{リオナ・ガルア視点}
リオナ・ガルアは宛がわれた広い部屋のベッドで寝がえりを打った。色々あって疲れているというのに、緊張のせいかまったく睡魔が襲ってこず、本日何度目になるかわからない寝返りを打った。
今日はリオナにとって夢のような一日だった。
一年前、集落の友達と遊んでいたところに人間の大人たちがやってきて、あっという間に捕まって、気づいたらあの見世物小屋にいた。あそこは、捕まえたばかりの若い獣人を文字通り見せるための場所。少し時間が経ったら、また別の場所に売られていくのだ。
一年前に捕まった時、リオナたちの前には少し前に捕まったらしい獣人がいたが、程なく別の場所に売られていった。もうすぐ、リオナたちの番が来るはずだった。リオナは体をぶるりと震わせると、周りで寝ている友達たちを起こさないように壁の隅で体育座りをした。
みんなには話していないことだが、つい先日、見世物小屋の興行主らしき男がもうそろそろリオナたちを別のところに売り飛ばそうと思っているという話を聞いてしまった。どこに売られるつもりだったのかはわからない。ただ、あの男の顔を見るにロクでもない場所だったのは間違いない。
このことを、みんなには話していない。いたずらに不安にさせたくなかったというのもあるし、言葉にしてしまったらすぐにその時が来てしまいそうな気がして怖かったというのもある。
助かったのだと頭では理解しているものの、実はこれはすべてリオナが見ている都合のいい夢で、起きたらあの見世物小屋の檻の中にいるかもしれないという不安感が拭えない。もし夢ならば、この幸せな夢から目覚めたくない。リオナが涙目で体育座りをしていると、ふいに部屋の扉がゆっくりと開いた。
びくっと体を震わせてそちらを見ると、扉からひょっこりと小人もといドワーフ族の王になったあの結晶竜の少女が顔を覗かせていた。年はリオナたちとあまり変わらないそうだが、とても大人びている。見世物小屋で見かけたときは角と翼と尻尾はなかったが、不思議な魔法を使って隠していたらしい。
呆然と女性を見つめていると、彼女はゆっくりと部屋の中を見渡して、壁の隅に縮こまるリオナの存在に気が付いた。女性と目が合う。
「眠れないのか?」
落ち着いた声音が耳朶を打つ。リオナは彼女の言葉に答えられずに俯くと、程なくしてパタンという音が聞こえてきた。顔を上げると、扉が閉められていた。帰ったのだろうかと思っていると、少しして再度扉が開いた。さっきの女性が戻ってきた。その手にほんのりと湯気の立つカップをひとつ持っている。
女性は足音を立てないようにゆっくりとリオナの前に来ると、腰を落としてカップを差し出してきた。反射的に受け取るリオナ。
「飲んで落ち着いたら寝るんだぞ」
彼女はそう言って部屋を出ていこうとした。リオナは咄嗟に、彼女の手を掴んだ。女性が目をぱちくりさせるのを、なんといっていいかわからずに目を泳がせる。咄嗟に掴んでしまったので、なんで掴んだのかリオナにも説明ができなかった。彼女はじっとリオナを見つめると、苦笑しながら手招きをした。
連れていかれたのは、女性の部屋だった。ルゼと名乗った彼女は、ベッドにリオナを座らせてちびちびとホットミルク(蜂蜜入り)をの飲むのを隣で黙って見ていた。リオナが何か話すのを待っているようだった。彼女のその心遣いに緊張がゆるんだリオナは、ぽつりぽつりと自分が見聞きしたことを語った。
リオナが話し終えるまで、黙って隣で聞いていたルゼは、聞き終えるとリオナの頭をぽんぽんと優しくなでた。ハッとして顔を上げると、優しい表情のルゼが自分を見下ろしていた。
「頑張ったな。よく一人で耐えた」
その言葉に、リオナの涙腺が緩んでしまった。ずっと誰かに言いたかった。一人で抱えるのは怖かった。でも、みんなには言えなかった。ずっと独りで耐えてきて、ようやくリオナの葛藤と頑張りを誰かに認めてもらえた気がした。
