{獣人たちの事情~ミノケンタウロス戦}
救出作戦から次の日、ルゼは囚われていた獣人たちを食堂に集めた。昨日は疲れているだろうということもあり、浄化の魔道具を使ってさっと綺麗にして、それぞれに部屋を宛がって休ませた。とはいっても、個人に部屋を宛がったが、みんな不安だからと同じ部屋に集まってしまったため、急遽大部屋に変更することになったが。
子供たちはともかく、大人組はひとり男が混じっていたがそれでいいのか? と思ったものの互いの不安を解消することが先決だったため、深くツッコむことはしていない。安全なベッドとおいしい食事のおかげか、彼らは少し元気を取り戻していた。
今、もともと着ていたぼろ雑巾のような衣服を脱ぎ、マイヤたちが新しく用意した簡易な洋服に身を包んでいる。身ぎれいにしてみると、全員容姿が大変良かった。子供たちもさることながら、大人組が群を抜いていた。特に犬獣人の女性と男性。彼らは双子らしく、女性が姉で男性が弟らしい。どのような理由で捕まったのか察することができてしまい、少々嫌な気持になりつつ、気を取り直して口を開く。
「改めて自己紹介をする。私はルゼ=フェンドル=リンドアルヴ。一応、ここの代表をやってる。見ての通り、種族は結晶竜だ。端から、自己紹介をしていってくれ」
「はい!」
そういうと、元気いっぱいな狐獣人ことイヴァナが大きな声で返事をした。
「イヴァナ・スウォン、八歳! 狐獣人です!」
「フーゴ・ベルンダ、八歳! 鷹獣人だ! よろしく!」
「リオナ・ガルア、八歳。虎獣人です」
「エミル・フレインです。年は十歳です。種族は長耳族です。あの、よろしくお願いします」
イヴァナに続いて隣に並ぶ子供たちが自己紹介をする。だがエミルの隣に座っていた蛇の少女だけは、相変わらずどこを見ているかわからない顔でぽやぽやするのみ。すると、すかさずイヴァナがフォローを入れた。
「この子、喋れないみたいなの。あたしたちと同じ時期にあそこに来たんだけど、一度もしゃべったところ見たことないんだ」
「みたいだな。じゃあ、その子は置いておいて、次は大人組のほう。頼む」
「は、はい」
犬獣人の女性が、緊張した様子で頭を下げた。
「あの、犬獣人で、サンと呼ばれていました。十六歳です。よろしくお願いします」
「ぼ、僕は弟でヨンといいます。よろしくお願いします」
「わ、私は、その鼠獣人でナナといいます。と、年は十六です。よ、よろしくお願いします…」
「え、えっと十六歳の兎獣人です…名前はキュウです。よろしくお願いします…」
ルゼは彼らの名前に違和感を覚えたものの、地域柄かもしれないと思って言及しなかった。続いて口を開こうとすると、ちょうどそこにグレンがやってきた。なぜか、服がボロボロで珍しくダメージを負った様子だ。
「……え、グレン、なにがあった?」
あまりにも珍しい状態だったため、つい声をかけてしまったルゼ。グレンは見知らぬメンツに一瞬首を傾けそうになり、ルゼが獣人族も救出するという話を思い出したのか、納得した様子で口を開けた。
「戦ってきた」
「なにと?」
「モンスター」
「なんでまた……? あ、あれか? ドゥルグとの交換条件だったやつ」
「それだ。思ってたよりかマシだったな」
