{獣人族救出計画}
夜、少し早めに転移結晶を使って拠点に戻ったルゼは、ドワーフたちを工房区画の第一会議室に集めた。話の内容が内容だったため、シルヴィアや子供たちには知らせずに、こっそり集まっている。ドワーフたちの返答次第では、シルヴィアたちを大いに傷つけることになるからだ。
ドワーフたちにシルヴィアたちの村のこと、その周辺の獣人族の村のことを相談した。あの日、食堂にいなかったドワーフたちには、シルヴィアたちは村には帰れないとだけ伝えていたので、実際の村の状況を知ると、全員が不愉快そうに顔を顰めた。
「ひでえな…確かに亜人族の扱いは悪い。だが、同胞を売ってまで生き延びてえとは思わねえ」
ドゥルグの言葉は、ドワーフ族の者たちの心情を代弁していた。全員が同意するように頷く。
「これは、私の勝手な願いだ。シルヴィアたちの村の獣人族を保護したら、必ず皺寄せが他の獣人族の村に向かう。助けるつもりなら、周辺の獣人族の村ごと別の場所に引っ越させないといけない。シルヴィアから、次の供給は半年後だと聞いた。その短い期間に間に、果たしてそれができるのか。人族とも戦闘になるだろう。間違いなく危険な行為だ。ドワーフ族として、判断をしてほしい」
ルゼは必要なことだけを言い、ドワーフたちの言葉を待った。彼らがどういう判断を下そうとも、それに従うつもりだ。ドゥルグたちは、全員で顔を合わせあうと、口角を上げた。
「ルゼ、おまえさんはワシらの王になったんだ。そういう時は、命令でいいんだぜ」
「家族だと言ったのはドゥルグだぞ? 家族は相談するものだ」
「ちげえねえな!」
ドゥルグは大きく口を開けて笑った。そして、すぐに真剣な表情になって言った。
「ここのところの体調不良はそれが原因だったんだな。気づいてやれなくてすまんかったな」
頭を下げるドゥルグ達に、ルゼは慌てて手を振った。
「謝らないでくれ。隠してた私が悪いんだから」
「言わなかったのは、ワシらのためだろう。おまえさんが願えば、ワシらは断らんからな。だが、今回の話は、願ったのがおまえさんでなくても救助には賛成してたぜ。さすがに、そんな状況を知って放置はできねえ」
「これから忙しくなるよ。なんせ、後回しにしてた居住区画の整備と増築をしなきゃなんないからね!」
「なに、問題ねえだろう! なあ? オルド!」
「もちろん! どーんと頼ってくれ!」
北の街から救出されたドワーフのひとり、オルド・ヘルムスが得意げに胸を張った。救出されたドワーフたちも、すでに十分過ぎるほどの戦力となっている。新規参入五十五人。元からいた百十人を合わせて、ドワーフ族総勢百六十五人。元からとんでもないスピードで魔道具を作ったり拠点を作ったりしていたが、作業スピードはさらに倍以上に上がっている。拠点の増築も、すぐに終わることだろう。
「で、だ。なんとなく、想像はついてるんだが」
そう言いながら、ドゥルグはルゼの隣に目を向けた。
「今回は坊主も参加か?」
実は、一番最初からルゼの隣にいたグレン。今回はグレンも当事者となるので、一緒に連れてきていたのだ。
「そう。手伝ってくれるってさ」
「そうか。そいつは心強ぇが、モンスターの情報はいるのか?」
「必要ねえ。が、いる」
「発言が矛盾してるぞ!? 闘技場を動物園にでもするつもりか!?」
ルゼが全力でイヤイヤすると、グレンは渋々といった体で引き下がった。その様子に、ドゥルグが意外そうな反応をする。
「心境の変化でもあったのか? 今までルゼが何を言っても聞く耳持ったことなかっただろうに」
「他人にそう言われると少し物悲しくなってくるな…本当のことだけど」
グレンの額にほんのりと汗が滲んだ。なんとなく気まずそうである。それを見て、ドゥルグは心底驚いた様子で目をぱちくりさせた。
「……本当に心境の変化があったみてえだな。ま、いいことだろう。戦力は多い方がいいからな!」
グレンの変化を好意的に受け止めたドゥルグは、気を取り直すように言った。
「差し当たって、確認する必要があんのはシルヴィアたちの村の正確な場所と、襲われそうな獣人族の村の把握か」