リオナはルゼの胸に飛び込んで泣いた。ぽんぽんと優しい手つきが背中をさすってくれる感覚に、気づいたら眠ってしまっていた。
***
泣きつかれて眠ってしまったリオナを見下ろし、ルゼはしょうがないなと苦笑しながら自分の部屋に泊まらせた。次の日、起きたリオナを連れて子供たちを寝かせている大部屋に向かうと、ちょうどリオナがいないことに気づいた子供たちが、大部屋を飛び出してきたところだった。
「あ、リオナ! どこにいってたの!?」
「どこか行くなら言ってから行けよなー!」
狐獣人の女の子イヴァナと鷹獣人の男の子フーゴが、口では文句を言いつつも心配そうな表情で駆け寄ってくる。後ろから遅れて、長耳族の男の子エミルが部屋から出てきた。
「って、リオナ、どうした?」
「な、泣いてたの…?」
近づいてきた二人は、リオナの目が明らかに泣きはらした時のそれだったので、見るからにわたわたし始めた。ルゼとリオナを交互に見比べて、困った表情で眉根を下げる。リオナは心配だが、ルゼが泣かせたとは思えないため、困惑しているようだ。
「みんな、聞いてほしいの……」
リオナは昨晩、ルゼに語った話を子供たちに伝えた。彼らは真っ青な表情で涙目になった。が、すぐにイヴァナがリオナに抱き着いて泣きながら言った。
「ごめん、ごめんね、リオナ。あたしたち、そんなこと言われてたなんて知らなくて…黙っててくれてありがと……ひとりで背負わせてごめんね……っ」
「ううん、そんなこと…っ」
「ひとりで怖い思い耐えてたんだな…ごめんな、リオナ」
「リオナさん、ありがとうございます……」
フーゴとエミルも続いてリオナをぎゅっと抱きしめると、泣きながら謝罪と感謝を伝えた。たまらずに、リオナも彼らを抱きしめてぶんぶんと首を振った。謝らないでと、自分が勝手にしたことだからと。
泣きじゃくる彼らの邪魔をしないようにとこっそりと退出しようとするルゼの手を、昨日の巻き戻しかのようにリオナが掴んだ。
「ま、待って、おねえちゃ……あ」
思わずといった様子で出てしまった言葉に焦るリオナ。ルゼが何かを言う前に、
「そうだよ! おねえちゃんもここにいてよ!」
「いようぜ、ねえちゃん! ほら、エミルも!」
「い、いてください、おねえさん」
イヴァナを始めとした子供たちが便乗して引き留めた。ルゼは苦笑しながら、朝ご飯の時間になるまではと少しの間彼らと大部屋で過ごした。
なお、その日以降、ルゼたちが子供たちの住んでいた集落に旅立つまでの間、たびたび彼らと同じ部屋で寝泊まりすることになった。理由は、夜になると高確率でルゼの部屋にやってくるリオナだ。リオナがやってくると子供たち全員が一緒についてきてしまうため、仕方なく彼らのところにルゼが出向くようになった形だ。
彼らはルゼたちが集落に行くまでの間、ルゼと地竜たちとの戦いを、グレンとの訓練を見て、そして寝物語にルゼが弱かったことと生きるために力を手にしたことを聞き、力を熱望するようになる。
また、グレンの強さに感動したフーゴたちが夜にグレンも連れてきたことがあったが、ルゼがグレンがいるなら寝床は別々でというと、葛藤の末に丁重にお引き取り願われていた。グレンはなぜ? と不思議そうにしながら帰って行った。
のちに子供たちが集落への帰還を果たした日、ほとんどの子供たちが家族との再会に涙する中、リオナはひとりだけ「おねえちゃんができたの」と言って帰還したという。当然、両親は困惑。もしや人間に洗脳されたのかと不安になるが、話を聞くとおねえちゃんとはルゼのことだと気づき、安堵する両親にリオナは宣言した。
「おねえちゃんの最高の妹になるために、わたしは強くなる!」
両親は再度困惑した。同じく一緒に戻ってきた子供たちの両親に相談に行くと、全員の子供が似たような決意表明をしたという。その親たちも、近々子供たちと似たような宣言をすることになるが、この時はまだ知らない。