「それはまた……やばいやつがいたんだな…」
グレンがマシと表現するレベルのモンスターということは、地竜たちよりも強いモンスターだろう。ドゥルグはよくそんなモンスターの情報など知っていたなと感心半分、グレンがとっとと倒してくれてよかったと安堵半分で呟くルゼ。だが、続いたグレンの言葉に目を剥く。
「あ、闘技場で戦えるようにしておいたぞ」
「なんてことしてんの!?」
獣人たちは、突然声を荒げたルゼの様子に目を白黒させる。彼らの目線だと、昨日から優しい姿と凛々しい姿、そして冷静な姿しか見ていないため、感情を表に声を荒げる姿は初めて見たので、最初の印象との違いに少し困惑している様子だ。
「おまえがそれだけボロボロにされる相手だろ!? なんでとっととトドメを刺さないんだ!?」
「刺しただろ。闘技場で」
「あそこで死んだモンスターって闘技場に登録されんの!? そういうシステム!?」
「常識だろ」
「戦闘部族の常識なんぞ知るか! ふざけんな!」
叫びすぎて肩で息をするルゼに対し、涼しい表情のグレン。ルゼが眦を釣り上げて立ち上がろうとしたところで、周囲で自分を恐々と見つめる獣人たちの視線に気づき、立ち上がりかけた腰を下ろす。そして、すっごく投げやりな様子でグレンを指さした。
「えーっと、そこの男はグレン・ヤギョウ。鬼人族という名の戦闘狂だ。全員、危険なのでこいつとあと闘技場には近づかないように。死ぬぞ、本当に」
「おい、人がせっかくマンネリ防止のために捕まえてきてやったのに、随分な言い草だな」
「これ以上ないほどの有難迷惑だわ。せっかくあのメンツを片手で払えるようになってきたのに、余分なことをして……!」
言い合っている最中に、ドワーフのひとりが重力操作を駆使して一人分のご飯を運んできた。グレンが注文していたようだ。受け取って素知らぬ顔で食べ始める面の皮が厚い鬼をひと睨みし、疲れた様子で獣人たちに視線を戻した。
「はあ……話を戻すか。落ち着いたら、おまえたちを元居た場所まで連れていくつもりだ。自分たちがどこから来たかわかるか?」
ルゼの言葉に大人組は肩を震わせたが、子供たちは元気よく口を開いた。
「俺たち、ミルバの森の集落に住んでたんだ」
「ミルバの森?」
「あの、トトの森から東にいったところにある森です」
「あ、うちらが前に住んでたところがトトの森だぞ」
グレンに料理を配膳したドワーフが、補足して去っていく。
「っていうことは、東の草原の先にある森か。また、行き方を考えないとだな」
幸い、旧住処には転移結晶を残してきてある。旧住処に飛んだら、街に行った時のように人間のふりをして草原を通過すれば問題ないだろう。距離については後でドゥルグたちに確認しようと思いつつ、大人組に目を向ける。
「おまえたちは? どのあたりに住んでた?」
ルゼが水を向けると、大人組は目に見えて動揺し始めた。目が泳ぎ、うっすらと冷や汗までかいている。もしや住んでいた場所が人間に滅ぼされて帰る場所がないのかと考え、悪いことを聞いたかもしれないと前言を撤回しようとすると、意を決した表情のサンが言葉を紡いだ。
「す……住んでいたのは、北東の村…です……で、でも私たちは、あそこに帰りたくありません……」
「帰りたくない?」
帰れないではなく?