「これは本人たちに確認したほうがいいな。他の獣人族の村は、子供たちにも聞いてみよう」
救出の方向で方針が固まったため、第一会議室に獣人族たちが呼び出された。やってきたシルヴィアたちは、会議室にほとんどの住人が揃っているのを見ると目を丸くさせた。
「あの、なにかあったんでしょうか?」
困惑を隠さずシルヴィオが言葉を発すると、代表してルゼが答えた。
「今しがた会議で決定したことを伝える」
「会議、ですか…?」
マリオンが少し不安そうに聞き返す。自分たちに内緒で行っていた会議の内容に、不安を覚えたのだろう。
「おまえたちの村に残されている、順番待ちの獣人を全員ここに連れてくることにした。また周辺の獣人族の村には、ここへの移住を提案する」
ルゼの言葉に、シルヴィアたち四人は目を零れ落ちるんじゃないかというくらいに見開かせた。サリュとマリオンが手で口元を覆った。ルゼの言葉の意味するところに気づき、目には涙があふれ出している。
「……救ってくださるのですか? 私たちの、兄妹たちも」
「…正直に言うと、救うというより、私の我儘に付き合わせると言った方が正しい。来たくないと言っても、問答無用で連れてくる。順番待ち以外の者は、おまえたちが連れてくる者を選べ」
「え、らぶ……?」
「もちろん、全員連れてくるという選択をしてもいいが、どうしても許せない者もいるだろう。おまえたちの基準でいい。よく話し合って選べ」
「………はい、ありがとうございます!」
シルヴィアとシルヴィオは乱暴に涙を拭うと、綺麗に腰を折って頭を下げた。マリオンとサリュも、泣きながら追従する。
「おまえたちの村の正確な場所と、あと他の獣人族の集落の場所を知ってたら教えてくれ」
「村の場所…は、わかると思いますが……すみません、僕たちは外界と接する機会がなく、他の獣人族の村のことはわからないんです」
「村の場所が分かればいい。あと大体でいい。人数はどのくらいだ?」
「……全部で約三百人くらいです」
「わかった」
ルゼはこれまで静かに成り行きを見守ってくれていた子供たちに視線を向けた。子供たちは、なぜかキラキラした目でルゼを見ている。
「わたしたちもここに住んでいいの!?」
ルゼが口を開く前に、興奮気味のリオナが叫んだ。リオナたちが住むミルバの森は、トトの森から東にある。シルヴィアたちの住む村が北東の方角だったので、おそらく距離はそれほど離れていないと思われるため、今回の移住提案の対象の集落に入ってはいる。
「提案はする。あとはもし村長がいるなら村長の意見と、おまえたちの保護者の意見にもよるな」
「おじいちゃんなら大丈夫! 絶対ここに来るっていうよ!」
「そうか。まあ、村長とはそのおじいちゃんに話し合ってもらうとして」
「あの、違います」
「イヴァナのじいちゃんが村長だぞ」
「「「え」」」
思わず、全員でイヴァナを見つめる。
「村長の孫が誘拐されてたのか……」
「村長はイヴァナに甘々だから、たぶんイヴァナが来たいっていえば来ると思うよ」
「孫バカ系か」
「…イヴァナさんのご両親は、僕たちが小さい頃にモンスターに殺されてしまったので、その分イヴァナさんに愛情が向いてるんだと思います」
「おっと……本当に、どこにでも重たい話が転がってる世界だな」
今のところ、明るい過去持ちの者がいない。この世界の厳しさが、わかってしまって嫌になる。
「なら、村長の説得云々はイヴァナに任せよう。それで、おまえたちは他の獣人族の村を知らないか?」
子供たちは一斉にエミルを見た。こういう時は、エミルの出番と決まっているらしい。エミルは苦笑しながら答えた。
「僕もあまり詳しくないんですが、ミルバの森の南と、もっと東にいったところに集落があると大人たちが言っていたのを聞いたことがあります。たぶん、僕たちの村の近くにあるのはその二つだけだと思います」
「交流があるわけではないのか?」
「いえ、時々人の行き来があります。僕たちの集落には、東と南の集落から嫁いで来た方もいるので」
「オレのかーちゃんは東の集落から嫁いできたんだ」
「なるほど…」
