「料理されるの!?」」

「でも料理の経験があまりないみたいなので、私が教えてさしあげながら一緒に作るんです」

「待って、それは私も知らない」


 なにそれ羨ましい! そんなことをずっと隠していたなんて! くっ、私も料理ができれば……! 


「落ち着いて、姉さん。僕たちは強くなってルゼ様のお傍につくっていう目標があるでしょ」


 尻尾で地面をべしべし叩いて悔しがる私にシルヴィオがそう言うけど、あんたの尻尾も荒ぶってるわよ。砂埃が舞ってるじゃない。あんたも落ち着きなさいよ。


「こうなったら、なにがなんでも強くなって四六時中お傍にいるわ…!」

「…道のりは遠いけれどね」


 シルヴィオも頷いて同意しつつも、隣の闘技場に視線を向けて苦笑する。闘技場には地竜を始めとした凄まじい力を持つモンスターたちが封印されている。…信じられないことに、ルゼ様とグレン殿の鍛錬相手扱い。最近グレン殿が連れてきたらしいミノケンタウロス(?)にルゼ様はあれこれと文句を言っていらっしゃったけど、それ以外のモンスターは技の試し打ちの的くらいの感覚で相手をされている。とんでもないことだわ。


「でも、きっとなれるわ。ルゼ様も、私達と変わらなかったんだから」


 私の言葉に三人は力強く頷いた。


 会議が終わった後に、私はルゼ様の後を追って尋ねた。ルゼ様の我儘とは、一体どういうことなのかと。ルゼ様が語った話を、私は最初は信じられなかった。だって、ルゼ様も人間に捕まっていたことがあったなんて。しかも三年。私達よりもずっと長い。


 ルゼ様の種族”結晶竜”の話は私も聞いたことがあった。竜の特徴を持つけれど、飛べもせず力もなく、翼の重みで素早く動くこともできない。最上種の竜種でありながら、獣人族の中でも最弱の種族。価値はその身に宿る竜宝だけ。そんなこと、ルゼ様を見た今ではまったく信じられないけれど、それが共通の認識だった。


 きっと私たちがどれだけ修行を積もうとも、ルゼ様ほどに強くなることはない。生き残るために自力で力を手に入れたルゼ様と、何をしても無駄だからと生きるための努力をせず漫然と生を送っていた私達では天と地ほどの差がある。それでも私が…私たちがこの返しきれない恩を少しでも返すには、この道しかない。


 これからここに連れてくることになる兄妹たちも、きっと同じ選択をするでしょう。


「…ルゼ様に、村から連れてくる者を選べと言われたわね。みんな、決まってる?」

「当然」

「もちろんです」

「考えるまでもないわ」


 即答。当然よね。わかりきったことを聞いてしまったわ。


「母は、許せるわ。あの人たちは、もう心が壊れているから」

「あの人たちも被害者なのだと、今ならわかります」


 外の世界を知って、私たちの村、セツト村がどれだけ悍ましい場所だったのかわかった。


「他の村もみんなこんなもんだって、嘘ばっかりだ」


 シルヴィオが吐き捨てるように言う。本当に、その通りよ。


 セツト村は、蝙蝠の獣人であるセツト族を頂点とした村。セツト族が最も偉く、それ以外は飼育動物のような扱い。セツト族は、なぜか女が生まれない。だから必ず他種族の女性と婚姻…いえ、交配といったほうがいいわ。交配して子供を作る。生まれた子供は、セツト族ならば勝ち組(あちら側)、それ以外の種族なら負け組(こちら側)。血が濃くなりすぎたと感じた時だけ、セツト族の指示でセツト族以外の種族と交配することもある。それも、そこまで多くはないけれど。


 セツト族以外の種族(負け組)は、その中でもさらに分けられる。村に残される者と、外に出される者。私たちは外に出されるほうだった。今となっては、それでよかったと思う。奴らと番うのだけは絶対に嫌。


「連れて帰るのは、セツト族以外。それでいいわね?」


 三人は一瞬のためらいもなく頷いた。残されたセツト族がどうなるか、なんて考えるまでもない。売り物が他になければ、人間たちは奴らを連れていくことでしょう。ただ年のいったものは売り物としての価値がないから、おそらく殺されるでしょうけど。それがわかっていても、一緒に連れてこようなんて気持ちは微塵も湧かない。


 今まで自分たちが生きるために、散々私達を食い物にしてきたんだもの。それが、今度は奴らの番が来ただけ。それに、いつかは滅びる運命だったんだもの。その運命が少し早まっただけに過ぎない。


 人間たちはセツト村に交配用の獣人奴隷を送ってきたことは一度もない。血の近い者同士で交わり続ければ、いずれ子供そのものが生まれなくなってしまうかもしれないというのに、対策は一切しなかった。たとえセツト村が滅びようとも、他にも獣人たちはいる。滅んでよいと、そう思われたのでしょう。セツト族は、そのことに気づいていたのかしら? それともまったく気づいていないのかしら?


 どうでもいいことね。


「ルゼ様とグレン殿がミルバの森の集落についたら、ここへの移住希望者がたくさん出るはず。私達と同じように、力を手に入れる方法も教えられると思うわ。私たちのほうが、少し先輩だもの。後輩たちに大きな顔をするためにも、修行を頑張りましょう!」

「「「はい!」」」


 気合を入れて拳を振り上げると、シルヴィオたちも満面の笑みで呼応した。後輩たちが来る前に、できる限り強くなるわ。後から来る者たちに、ルゼ様の傍仕えは絶対に渡さないわ!

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