「か、帰れば…また、売られてしまう、から……」
「――――なんだって?」
帰れば売られてしまう。それではまるで、村の住人たちが彼女たちを人間に売ったと、そう言っているようではないか。剣呑に目を眇めるルゼの瞳を、震えながら見返してサンは続けた。
「わ、私たちの村は、人間と取引しています……全員を奴隷にしない代わりに、十六歳になった者を差し出す……そういう、契約を交わしているんです……」
「…………そう、か。だからおまえたちは全員十六歳なんだな」
涙目でこくりと頷くサン。
「……なんで、十六歳なんだ? 十六歳になった者を渡していたら、そのうち村に新しい住民が増えなくなるだろう?」
尋ねると、サンの目から光が失われた。まるで死んだような目で足元を睨みつけると、ようように口を開く。
「残される者と売られる者は、生まれた瞬間から決まっているんです」
「…身分か?」
「はい」
こんなにも、胸糞の悪い話はない。
「おまえたちの名前、最初は地域柄かと思ったが、違うんだな」
疑問形ではなく断定だ。売られる者が決まっているのなら、十六歳で必ず村を出ていく者であるならば、わざわざ名前を考える必要はない。生まれた順番に、番号を振ればよい。人を人とも思わぬ。まるで家畜にするかのような所業。反吐が出る。
ルゼは額に手を当てて、心を落ち着かせるかのように大きく息を吐き出した。心なしか、顔色が少し悪い。
「…そういうことなら、村に戻らなくていい。ここにいろ。あと、名前も別のを考えよう。苗字…は、あってもなくてもいいか。自分で考えてもいいし、私と同じ苗字でもいい。ここに住むならな」
「は、はい!」
獣人族の大人組たちは、ルゼの言葉にほっとした様子で頭を下げた。
「あ、あの」
いったん解散にしようかと思っていると、サンが声を上げた。
「どうした?」
「そ、そのもしよろしければなのですが……ルゼ様に、名前を考えていただきたいです…」
「私? …というか、別に”様”ってつけなくていいぞ」
「それはだめです」
「そ、そうか。でも、人に名前をつけたことがないから、自分で好きな名前にしたほうがいいんじゃ…」
「い、いえ僕もルゼ様が良いのであれば、名前を考えていただきたいです!」
「わ、わたしもです」
「お願いします」
ルゼは四人に懇願され、困った様子で頬を掻いた。しかしすぐに苦笑しながら頷いた。
「しばらく、考えるからまた後で伝える。変な名前になっても知らないからな」
「も、もちろんです!」
「嬉しいです!」
嬉しそうな彼らの様子にほんのりと眦を下げると、解散を告げた。ルゼは、食堂から出ていこうとしたサンを呼び止めて、尋ねた。
「次、村から連れていかれるのはいつだ?」
「……半年後です」
「……そうか」
それだけ確認すると、ルゼは食堂から出ていった。
***
ルゼは新しく拠点メンバーとなった獣人族たちに、名前を伝えた。犬獣人の姉のサンには”シルヴィア”。弟のヨンには”シルヴィオ”。鼠獣人のナナには”マリオン”。兎獣人のキュウには”サリュ”。
名前に意味はなくフィーリングで思いついただけだったが、それでも彼らは殊の外喜んだ。名前は親から子供への初めての贈り物であるが、将来売ることを前提とした彼らにはその贈り物は与えられていなかった。それどころか同じ人として認められていなかった。
彼らは今日、初めて人として認められたのだ。
拠点メンバーとなった獣人族大人組には腕輪と各種装備が支給された。腕輪の性能を知った獣人たちは、「絶対に失くしません!」と硬い誓いを立てながら、恐々と手に装着した。
この拠点で必須アイテムである重力操作の乗り物の練習がてら拠点内を案内する。
シルヴィアとシルヴィオは運動神経が良かったので、ルゼが使用していたものと同じスノーボータイプのボードを。マリオンとサリュはボードの扱いに不安があったので、見た目が完全にホッピング(ポコジャンパータイプ)にしか見えないものを渡した。子供たちも一緒に行きたがったので、小さい子が乗って遊ぶおもちゃの列車タイプに乗せて、回廊側の一階層から順番に回って行った。