血が濃くなりすぎないようにするために、定期的に互いの集落の者を結婚させているのだろう。
「それぞれの集落に何人くらいいるかって、わからないよな?」
「それはちょっと……僕たちの集落は、大体四百人くらいですが」
人の行き来をさせるのも納得の少なさだ。おそらく他二つの集落も人口は似たり寄ったりだろう。ルゼはちらりとドワーフたちに視線を送った。いい笑顔でのサムズアップが返ってきた。シルヴィアたちの村を合わせておおよそ千五百人。収容は問題ないらしい。
「大体わかった。あとはミルバの森の者たちに直接聞いてくる。それまでドワーフたちは拠点の増改築、獣人族組は特訓をして待っていてくれ」
「任せろ!」
「頑張ります…!」
必要事項の確認を終え、今日はこれで解散となった。
***
当初の見立て通り、トトの森を三日で抜け、草原地帯に入った。見渡す限りの広大な草原だ。北を向くとなだらかな丘になっており、遥か向こうには山が見える。南にはルゼ達の拠点があるトイコス山脈が見える。東は丘と、ところどころが湿地になっており、遥か向こうに森らしき林影がかすかに見える。景色は大変良い。だが、それ以外には特に何もない場所だ。
「走るか!」
体調が万全に回復し、絶好調となったルゼが東をびしっと指さしながら提案する。この三日の間にドゥルグたちにシルヴィアの村のことを相談し了承を得ることができたルゼは、最近の悩みから解放されたことで寝不足とおさらばしていた。心なしか肌つやも良い。
「まあいいが、走りたくないんじゃなかったのか?」
「それは三日前までの話。今はいいんだ。それに景色はいいけど、ずっとこれだとさすがに飽きてくる」
草原地帯に入って数時間、ルゼはすでに景色に飽きていた。広大な草原地帯。言い方を変えると、少し歩いただけでは景色は変わらない。変わるのはいいところ、頭上を流れる雲くらいだろう。
グレンも同意だったのだろう、肩を竦めると同時に走り出した。見晴らしがいいゆえに、ルゼも重力操作は使わずに、自分の足で走っている。歩くのとはまったく異なるスピードに、肩の上のロッドが両枝(?)をあげて風を感じている。楽しそうだ。
一週間ほど走り続けると(休憩含む)、北に街道が見えてきた。東にまっすぐ向かって伸びている。ここからは遠く、ルゼ達の進行ルートとも交わることはないので、気配にだけ気を付けて進んでいく。
すると隣を並走していたグレンが、街道のほうを見ながら言った。
「人間の気配がするぞ」
「どのあたり?」
「五キロほど先だ。数は、わかる範囲で三十人くらいか」
「…嫌な予感がする。どっち向かってるかってわかる?」
「東だ。徐々に南下してる」
「こっちの進行方向と一緒か…」
最悪、と口の中だけで悪態を吐き、走りを重力操作に切り替えた。
「一応、偵察する。ダメそうだったらそのまま滅ぼす。――――”晶竜召喚”」
呟くと、上に向けた手のひらに、成竜状態のルゼをデフォルメしたかのような小型の竜が五体現れた。竜晶によって形作られているため、目も翼も牙もなにもかもが結晶で作られている。
【覚醒】に至ったことによって、新たに獲得した特殊スキル”晶竜召喚”。竜晶の竜を召喚するスキルだ。この晶竜はある程度自立して行動することができ、ルゼと感覚を共有することもできるので、偵察役としてとても便利だ。また威力はルゼにまったく及ばないものの、息吹を放つことも可能。地竜レベルのモンスターには及ばないものの、そこら辺にいるモンスターには一切引けを取らない。
小型晶竜をグレンが感じた気配のほうへ飛ばすと、ルゼ達は速度をあげた。今までとは比にならないスピードで、周囲の景色が変わっていく。うっかり両枝(?)を離してしまったロッドが、根だけでルゼの腕に頑張って引っ付いている。傍から見ると、うっかり地球儀で遊んでいて足が離れてしまった子供のようだ。
「――――ダメだな。滅ぼす」
小型晶竜との感覚共有によって一団の様子を確認したルゼは、瞬時に判断を下した。一団は、どこかの国の兵士に見えた。共通の隊服を身に纏っており、馬車の上部についている旗には国の紋章らしきものが刻まれている。一団は、若い獣人族の女性と女性に手を引かれる子供を追いかけていた。ギルティ。