拠点の案内が終わった後は、大人組に正式に個室を宛がった。現在、居住区画の第三階層以上が居住獣人族用のスペースとなっている。どこでも好きなところを選ぶようにと言って送り出すと、全員ルゼの近くの部屋を選んだ。
ルゼは第三階層の一番手前側にある部屋を使用している。理由は一番近いからだ。なおグレンもまったく同じ理由でルゼの正面の部屋を選んだ。ルゼの隣の部屋にシルヴィア、マリオン、サリュと並び、グレンの隣にシルヴィオと並んだ形だ。子供たちは同階層にある大部屋に泊まっている。
一通り拠点での生活に慣れてきた彼らは、仕事を欲しがった。マリオンは裁縫が、サリュは料理が得意だったためそれらの仕事を割り振った。シルヴィアとシルヴィオに尋ねると、彼らはルゼについてきたがった。
「ドワーフの方々にルゼ様はお強いと伺って…私達も強くなりたいんです」
シルヴィオに視線を向けると、力強い頷きが返ってきた。姉と同じ気持ちらしい。
「ちょうどいいだろ。前におまえが言ってたあれを試させればいい」
隣で話を聞いていたグレンが口をはさんだ。
「あー…確かに。ドゥルグたちに試してもらうには時間がとれなくて、後回しになってたんだよな」
ルゼとグレンが言っているのは、亜人族弱体化についてのことだ。グレンが生まれた時代では、結晶竜同様、他の亜人族も人間に劣るような種族ではなかったという。
長い時の中でなんらかの原因により、亜人族のみ弱体化した。理由はわからないが、原因はおそらくルゼの身に起こっていたことと同じ、体内魔力の滞留のせいだと推測していた。
ただ当時のルゼは必要に駆られていたというのもあり、すべての時間を魔力の知覚と削りに費やして、試行錯誤も含んでいたとはいえ二週間弱かかった。魔力貯蔵庫と魔力収束装置”レウニル(完成版)”もあり、日夜忙しいドワーフたちがそれらに時間を費やすのは現実的ではなかったため、折を見て試そうということになっていたのだ。
グレンの言う通り、試す相手としてはちょうどいいということで、同じくやりたいと言った子供たちと一緒に訓練場にて瞑想させる。横一列に、思い思いの体勢で目を閉じ、体内の魔力を感じ取るために集中する。
監督として見守っていよう(訓練をサボろうと思ったわけじゃないぞ)と思っていたルゼだったが、尻尾をがしっとグレンに掴まれた。
「おまえはこっちだろ」
「え、ちょ!? 放せ! 尻尾を引っ張るな!!」
問答無用で闘技場まで引きずられていき、いつものようにぽいっと放り投げられた。
地の底には、初めましてのケンタウロスの体にミノタウロスの上半身が合体したような、大変ガチムチで二十メートルくらいありそうなモンスターがこんにちはしていた。ご丁寧に、手には巨大ハンマーを携えている。帯電している気がするが、きっと気のせいだ。
ミノケンタウロスは、侵入者に気づくとハンマーを投擲の形で構え、放った。
「グレンのバカやろおおおおおぉっ!!!」
ルゼの悲鳴は訓練場のほうまで響き、獣人たちの集中力を悉く欠いていたが、彼らは絶対に口出しをしなかった。下手に口を出せば、次は自分たちがああなるかもと思ったがゆえだ。
放電しながら迫る巨大ハンマーを全力の息吹で押し返し、ミノケンタウロスに肉薄する。ハンマーが彼方へ飛んで行っている間に、本体に少しでもダメージを与えようと、全身を竜晶化して中断からの回し蹴りを行った。
ミノケンタウロスは対抗するように、巌のような拳を振り上げた。ルゼの足とミノケンタウロスの拳が激突する。両者の力は拮抗しており、ぶつかった箇所から火花が飛び散った。
ルゼは両手をミノケンタウロスの顔に向けた。息吹で顔面を吹っ飛ばそうとするが、横からミノケンタウロスの右腕が迫ったため、目標を右腕に変更。放たれた息吹がミノケンタウロスの手のひらを打ち抜き、風穴を開けた。
だがミノケンタウロスは叫ぶことも慌てることも引くこともせず、そのまま穴の開いた手でルゼを捕まえようとした。予想外だと思いつつも、渾身の力で右足を振り抜いてミノケンタウロスの左足を弾き飛ばすと、くるりと回転して横から迫る手を回し蹴りで防いだ。
刹那、背筋が寒くなる感覚に咄嗟に上下左右前面に竜晶バリアを展開する。直後、ガアアアアンッと真下からの衝撃を受け、ピンボールよろしくバリア事吹っ飛ばされるルゼ。幸い竜晶バリアが間に合ったおかげで、亀裂は入ったもののルゼ本体は無傷だ。ルゼは吹っ飛ばされながら、自分を吹き飛ばしたものの正体を見て驚愕した。
それはルゼが彼方に弾き飛ばしたはずの巨大ハンマーだった。
ハンマーはミノケンタウロスの意思に従って、高速で回転しながら氷柱を飛ばし、ルゼの後を追ってきた。内心で自立するのか! と舌打ちしつつ、いつもよりもぶ厚めに正面に竜晶バリアを張った。ハンマーがバリアにぶつかった瞬間に、四方を覆ってハンマーを閉じ込める。
ガガガガガッと中でハンマーがバリアにぶつかる音が響く。長くはもたないだろうが、一時的にでもハンマーを閉じ込められればそれでいい。
縦横無尽に飛んでくる重量級のハンマーを警戒しながらミノケンタウロスを相手どるのは御免被る。ルゼは急速に落下しながら両手を掲げ、息吹の予備動作に入った。
見ると、ミノケンタウロスの穴が開いたはずの右手が光っており、逆再生でもするかのように手の傷が塞がっていっているところだった。スキルか魔法かわからないが、自動修復まで持っているらしい。力を封印されているとはいえ、グレンに傷をつけられる相手だ。
長期戦は色々な意味で不利なので、とっとと蹴りをつけてしまおうと息吹を放つ。緑黒色の極光がミノケンタウロスの頭上に降り注ぐ。ミノケンタウロスの防御力は、ルゼの息吹で貫通できるレベルのもの。避ける気配もない。
殺った!
そう確信した瞬間、ミノケンタウロスと息吹の間に割り込むようにハンマーが現れた。
「は!?」
ハンマーは真正面から息吹を受け、端から消滅していくもののすぐさま次に現れたハンマーがルゼの息吹をすべて受けきってしまった。グレンと同じ〈武器創造〉を持っているのだろう。冷静に考えれば、有野のモンスターがあんな巨大なハンマーを持っているわけがない。自ら作成したと考えなければ不自然だ。
普段であれば、ルゼはそのことに思い至れたであろう。だがこの時、ルゼは集中力を欠いていた。背後で竜晶バリアを砕く音がしたにも関わらず、そのことに気づかずに呆けていたルゼは、直後に凄まじい衝撃を受けて、弾丸のような速度で壁に激突した。
無強化状態ではないとはいえ、竜晶化状態の防御力のみでは無傷というわけにはいかず、頭からだくだくと血を流すルゼ。衝撃の影響で一瞬意識も飛び掛け、頭もふらふらする。頭を押さえようとした瞬間、目の前に影が差した。顔を上げると、目前にハンマーの打撃面が迫っていた。
避けられない。
ルゼは咄嗟に腕をクロスし、体全体を竜晶で覆った。刹那、ズガアアアンッと激しい音が鳴り響く。ミノケンタウロスの攻撃は、一撃のみでは終わらない。すぐ隣に別のハンマーが生成され、右左と順番に振り下ろす。
ガンッガンッとまるで釘でも叩くかのように、打ち下ろされるハンマーによって壁は破壊され、ルゼの体はどんどんと背後の壁に押し込まれていく。竜晶に亀裂が入るたびに修復していくものの、頭から流れる血が止まらず、意識が朦朧としてきた。
意識を失えば竜晶は砕ける。つまり死だ。ルゼは気力を振り絞り、クロスさせた手を開いた。魔力が急速に圧縮され、弾ける。
一点突破。
貫通力を極限まで高めるために回転も加えられた息吹は、今までで一番細いながらも射線上のハンマーを貫いて、背後のミノケンタウロスの顔に迫った。瞬時に首を振ることでミノケンタウロスは顔に穴が開く事態を回避した。