追加でさらに三体、三メートルほどの晶竜を召喚し、後を追わせた。滅ぼすと決めたので、見つかっても問題ないと判断した。
先行した小型晶竜は、女性と子供を捕まえた二人の兵士の背後に回ると、小さな口をかぱりと開け、息吹を放った。太い紐くらいの細い息吹ではあったものの、威力は申し分ない。息吹は兵士二人の後頭部を突き抜けて、額から飛び出した。
一瞬で絶命した兵士が二人そろって倒れるのを見て、後ろから追いかけていた仲間たちがにわかに騒然としだす。そして獣人族の女性がなにかやったのではないかと考え、結界を張り、怒声を上げながら近づいた。女性と子供は何が何だかわからず、その声にびくっと肩を震わせた。
刹那、自分たちの真横から、五本の緑黒色の細い光が伸びたかと思うと、結界諸共背後にいた兵士数人を貫いた。驚いて振り返ると、手のひらサイズの美しい緑の結晶でできた竜たちがそこにいた。竜たちは飛び出すと、縦横無尽に動き回りながら極光をもって兵士たちを次々と射貫いていく。
「なんだ、こいつら!? こんなモンスター見たことねえぞ!!」
困惑の声をあげながら放たれた火の魔法は、小型晶竜のうちの一体に直撃した。兵士の口元が笑みの形に歪むが、すぐに引きつり顔に変わる。小型晶竜は無傷だ。炎の熱で少し赤味を帯びた程度の変化しかない。魔法を撃った兵士は、お返しの息吹を頭に受けて意識を闇に落とした。
「慌てるな! 同時に複数の魔法をあてろ!」
部隊の隊長らしき男が指示を飛ばすと、三人の兵士が一体の小型晶竜に向けて火・雷・氷の魔法を放った。三種類の魔法を受けた小型晶竜は、体に亀裂が入り、ぱきんと割れて魔力が霧散する。正体不明のモンスターを倒したことで士気を取り戻した兵士たちは、二体目、三体目と冷静に対処していった。部隊の人数は半分以下になったものの、すべての小型晶竜を倒すことに成功する。
歓声を上げた彼らは、ふいに背後から差した影に動きを止める。兵士のひとりが恐る恐る振り返ると、新たに三体、それも先ほどよりもずっと大きな竜たちが自分たちに向けて口を開いているのを目にした。波立ように美しいエメラルドに輝く体を持った竜。その体はどう見ても、竜宝でできている。
「ま、まさか結しょ――――」
言葉を言い終わること叶わず。残された兵士たちは、五体の晶竜が同時に放った息吹によって体すべてを消し飛ばされた。晶竜たちのうち一体は残された死体の処理を始め、二体はゆっくりと獣人族の女性と子供に近寄った。
「あ、あの……」
女性は怯えた様子で子供と抱き合った。晶竜たちに助けられたが、それが人間同士の諍いの結果なのか、それとも本当に助けなのかわからなかった。晶竜たちは女性と子供を囲むように正反対の方向を向くと、周囲を警戒し始めた。死体処理を終えたもう一体も加わる。囲まれている現状に困惑していると、子供が女性の腕の中から抜け出して、晶竜の一体に近づいた。
「だ、ダメよ!」
女性の制止も聞かず、子供は晶竜をキラキラとした目で見つめ、同じくキラキラと輝く体に触れた。晶竜が子供のほうを振り返る。女性は先ほど口から発した光のような攻撃を思い出し、まさか攻撃されるのではと顔を青ざめさせた。だが女性の予想と異なり、晶竜は正面を向くと、ゆっくりと体勢を低くした。
まるで乗れと言っているかのような仕草に女性が目を丸くする。子供はさらに表情をキラキラとさせて、晶竜の背中に飛び乗った。晶竜は立ち上がると、背中ではしゃぐ子供は気にせずに、再度周囲の警戒に戻った。
その光景に呆然としていると、女性の近くにいた晶竜が同じように体勢を低くした。乗れと言われているのだと思った女性は、迷った末に横向きに背に乗った。子供の時と同じように、立ち上がった晶竜は周囲の警戒を始めた。
晶竜たちはルゼの獣人族を守れという命令を遵守しているだけだ。背中に乗せたほうがいざという時逃げやすい。
女性は自分たちに危害を加えず、むしろ守るように振る舞う晶竜たちを見て、自分たちは助かったのだと実感し、心から安堵した。