ミノケンタウロスの気が一瞬削がれたおかげで、一定の間隔で打ち付けられていたハンマーの猛攻が止む。その隙に壁の穴から抜け出したルゼは、地面すれすれを蛇行するように飛行しながら、貫通力を高めた息吹と通常の息吹を織り交ぜて乱れ撃った。
ミノケンタウロスはハンマーを使って防御しつつ、ハンマーを突き抜けてきた息吹は自身が動き割ることで回避。カウンターにハンマーを放ってくるが、息吹でもって撃ち落とす。
ミノケンタウロスの速度を殺すため、足を集中して狙い撃ちながら、斧状に変化させた竜晶で足元を薙ぎ払う。ミノケンタウロスは、その巨体からは想像もつかない反射速度で跳躍して回避した。
その手に、巨大ハンマーが出現する。腕を大きく振りかぶり、投擲の仕草をしたミノケンタウロスは、振り下ろす瞬間に頭の両側に何かが現れたのに気づいた。横目だけで確認すると、それは箱だった。内側に無数の棘が生えた箱。いわゆる鉄の処女。アイアンメイデン。
「空中は、避けられないよな」
ずっとミノケンタウロスが空中に飛ぶのを待っていた。生半可なスピードの攻撃では、すべてハンマーとミノケンタウロス自体の速さによって避けられてしまう。ならば気づいてもすぐに避けられない場所。すなわち空へ。
ハンマーが鉄の処女を砕くべく動き出すがもう遅い。鉄の処女が内側に入ったものを優しく抱擁する。
「ブモオオオオオオオオオオッ」
生々しく肉を裂く音とミノケンタウロスの絶叫が轟く。箱の隙間から夥しい量の血が流れ落ちるが、それでもミノケンタウロスは生きており、両腕で鉄の処女を掴み強引に引きはがそうとする。
ルゼは両手をミノケンタウロスに照準した。空気を歪ませながら魔力が収束。絶大な威力の息吹がもがき苦しむミノケンタウロスを包み込み、光が止むと鉄の処女ごとミノケンタウロスは消滅していた。
ミノケンタウロスの消滅を確認すると、ルゼはその場に仰向けになって倒れた。頭から絶えず血が流れ出ており、体もあちこち怪我を負っている。
「……”治癒”」
魔法名を唱えると、淡い光がルゼの体を包み込み、徐々に体の傷を癒し始めた。あらかたの治療が終わっても、ルゼはその場から動かない。
”治癒”は体の傷は治すものの、失った血を取り戻してくれるわけではない。増血効果のある丸薬(薬草をすり潰して丸めただけのもの)を口の中に放り込んでいると、近くでトンという音がした。目だけ向けると、案の定グレンだ。
「毎度毎度いい加減にしろよ……死ぬわ……」
いつものような覇気はないが、抗議の言葉を口にするとグレンは目を眇めた。
「あれは油断か?」
ミノケンタウロスの〈武器創造〉に驚いて、背後から迫るハンマーに気づかなかったことを言っているのだろう。ルゼは視線をグレンから天井に移した。
「……油断だ。それ以外のなにかに見えたか?」
グレンは黙ったままルゼをじっと睨みつける。目は絶対に合わせずに虚空を見つめるルゼ。内心たらりと冷や汗をかいているが、表情には出さない。
「おねえちゃーん! だいじょうぶー!?」
グレンが口を開きかけると、闘技場の入り口からイヴァナの大声が響いた。見ると闘技場の惨状に青い顔をしたイヴァナ含む獣人たちが、そろって地面に寝転ぶルゼを心配そうな顔で見つめていた。断続的に轟いていた音が止み、気になって様子を見に来たのだろう。
ルゼは気怠い体を押して立ち上がり、イヴァナたちに手を振る。それだけでちょっと安心したような雰囲気の彼らに微笑をこぼして、ちらりとグレンを見た。
「今日はもう終わりでいいな? ていうか終わるぞ」
「……ああ」
小言の一つでも飛んでくるだろうかと覚悟していたが、あっさりと訓練の終わりを認められて少し拍子抜けする。グレンの気が変わっては敵わないので、とっととイヴァナたちに合流すると闘技場を後にした。




